閑話 日本に取り残されたオーストラリア人観光客のとある一日

時刻 7:00

場所 東京 郊外

在留外国人無料宿泊所 C棟12-32室


『ぐーんーまーちゃーん あーさーでーすーよー

 ぐーんーまーちゃーん あーさーでーすーよー

 ぐーんーまー』


ガチャッ


 心地よい微睡まどろみから意識を引き起こしてくれたうら若き乙女の声。

 私は目も開けずに手探りで停止ボタンを押して、もう一度眠りに就こうとした。

 いわゆる二度寝という奴だ。


『———— ぐぅぅぅんぅぅぅまぁぁぁちゃぁぁぁん あぁぁぁさぁぁぁでぇぇぇすぅぅぅよぉぉぉ』


 しかし日本製の目覚まし時計は二度寝を許さない。

 定価5500円税込の値段に恥じることのない機能を詰め込まれた時計は、最初よりも格段に大きくなった声量で私の安眠を強制的にぶち壊してくれた。


『ぐぅぅぅんぅぅぅまぁぁぁ』


ガチャッ!!


「…………」


 上体を起こして停止ボタンを押したのだが、寝起きのぼんやりした頭は上手く働いてくれない。


『おはよう高嶺嬢 今日も素敵な朝だな』


 目覚まし時計に搭載された動体センサーが、私の起床を確認してお目覚めボイスを最後に届けてくれる。

 オーストラリアから観光で日本に来て、そのままダンジョン戦争で日本に取り残された私の一日はこうして始まった。




時刻 7:30

場所 東京 郊外

在留外国人無料宿泊所 食堂


 私は朝食のパンとサラダ、ハムエッグ、コーヒーを頂きながら、毎朝の日課である新聞を読む。

 この新聞は日本に滞在していた海外マスコミが、ダンジョン戦争開戦後から共同で発行しているものだ。

 日本紙にはない客観的な視点での論評は、毎朝私に何の脚色も無い正しい見識をもたらしてくれる。


『コラム~末期世界第3層論功行賞会議における日本の罪~

 7月15日に開催された—— 前略 ——


 上野群馬氏は戦術家として政戦両面において大変優れた能力を持っています。

 そのため、目の前の勝利をその時々における最善の形で獲得してしまいます。

 今回で言うなら、各国に憎悪を分散させた状態で、各国との太いパイプを構築しつつ全魔石の99%を手に入れています。

 これが氏の戦術家としての外交面における能力です。

 今回の成果、日仏だけで見ればこの時点において最良の形と言えるのではないでしょうか?


 しかし、戦略面、人類全体の視点で見た場合、決して良い状態とは言えません。

 日仏は既に国内工業力がフル稼働状態ですので、これ以上資源をつぎ込んでもすぐには活用できません。

 氏が獲得した魔石の大部分は長期間死蔵されることになるのです。


 しかし、余裕のない第三世界諸国の中には、今回目標としていた資源獲得量を下回ってしまい、戦争計画の修正が余儀なくされて国力を落とす国が出てくることでしょう。

 食糧を十分確保できず、自国の人口すら維持できない国家も出てしまうのではないでしょうか。

 更に、一応の連携をとっていた第三世界諸国が日本の謀略により分裂しかけていることで、人類間の連帯は弱まり人類全体の戦力は低下してしまいました。

 全国民の目の前で利権争いを行ったのですから、第三世界諸国は今後も互いへの不信感、反発は消えることなど無いでしょう。


 果たしてこの状況が長期的視点、ダンジョン戦争全体の視点で見た場合、日仏にとって真に最善の状態と言えるのでしょうか。

 この事実こそ、氏の戦略家としての限界を示しています。—— 後略 ——』


 流石に99%は取り過ぎだろうと私も思っていたのだ。

 それといたずらに各国間の憎悪を煽るのも、人類全体から見るとやはり悪手でしかない。

 私は新聞を一通り読み終えると、色とりどりの果実が盛り付けられたヨーグルトをデザートとして楽しんだ。




時刻 8:20

場所 東京 郊外

通勤電車車内


『—— 以上が本日の予定となります』


 満員電車に押し潰されながら、上野氏が毎朝8時から欠かさず行っている本日の行動予定発表を聞き流す。

 ダンジョン戦争が本格的に始まって以降、毎日同じ時間ピッタリにやっているのだから何とも真面目なことだ。

 今日はダンジョン攻略をせず、末期世界戦で指揮下に置いた第三世界諸国との会談を一日中行うそうだ。

 おそらくこうやって時間を潰して同盟・連合の要請を無視するつもりだろう。

 それかより良い条件を引き出すための駆け引きか。


 そんなことよりも日本の通勤電車は毎日のことながら混み過ぎじゃないか?

 死人が出ても可笑しくないぞ。




時刻 8:55

場所 東京 都心

企業オフィス内


 同僚達の雑談が上野氏達のことばっかりで本当に嫌。

 日本人は人類の命運がかかったこの戦争を贔屓のスポーツチームみたいな感覚で見てる節がある。




時刻 11:10

場所 東京 都心

企業オフィス内


 仕事中、息抜きがてら視線を窓の外に向ければ、空にいつも通り上野氏と高嶺女史の映像が映し出されている。

 今は上野氏がラテンアメリカの国家と会談中のようだ。

 会話の内容は仕事に集中していて聞いていなかったが、彼の表情があくどい笑顔なので、きっと碌でもない政治工作を行っているのだろう。


 高嶺女史は生け花をしている。

 これが大和撫子か。




時刻 12:10

場所 東京 都心

オフィスビル近くの居酒屋(ランチ営業中)


 私の本日のランチは会社近くにある居酒屋のサバ味噌定食(650円)だ。

 ここの店は米に秋田県の県南産あきたこまちを使用しているので、値段の割に米がとても美味しい。

 私の気に入っている店である。

 個人経営の居酒屋で主人と女将の二人で切り盛りしているところも、風情を大事にする私としてはポイントが高い。


 昼食後は同僚とダンジョン戦争トレーディングカードゲームの大戦をする約束をしているので、勿体ないが今日はゆっくりと味わう暇はないかもしれない。

 今日こそは【上野群馬】×【NINJA】の陰謀工作デッキ使いの彼に、【上野群馬】×【エデルトルート】の戦術と戦略の最強コンビデッキこそが至高であると教えてやるのだ。

 もう【NINJA】の裏工作と【上野群馬】の弁舌コンボになんか負けない!


『トモメ、今日のお昼はガレットを作ってみたんだよ!』


 店内のどこにいても見える位置に設置されているテレビ。

 その画面には上野氏達のランチ模様が映し出されている。

 今日のお昼当番はNINJAか。

 また高嶺女史が上野氏に聞き取れないほどの小声でブツブツと早口小姑チェックをするのだろうな。

 女はやはり怖い。




時刻 12:30

場所 東京 都心

企業オフィス内 会議室


 デュエル!!!

 先攻は譲ってやる。

 さあ、ドローしなっ!



時刻 12:35

場所 東京 都心

企業オフィス内 会議室


 えっ、ちょっ、まっ……!




時刻 12:55

場所 東京 都心

企業オフィス内 会議室


 まさか同僚が【高嶺華】×【NINJA】の超攻撃型速攻デッキで来るとはなぁ……




時刻 14:30

場所 東京 都心

企業オフィス内


 あっ、外でお祭りやってる。

 いいなー。




時刻 18:00

場所 東京 都心

企業オフィス内


 ちょっと疲れてきたかな。

 定時過ぎなのにみんな全然帰らない……




時刻 19:00

場所 東京 都心

企業オフィス内


 日本人は国力をフル稼働させ過ぎではないのか?

 少しくらい休んだって良いだろう。

 というか臨時で加入した外人を巻き込まないでくれ。



時刻 20:00

場所 東京 都心

企業オフィス内


 日本にはかつて働き方改革と言うものがあったそうだね。




時刻 21:00

場所 東京 都心

企業オフィス内


 家に帰りたい。




時刻 22:00

場所 東京 都心

企業オフィス内


 家に帰して。




時刻 22:30

場所 東京 都心

企業オフィス内


 やっと終わった!

 今から帰って手早く食事と風呂を済ませれば23時半過ぎくらいか。

 パソコンの電源を落とす前にニュースサイトを10分ほど軽く流し読みする。

 上野氏は今日一日だけで42ヵ国の国々と個別に協定を結び、4つの国家共同体と会談して今後の方向性を大まかに誘導したらしい。

 なんだこの外交オバケ。

 頭おかしい。


 高嶺女史は生け花作って食堂を飾りつけした後、従者ロボと一緒に拠点の掃除を行っていたそうな。

 NINJAは上野氏の手伝いで書類作りを行っていたらしい。

 したたかだな、NINJA。




時刻 23:50

場所 東京 郊外

在留外国人無料宿泊所 C棟12-32室


 次の日が仕事だと就寝はだいたい25時くらいになる。

 それまでの1時間が私の自由な時間だ。

 テレビでは上野氏が毎晩23時から行っている本日の成果報告が、ニュース番組に再放送として流れている。

 内容は会社を出る前に見たニュースサイトと大差ないだろう。


 そういえば観光客だった私が日本に取り残されて2ヵ月以上経つ。

 現在この国はとんでもない好景気なので、取り残された当初に心配していた生活問題は日本政府の援助もあってさほど苦労することもなかった。

 仕事も政府の斡旋で簡単に見つけられた。

 物資不足も最初の混乱期だけで、今ではどこにでもモノがあふれかえっている。

 きっとこの状態は戦争中ずっと続くことだろう。

 

 上野氏達を通して伝わってくる他国の内情を考えれば、私はとんでもなく恵まれている部類に入るのだろう。

 故郷のオーストラリアにいるよりも、日本に取り残されている方が幸運なのかもしれない。

 しかし、故郷に残された家族のことを想うと、自分だけがこれほど豊かな環境で生活できていて良いのか悩んでしまう。

 私がこの国でどう悩み足掻いたところで、祖国には何の干渉もできないことが何よりも歯痒はがゆい。


 この感情はきっと私だけのものではないはず。

 幸運にもこの国に取り残されることのできた人々は、誰もが大なり小なり思っていることだろう。

 もしかしたら在日外国人が上野氏の自国第一主義を批判するのは、このどうしようもないもどかしさも原因なのかもしれない。

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