第三十六話 人類の未来を切り開く!

「第22機関銃中隊壊滅!

敵ガンニョム、第一防衛線突破しました」


「迫撃砲による第6次砲撃開始。

 ………… 直撃弾6、至近弾4…… 駄目です、効果ありません」


「第二次防衛線に展開する第12、31、33中隊、迎撃を開始しました」


 目覚めた白影が顔を横に向ければ、数人が通信機や戦域図を忙しなく取り扱っている。

 暖炉とテーブル、椅子くらいしかない簡素な室内は、臨時の司令部として周辺戦域を指揮しているようだ。


「砲撃は防衛線に近接するまで継続しろ。

 最終誘導エリアに引き込むまで敵に疑念を持つ余裕を与えるな!」


 聞き間違いようのない男の声が耳に入る。

 部屋の隅に敷かれた寝袋から上半身を起こせば、白影が無我夢中で探していた青年、上野群馬の姿。


「………… おっ、どうやら起きたようだな」


 白影が上半身を起こしたことで群馬も目覚めに気づいたのだろう。

 彼女に歩み寄り身を屈めて目線を合わせる。


「トモメ……」 


「空から落ちてきた君を保護したんだ。

 外傷はないようだが、どこか痛むところはあるかい?」


 自らを労わる群馬の言葉に白影は首を振ることで応えた。

 金紗の髪がサラリと揺れる。

 

「私は大丈夫だよ。

 でも、ここは……」


 青い瞳に不安が浮かぶ。

 その際、群馬の服をさり気なく掴むのも忘れない。

 いかなる時も彼女は女子力アピールに余念がなかった。


「ここは最初に設定していた合流地点の近くだ。

 今は突然襲撃してきた敵ガンニョムを迎撃している」


 戦況はあまり芳しくないがな、そう言って顔をしかめる群馬。

 白影は思わず内心で顔を引きつらせる。

 彼の言葉は彼女にとって嫌な心当たりがあり過ぎた。

 動揺を表情に出すような迂闊な真似はしないものの、背筋に嫌な汗が伝う。


「そ、それは大変でござるな」


 いきなりござる口調に変わった白影。

 群馬はその違和感を訝しむが、状況を把握して普段の口調に戻ったのかと勝手に納得した。


「ああ、まさかこんな戦域の奥にまで敵の決戦兵器が進出してくるとは思わなかった。

 もしかしたら敵の進撃は予想を遥かに超えて進んでいるのかもしれない。

 君はこの動きについて何か知っているか?」


「………… 知らんでござるなぁ」


 白影は嘘を吐いた。

 初めて自分の主に吐いてしまった嘘。

 彼女の心が罪悪感と後悔で激しく軋む。

 NINJAとしての心は大して痛まなかったが、乙女の心が激痛に苛まれる。


「そうか…… まあ、しょうがない。

 なんとか構築したキルゾーンに誘い込んではいるけど、手持ちの火力じゃあ撃破は難しいだろうな」


「いやはや、戦場では何があるか分からんでござるからなぁ!

 ここは拙者にお任せを!

 すぐに我がカトンジツで始末するでござるよ!!」


 罪悪感を振り払うように、そう言うやいなや寝袋から飛び出そうとする白影を群馬が制止する。


「起きたばかりで大丈夫か?

 せめて回復薬を飲んでからでも……」


 群馬の善意からの言葉が今は痛い。

 白影はとにかくさっさと証拠を葬りたかった。

 しかし自分を想ってくれる青年を振り払うことはできないし、だからと言って彼に余分な時間を与えれば良く分からない超絶推理で真実がバレる可能性が出てきてしまう。

 彼女の焦りは加速度的に上昇していく。


 その時、沈黙を保っていた腕に取り付けられた端末が反応した。


『ミッション 【味方の危機を救うんだ】

 敵機動兵器を 1体 撃破しましょう

報酬 エアバスA-620大型旅客機 2機

依頼主:フランス共和国32代大統領フランソワ・メスメル

コメント;勝利せよ! 人類の未来を切り開くんだ!!』


 全てを把握しているフランス政府が空気を読んだのだ。

 柄にもない白々しい言葉がミッション内容を飾る。


「…………」


 群馬の瞳が胡散臭そうに細められる。


 フランス政府は間違いなく余計なことをした。


「………… 行ってくるでござる」

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