第三十五話 味方の仇をロックオン

「———— う、うぅ、寒いよぉ。

 死んじゃうよぉ、トモメェ……」


 暖炉の明かりに照らされた薄暗い室内。

 暖炉の前に座り込んだ少女は、濡れた衣服をそのままにガタガタと体を震わせていた。

 衣服を脱がなければただ体力を消耗するだけだと知りながらも、母国の民から常に監視されている身の上では迂闊に肌を晒すことはできる限り忌避すべきこと。

 本来ならば命に関わるような状況だが、少女の強靭な肉体はその程度で力尽きるほどやわではない。


「うぅぅ、火が弱まっちゃうよぉ」


 暖炉の火とていつまでも燃えているはずがない。

 薪がなければ消え、薪を継ぎ足しても直ぐに火勢が戻る訳ではない。

 少女はだんだんと小さくなっていく炎を心細く潤ませた瞳に映す。

 

 そしておもむろに床の木板を片手で引き剥がして暖炉に投げ込んだ。


「カトンジツ!」


 乱雑に投入された木材で消えかけた炎が、少女の指から放たれた獄炎で盛大に燃え上がった。


「トモメェ…… 寒いよぉ、死んじゃうよぉ」


 世界が氷河期に突入しても自力で生き残りそうな少女が、さも己がか弱いとでも言いたげに身を震わせた。

 彼女にツッコム者は誰もいない。

 いや、故国の上層部は口出しできるものの、彼らは空気を読んで沈黙を守っていた。


 このまま延々と続けられそうな少女の一人芝居。

 しかし、それは突如予期せぬ乱入者によって終わりを告げる。


「—— っ」


 スキル『超感覚』によって事前に危険を察知した少女は、反射的にその場から飛びのいた。


ズウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!


 建物の一部が巨大な何かによって圧し潰される。

 猛烈な風雪と共に少女の視界へ飛び込んできたそれは、尻もちをつくように倒れこむ巨大な人型ロボット。

 倒れた衝撃で機体に積もった雪が崩れ落ちたのか、黒光りする装甲が晒されている。


「なっ、ガンニョム……!?」


 少女の声に反応したのか、頭部の赤く輝くモノアイがぐるりと動いて彼女に焦点を向けた。

 

 一瞬の沈黙。

 両者の間に轟然と吹雪が吹き付ける。

 次の瞬間。


「カトンジツ!!」


『ガアアアアアアアア!!!』


 互いが己の攻撃を叩きつけた。




 全てを白で覆い尽くす極寒の暴風雪が支配していた戦場。

 人の手では抗えぬ自然の猛威はあらゆるものを呑み込む筈だった。

 しかし、その地において人と自然の力関係は逆転していた。


「カトンジツ!」


 何もない空間に突如巨大な火炎が誕生する。

 猛吹雪が一瞬にして蒸発し、周辺の雪ごと消滅させた巨大火炎は、鋼鉄の巨人を背後の都市区画ごと呑み込んだ。

 銀世界のキャンバスが赤黒い絵の具に上書きされ、爆炎によって生じた風圧は周囲で吹き荒れていた強風を一瞬にして消し飛ばす。


 しかし、その惨状を作り上げた下手人はまだ不満なのか、間髪入れずに第二射を解き放った。


「カトンジツ!!」


 先程の巨大火炎と異なり、赤みを帯びて光り輝く線が巨人のいた場所に向かって照射され、そのまま背後の都市を一直線になぞり上げた。

 ある程度の知識を持つ者がそれを見れば、SF映画で見られるレーザー光線を思い浮かべただろう。

 レーザー光線は一瞬で途切れ、その直線状に存在したあらゆる存在が猛烈な光を湛える。


 次の瞬間、大地から溶岩流のような赤黒い烈火の壁が立ち上がった。

 莫大な熱量と共に放たれる赤光が空間を満たし、この世の地獄を顕現させる。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』


 驚嘆すべきは強靭な生存能力か。

 幾つもの都市区画を地形ごと消し飛ばした攻撃を受けてなお、鋼鉄の巨人は戦意を微塵も失っていなかった。

 片腕が半身と共に溶け堕ちながらも、もう片方の腕に握られた巨大なトマホークが高々と振り上げられている。

 

 そしてそれが分かった時には既に手遅れ。

 考える間もなく少女がいた場所にトマホークが叩きつけられた。


『アッ! アッ! アッ! アッ! アッ!』


 勝負は着いたかのように見えたが、巨人は油断することなくトマホークを構え直す。

 その刃は薄汚れているだけで、勝利の証である赤いペイントはどこにも塗られてはいなかった。

 そして————


「カトンジツ!!」

 

 巨人の真横から放たれた赤いレーザー光線によって、少女は己の生存を高らかに謳う。

 光線は巨人が反応する間もなくその身体に一筋の線を引いた。


 巨人の動きが一瞬停止し、次の瞬間には巨大な光の玉と化した。


 極寒の大地に現出された灼熱地獄。

 風は上昇気流で打ち消され、雪は雨となり、大地に接する前には蒸気と化し辺り一面に蔓延する。

 その中心、巨人を形成していた装甲板が散乱する焦土の前で、全身を黒衣に包んだ少女が己の勝利を噛み締める。


「勝った…… 前は白いのに止めを掠め取られたけど、今度は、勝った……!」


 意外と引き摺っていた雪辱を見事果たした少女は、誰もいないことを良いことにその感情を爆発させた。


「私勝ったよぉぉぉ! トモメェェェェェェェェェェェ!!

 愛の勝利だよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




「———— ぉぉぉぉぉぉぉおおおおお、おおお、お…… お?」


 少女、NINJA白影は目を覚ました。


 同時に思い出す。


 敵ガンニョムに勝って勝利の雄叫びを上げていたところに、戦闘を察知した別の敵ガンニョムが現れたことを。

 油断してたせいでスキル『超感覚』を有効に扱えず、攻撃の直撃は避けたものの天高くにかち上げられたことを。

 そのまま地表熱による上昇気流と上空では健在だった吹雪によって吹き飛ばされていたことを。

 恐らく敵ガンニョムに目を付けられて追跡を受けているだろうことを。


 全て思い出した。

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