第三十三話 それぞれの道

ドドドドドドドドッ


 心臓に響く重い発砲音が途切れることなくイヤーパッド越しに鼓膜を打つ。

 白い寒冷地迷彩を施された無人戦車UM1A2アイゼンハワーが、搭載した20㎜機関銃を敵に向け掃射している。

 アメリカ合衆国が第三次大戦中に開発し、改良を重ねながら今でも使用されている無人戦車は、異世界の地においてもその堅牢さと安定した戦果を示し続ける。


「トモメさん、除雪部隊の第四次除雪完了しました!

 現在は第22機関銃中隊が迎撃陣地を構築しています!!」


 戦場にあっても側に控える通信員のベトナムボーイが、俺達の退路が出来上がったことを報告する。

 殿として敵前衛部隊の壊滅に成功した俺達、司令部直轄部隊と3個中隊だが、積雪毎時300㎜という頭の可笑しい天候によって撤退行軍は遅々として進んでいなかった。

 先程除雪が終わったようだけど、ダラダラしていればあっという間に再び退路が雪で閉ざされてしまうだろう。


「直ちに無人機銃座を回収して後方に下げるんだ。

 以後の機銃座は22中隊に任せる。

 爆薬を敷設し、敵の進撃路の封鎖準備を進めておいてくれ」


 索敵、判断、射撃、弾薬補給を全て自動で行ってくれる無人機銃座は、その設置と回収に時間がかかる。

 少数で多数を相手にするには必須の装備であるものの、短時間だけならば戦闘にそこまで支障は出ない。

 

『—— 司令官、こちら12中隊、応答願う!』


 俺の無線機に味方からの通信が届く。

 今直接指揮している3個中隊の内の一つからだ。


「こちら司令部、どうした?」


『最後の多脚戦車が足を挫いた!

 我が中隊の残存戦力はアイゼンハワー3台しか残ってない!

 これ以上、敵を正面から受け止めるなんて出来ないぞ!!』


 今通信が届いている第12中隊は後退前から敵攻勢が集中していた部隊だ。

 クロアチア共和国の男性探索者が指揮する部隊だが、相次ぐ敵の攻勢で武器弾薬は相当消耗している筈。

 それがここまで戦闘力を保っているのは良くもってくれたと褒めても罰は当たらない。


「ならば良い報告をしてやろう。

 退路の除雪は既に完了した。

 雪山や建物を崩すなりして敵進撃路を狭めつつ後退しろ」


『そいつは上等だっ!!

 了解、12中隊は後退を開始する!』




 上野群馬率いる人類同盟残存部隊は高度魔法世界軍の追撃を受けながらも、散り散りになった味方を吸収しつつ着実に日仏連合合流地点へと歩を進めてった。

 熾烈な追撃と悪天候は残存部隊を消耗させるが、地形を利用した戦術指揮と味方を吸収することで雪だるま式に増えていく戦力は、探索者達の士気を確実に高めていく。

 しかし、彼らはまだ知らない。

 目標としていたその地が今どのような惨状なのかを…………







「うぅぅ、トモメ殿ぉ…… どこにいるでござるぅぅ」


 漆黒の衣装を纏わりつく雪で白く上塗りされた少女、NINJA白影は凍える体をガタガタと震わせながら建物の影を歩く。

 自らの操るカトンジツで暖をとったこともあったが、溶けた雪が服にしみ込んで余計寒くなってしまった。

 

「そもそも良く考えれば、トモメ殿が遭難するなんてあり得ないでござるぅ」


 想い人が合流地点にたどり着いていないことを知った時は何も考えられず慌てて捜索に出たが、よくよく考えれば自分達の兵站を一手に担っていた青年が遭難する筈がない。

 どうせ雪で足止めされてその辺の建物内に避難しているのだろう。


「むしろ拙者が遭難しかけている始末……」


 碌な荷物も持たずに雪の張り付いた濡れた服でよろよろと歩いている自分。

 視界はホワイトアウトしてどこに何があるのかもはっきりしない。

 NINJAらしく跳躍移動なんてしようものなら、華奢な自分は猛吹雪にさらわれてどこに飛ばされてしまうか想像すらできない。


 誰がどう見てもNINJAは遭難寸前であった。


「でも、もう少しで拠点に戻れる」


 救いがあるとすれば方向感覚だけは見失ってなかったことか。

 自分が来ていた方向さえ分かれば後は何とかなる。

 

 この時のNINJAはそう信じていた。

 それがどれほど頼りにならないのかも知らずに。


「お腹すいたでござるぅ。

 寒いでござるぅ。

 トモメ殿ぉ、トモメ殿ぉぉ」


 着々と奪われる体温、感覚のなくなっていく手足。

 傍目では絶望的な状況だが、この時のNINJAは心のどこかで余裕があった。

 どうせ拠点につけば何とかなる。

 寒ささえ我慢すれば、自分の駿脚なら今すぐ拠点に到着することも可能だ。

 余裕のよっちゃんってこのことね!


 少なくとも一人なのにござる口調を保っている程度には余裕があった。


 しかし、少女の余裕は拠点にたどり着いた瞬間、無残にも崩れ落ちる。


「………… 嘘でしょ?」


 野戦砲の直撃を受けたかのようにボロボロな拠点の建物。

 豪快に拡張工事がなされた入り口から侵入した雪によって、既に内部の大半が雪に覆われていた。

 暖かい食べ物はおろか人の気配すらない廃墟。


「トモメェェェェェェェェェッ!!!」


 NINJAの本当のサバイバルが今、始まった……!!







「———— あれ、変な所に着いちゃいましたよ?

 流石にこんな所にぐんまちゃんはいませんね」


 純白の外套に身を包んだ少女の目の前には巨大な城門が立ちはだかっていた。

 

『———!!』


『——!!!』


『————————!!!』


 照らされるサーチライト。

 異世界言語による驚愕と恐怖がまじりあった怒声が響き渡る。


ウウウウゥゥゥゥゥゥ

ウウウウゥゥゥゥゥゥ


 響き渡るサイレン。

 至る所から人の気配が湧き立ち、周辺に展開していた敵兵が一斉に進路をある一点に向ける。


「ヘイヘーイ! もしかして歓迎会して貰えるんですかー?

 気が利いてるじゃないですかー!」


 外套から抜身の太刀を取り出した少女が瞳を爛々とぎらつかせる。

 少女の眼前の城門、そこには異世界言語でこう書かれていた。


『☆リン=グラード防衛軍総司令部』

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