第七話 副次効果

 盛大に汚い花火を打ち上げた訳だが、爆発によって生じたどす黒いキノコ雲は、爆破から10分程度では薄まるどころか、その巨大さを増すばかりだ。

 酸素を奪いつくされ、一酸化炭素が充満している眼下の景色を双眼鏡で眺めてみる。

 低地地帯を駆け抜けた爆風により、常時滞留していた濃霧は軒並み消滅していた。

 爆心地から放射状に炭化した木々が薙ぎ倒され、それらの枝には生物の一部らしきものがへばりついている。

 付近の河川は高温で蒸発したのか、それとも高圧で吹き飛ばされたのか、川の水を消滅させて川底を晒す。


 一見して、生き残りがいるとは思えない光景が一面に広がっていた。

 もしかしたら指揮官クラスは生き残っているのかもしれないが、それでも最早組織的な戦闘は絶望的だろう。

 例え生き残っていたとしてもどうせ酸欠で死ぬ。

 結局は早いか遅いかの違いだけだ。


 しかし、だからと言って油断も慢心も禁物だ。

 魔石の捜索は大地が冷却され、大気が正常に戻った後にした方が賢明だろう。

 一応、酸欠環境下でも行動可能な酸素マスクは持ってきてはいるものの、流石にそれを付けたまま戦闘は御免被る。

 20㎏の装備を背負いながらなんて高嶺嬢……はともかく、白影の機動力は落ちるだろうし、俺に至っては長時間行動できる気なんてしない。

 ここは迷彩シートを被ったまま、ひっそりと時間が経つのを待つべきだ。


「…… 2人とも」


「出番ですねー!」


「いつでも行けるでござる!」


 声をかければ、高嶺嬢と白影が即座に気合の籠った声を返してくる。


「いや、まだ早い。

 一旦、爆心地の環境が安定するまで待機して————」


 今にも駆け出していきそうな2人を押し留めようとした言葉は、遠くの方から聞こえてくるローター音に気づいたことで中断する。

 急いで双眼鏡を音のする方向に向ければ、豆粒のように小さな飛行物体が爆心地方向に向かって飛んで来ていた。

 双眼鏡越しに薄っすらと分かるその輪郭から、ヘリコプターであることは何となく分かる。


「ヘリコプター…… か。

 一体どこの国だ?」


 携帯性を重視したせいで、20倍程度の倍率しか持たない双眼鏡では、機種は勿論、国籍マークを判別することすら叶わない。

 こんなことなら、多少重くてもしっかりとした双眼鏡を装備してくるべきだったか。

 

「白と水色の横縞に双尾の赤獅子。

 ルクセンブルクでござるな」


 両腕を組んで直立不動のまま、白影がヘリの国籍をサラッと教えてくれた!

 彼女は何の道具を使っている様子もなく、肉眼で空を見据えている。


 アイエエエ! ちょっとわからないですね。

 流石NINJA、とんでもないワザマエ!

 …… たまげたなぁ。


「流石だな、白影」


「にゅふっ…… フフ、そうであろう?

 拙者は忍び故、如何なる時も主人のことを想えばこそ……」


 一瞬、白影の垂れ目がちな蒼目がだらしなく弛緩した。

 本人はクールでスマートなNINJAを演じているつもりだろうが、ちょくちょく素が出るのはいつものことだ。

 擦り寄ってくる彼女をあやしながら、これはこれで可愛いものだと思う。




「………… むぅ、ちょっと目が良いだけじゃないですかー」


 


 



 天高く伸びるおどろおどろしいキノコ雲。

 夥しい破壊を撒き散らした悲劇の象徴が、5つもその姿を現わしていた。


「なっ、核兵器か!!?」


 周囲の誰かがその言葉を漏らす。

 確かに、爆心地から恐らく数十㎞離れているこの地からでも確認できた爆発。

 今も見えている巨大なキノコ雲。

 それらの要素は核兵器を連想させるのに十分なもの。


 でも違う。


 アレは、そんなものじゃない。

 汚くて、誰もが使うのを躊躇ためらうような、そんなものなんかじゃない。


 誰でも気軽に使えて、使っても非難されなくて、大勢の命を容易く奪える。

 アレはそんなもの。


 極東の悪夢。

 Nightmare of Far East.

 通称NOFEノーフェ

 極東の大国、日本が第三次大戦中に開発し、膨大な数を世界中にばら撒いた人類史上最悪の通常兵器。

 各国がこぞって手に入れ、敵国に落とし、敵国から落とされたもの。

 

 容易く踏み潰される筈だった祖国が、ロシア連邦の装甲師団を半壊させることのできた救世主。

 罪のない一般の人々が暮らしていた祖国の街を、住民の半数を道連れに消滅させた悪夢。


 例えこの目で見ていなくても、誰が忘れようか。

 あの火を。

 あのキノコ雲を。

 あの時の悲しみを……!


「あんなものを使って喜ぶか、変態共がっ!!」


 自分の口から出てきたのが信じられない。

 普段なら口にするどころか、頭に思い浮かぶことすらしない言葉が、自分の声で聞こえた。


「ひ、姫様?」


 愛しき臣民でもある青年が、驚きと困惑の表情を浮かべていた。

 いけない。

 王族たる者、民に不安を覚えさせることなぞ、あってはならない。


「許しなさい、少し汚い言葉を使ってしまいましたわ」


「はっ、いえ、ただ、少しだけ驚いただけですので……」


 そう言って慌てた様に身を引く彼。

 普段ならそんな彼の様子に思わず微笑んでしまうのだけど、今はそんな気分にはなれない。

 物心がつく頃から、様々な媒体で数えきれないほど見たことのある光景。

 そんな光景を目にしている自分の顔は、一体どんなことになっているのやら。


 もう、見ているだけでは我慢ならなかった。


「行きますわよ」


「えっ?」


 わらわの言葉に、臣民たる彼は勿論、私に付き従う他国の者達も、顔に理解の色を浮かべた者はいない。

 ああ、そうか、大事な言葉が抜けていましたわね。


「あそこに、行きますわよ」


 そう言って指さしたのは、はるか彼方に浮かぶキノコ雲。

 徒歩では1日かけてもたどり着けそうにないけど、私達には根拠地の武器屋で購入したヘリコプターがある。


「どこの誰かは知りませんが……

 あんなゲテモノを使った変態に、文句を言わなければ気が済みません!」

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