第二十八話 人類同盟の会合

末期世界第二層 


 背丈の低い雑草がまばらに生える荒涼とした大地。

 本来在るはずがない黒鉄の巨鯨が、171mの巨体を大地に横たえていた。

 人類同盟が擁する戦略ミサイル原子力潜水艦コロンビア級、アメリカ海軍が2035年に就役させた世界最大の潜水艦。

 その士官会議室にて、10人の男女が集まっていた。

 

「天使達との戦況は、完全に膠着している。 

 空を飛ぶ奴らに対して、俺達の持つ対空兵器では決定打を与えることはできない」


 アメリカの探索者である大柄な青年が発言するものの、そんなことはここにいる者なら既に理解していることだ。

 彼自身も話の内容を周知する意図はなく、改めて問題を提起しただけである。


「そうだな、そしてこの状況はオイラ達にとっちゃあ良いもんじゃない」


 そう答えたのは、純白の軍装を纏った黒人の青年。


「オイラの兵士はもう1割が死傷して使いもんにならん。

 階層クリアしないことには、兵士の補給はできないし、このまま何も考えないで戦ってたらジリ貧だ」


 そう言って黒人の青年、リベリア共和国の探索者アルフレッド・モーガンは、削られていく自身の戦力に歯噛みする。

 彼の保有する特典、戦略原潜コロンビア級は、ダンジョンのフィールドが陸地しか存在しない現状、決して強力な特典ではない。

 搭載している弾道弾トライデントミサイルも、威力が大きすぎて発射してしまえば自身も退避する間もなく巻き込まれてしまう。


「戦うにしろ、退却するにしろ、そろそろ何らかの策を考えなきゃなあ」


 攻略が遅々として進んでいないのにも拘らず、頼みの綱である2隻の乗員310名は既に1割が死傷している以上、彼の脳内に退却の二文字が浮かぶのも無理はない。

 人類同盟と銘打めいうっておきながらも、その実、先進国間の利権調整組織でしかない同盟。

 アルフレッドにとって、人類同盟とは決して絶対の存在ではない。

 個人的にも、政治的にも、他に身を寄せることのできる列強が存在するならば、そちらに移ることへ嫌悪感はなかった。


「それを今、考えているんだろうが!

 お前に言われなくても、そんなことは百も承知だ」


 アメリカの青年が、分をわきまえない底辺国家の言葉に苛立ちを見せる。

 本来ならば、地球人類の最大組織たる人類同盟の幹部会合に出席することが許されない発展途上の小国。

 会合の末席においてやることすら許しがたいのに、あまつさえ品のない言葉を長々と吐き出すなど、恥知らずにもほどがある。


「リベリアの探索者、同盟へのあなたの献身は分かっているわ。

 だけど、有効な対策を出せないのなら、会議の進行をさまたげる発言はつつしんで欲しいの」


 イギリスの探索者である赤毛の女性が、アルフレッドにフォローを入れるものの、結局言っていることはアメリカ人と同じだった。

 アルフレッドは、やれやれと肩をすくめて少しだけ身を引いた。

 その仕草は、周囲に苛立ちを募らせはしたが、それで場が荒れるほどではない。


 人類同盟の指導者、形式的にはそうなっているドイツ連邦共和国の探索者エデルトルート。

 たった10名の会合ですら円滑に協力できない有様に、彼女は内心溜息をつく。


「仲間割れは止めんか!

 今は空を飛び回る天使共を、如何に叩き落とすかだけを考えろ!!」


 エデルトルートの一喝で、熱くなり始めた場が一旦冷やされる。

 しかし、今度は誰も発言しない。

 空を自在に飛び回り、火の玉や氷の塊、電気の槍など、摩訶不思議な攻撃を行う数千のヒト型生物なんて、少し前まで一般人だった彼らには、明らかに手に余る存在だった。


 財政的余裕のある国家が戦闘機や戦闘ヘリ、UAVによる撃破を試みても、数千体の航空戦力相手では余りにも数が足りない。

 かといって、地上からの対空射撃では、碌に当てることも叶わない。


 本国からは毎日のように資源を求めるミッションが、悲痛なコメントと共に発令される中、獲得できた少ない魔石の権利を少しでも多く主張する日々。

 中小国家はスズメの涙ほどしか分け与えれず、先進国も多くを分捕るものの、自国の需要には遠く及ばない。

 日に日に悲壮感が増す祖国からの圧力と、もどかしくも打開できない敵のダンジョンに、人類同盟は焦燥することしかできなかった。


「やはり、日本を使うしかないのでは?」


 中華民国、第三次大戦の結果、かつての中国が分裂した中の一つ、満州を中心とした北東部を領有する国家の探索者が、苦し紛れに案を出す。


「…… 日本か」


 その国の名を聞いて、エデルトルートの顔が歪む。

 なんだか良く分からないけど、いつの間にか大戦に参加していて、欧米諸国が気づかない内に西太平洋を蹂躙していた国家。

 どこに行っても熱狂的なファンが一定数存在し、それ以外にも概ね好印象を与えている国家。

 気づいたらトップを盾にするナンバー2という一番美味しい立ち位置に、ちゃっかり座っていた国家。


 今までは、そう思っていた国家、日本。

 それが今では、押すに押されぬ人類の最高戦力にして、最先鋒、救世主に最も近い国家。

 そして、人類同盟から戦力を引き抜き、あらゆる戦果を掻っ攫っていった国家。


「しかし、日本が参戦すれば、俺達の取り分は極端に少なくなる」


 全員の脳裏にぎるのは、魔界第2層での記憶。

 膨大な物資を消費し、数千のモンスターを磨り減らしたのにも拘らず、それ以上のモンスターを階層主ごとほふり、攻略特典の過半を奪われた苦い過去。


「偵察結果によれば、機械帝国を攻略中の国際連合は、順調に攻略を進めているようだ。

 ここで我々が攻略特典を得られなければ、奴らに対するアドヴァンテージが逆転しかねないぞ」


 忌々しいことにその通りだ。

 機甲戦力を主として攻略を進めている国際連合は、機械帝国の巨大ロボ軍団に対して、膨大な物資を費やしながらも優勢に戦闘を進めているらしい。

 このままいけば、あと1、2週間のうちに階層攻略を達成するだろう。


「何かないのか、我々の攻略が進み、特典の権利も減らず、国際連合より有利に立てる、そんな策は……」


「ある訳ねぇだろ、そんなもん」


「黙れ、アルフレッド!」


 アルフレッドの茶々に、エデルトルートが声を荒げる。

 彼女も色々と限界なのだ。


「あるかもしれない」


 しかし、中華民国の探索者から、一つの光明が差し込んだ。


「私に、良い考えがある」


 その光明が照らす先にいるのは、果たして…………

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