第二十七話 ヤバい女の内面
「うひゃぁ、このダンジョンに来てから、ぐんまちゃんの花火が何度も見れて、流石に気分が高まります!」
敵である鋼の巨人が爆炎に下半身を飲み込まれる光景に、女怪が
東洋人であるはずなのに、陶器のように白く滑らかな肌を薄っすらと紅潮させているのは、決して炎が照らしているだけではないだろう。
忌々しい。
気を抜けば、私でさえ見惚れかねない美貌の女が、あの人に特別な感情を抱いていることに、何よりも腹が立つ。
「これがOMOMUKIというやつなのでござろうか……
風流でござるなぁ」
本当はOMOMUKIなんてフランス人である私には高等過ぎて分からないし、ギリギリ理解できる風流も、きっと脳内で多分に補正がかかっていると思う。
とりあえず日本っぽいことを言って、あの人の気を引きたい。
なんて浅ましさ。
思わず覆面の下で、口を歪ませる。
あの人を横目で見れば、私や女怪に視線を向けることなく、崩れ落ちた巨人を静かに見据えていた。
きっと次の手を考えているんだろうか。
私達の言葉よりも、あんな鉄の塊に、あの人の意識が注がれていることに、どうしようもないほど嫉妬してしまう。
あの人の視線を私に向けたい。
あの人に私のことを考えて欲しい。
お願いだから、こっちを向いてよ。
もっと私を見てよ。
私以外のことなんか、考えないでよ。
嫉妬と独占欲と支配欲が、私の中で渦巻く。
どこからか湧きだした黒が私を
視界が徐々に狭くなる。
あの人だけしか、見えなくなる。
あの人が欲しい。
理由なんて分からない。
あの人に私を見て貰いたい。
あの人の中で、私以外なんかいらない。
黒い…… 黒い、黒い、黒い、どこまでも黒い漆黒が、私を包み込む。
影。
私は、影。
誰の?
私は影。
あの人。
そう、あの人の。
あの人の、影。
「よし、高峰嬢、突撃だ。
白影は火力を絞ったカトンジツで、高峰嬢を援護してやってくれ」
黒が白になる。
世界が色づき、白い光に満ちていく。
カトンジツ、私の炎。
どこまでも赤く、熱い、私だけの、炎。
あの人のために、燃え上がる、私だけの炎。
「ヘイヘーイ、案山子斬りの時間ですよー」
雑音が
でも、私は女怪を助けよう。
だって、それがあの人の望みだもん。
私は炎。
私は影。
あの人の影であり、あの人だけに燃え上がる炎。
「拙者、忍び故に主君の命令は絶対であるからな」
影に意志なんてない。
ただ、あの人に
どこまでも、ずっと、ずっと、ずっと。
「仕方ないでござるな、忍び故に」
ずっと、ずっと、ずっと。
燃え上がれ。
どこまでも、どこまでも。
あの人だけの、私の炎。
いつの間にか、目の前に広がる巨人。
上半身だけが地面から飛び出ている、哀れな巨人。
巨人が赤い単眼を、私に向ける。
感じる敵意。
地面から抜け出そうとしていた両椀を振り上げた。
その手に持つのは、大きな黒い斧。
大降りに振り上げられた斧は、強い殺意と共に振り下ろされる。
このままでは、私はあの人の願いに応えられない。
でも、大丈夫。
だって、とっても遅いんだもん。
斧が叩きつけられて、大地が弾け飛ぶのを真下に眺める。
このままいなくなれば良いのに。
そう思う気持ち。
あの女怪が、この程度でいなくなるわけがない。
そう断じる理性。
地面に降り立っても、視界は一面が砂で覆われている。
でも、敵の位置は分かった。
なんとなく、敵が息を
たぶん、すぐに次の攻撃が来るのかな。
でも、大丈夫。
だって、とっても遅いんだもん。
息を深く、深く、どこまでも深く吸う。
顔の下半分を覆う覆面越しで、砂埃も立ち込める中、とても吸いにくいんだけど。
でも、沢山吸う。
両手を組み合わせて印を作る。
あの人に教えて貰った、私とあの人の、印。
右手があの人で、左手が私。
私を思うあの人を感じる。
あの人が、私を思ってる。
あの人が…… 私を、想ってるんだ!
応えなきゃ。
私を想うあの人に、応えなきゃ。
届け。
届け、届け、届け…… どこまでも!
どこまでも、届け、私の、この想い!!
私の、燃え上がる、炎!!!
想いの爆発。
燃え上がった炎、あらゆる業を燃やし尽くす地獄の業火。
燃えろ、燃えろ、燃えてしまえ!
広がれ、ずっと遠くへ、どこまでも!!
燃える、燃える、私の炎!
あの人だけの!!
私の炎!!!
刻みつけろ、私の想い!!!!
どれだけ時間がたったんだろう。
気づけば炎は消えて、目の前に広がる全てが赤く燃え上がっていた。
「———— やるじゃないですか、黒いの」
隣に立つ白いの。
赤く、紅く、朱く照らされた、白いの。
その姿は、恐ろしいほどの艶やかさに満ちていた。
人外の如き美貌を歪める、白いの。
『ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ』
荒れ狂う獣の如き雄叫びも、私と白いのには、届かない。
「………… 少しだけ…… 負け、た、と、想い、ました」
膝をつく私。
前を向く白いの。
どちらの視線も、相手を向くことは無い。
「でも、負けません。
絶対に、負けません。
私は、負けません」
『アッ! アッ! アッ! アッ! アッ!』
煩い。
煩い、煩い、煩い、煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い。
煩い!!
「私は、彼の前では、負けられない」
煩い!!!
「おい、お前ら!
何をしているんだ!?
さっさと退避しろ!!」
あ、あの人の声。
逃げなきゃ。
体に力を籠めようとするが、地面に堕ちた私の身体は、ピクリとも動かない。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
見上げると、朱い両拳が、満身の殺意を籠めて、振り下ろされようとしている。
だめ。
このままだと、あの人に会えなくなる。
それは、だめ。
絶対に、許されない。
「イヤァァァァァァァァァァ!?」
黒くなる。
私の全てが、黒に沈む。
何でも良い。
今は、あの人のそばに行きたい。
他は、何でも良い。
全てが、漆黒になる。
「
漆黒が、黒になる。
「
視界から、黒が抜ける。
「
体から、黒がなくなる。
「
目の前に立つ、純白の外套。
黒とは違う、白。
「
全ての絶望が、漆黒が、黒が、影が…… 斬られた。
私は、負けた。
少しだけ、そう、想った。
「これで、勝ったと想わないで下さい」
これで、勝ったと、想うなよ。
高度魔法世界 第二層 古代要塞マジーノ線
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