第十二話 わんわんお!
人類同盟と国際連合が熾烈な要塞攻略戦を仕掛けている頃。
人類と魔界の決戦とも言える戦場を迂回するように、森の中を進んでいる集団がいた。
迷彩の戦闘服にボディアーマーを着込み、手には28式6.8㎜小銃を携えた青年。
銀色の外装を迷彩色の装備で覆い、大型のバックパックを背負いながらも30式6.8㎜軽機関銃を携行した8体の機械人形。
そんな彼らの隠密装備を台無しにするかのような、白銀の軽鎧に金糸の縁取りがなされた純白の外套を纏った少女。
現在、実績という面において他の追随を許さない人類の最精鋭、日本国。
彼らは現在、決戦に参加することなく、誰にも気づかれないまま密かに進軍を続けていた。
「ぐんまちゃん、まだ着かないんですか?」
スタート地点から数㎞は歩き続けているのに、未だ魔物一匹見つけられていない。
それに焦れた高峰嬢が俺をせっついてくるが、まだ到着予定地点まで5㎞ほどあるのだからどうしようもない。
「あと5㎞くらいだよ」
俺が隠すこともなくありのままを告げると、高峰嬢は拗ねたようにため息を吐く。
そんなことをされてもしょうがない。
射撃戦を主とする人類同盟や国際連合と共同戦線を張ることのできない俺達は、彼らの銃弾が届かない敵の後背に回り込んで攻めることしかできないのだ。
それに無人機による哨戒から、敵兵力は6000を超えるほどの大兵力だということが分かっている。
流石に高峰嬢でもこれほどの数を殲滅するのは、1日かかるし、その前に俺達の弾薬が尽きること請け合いだ。
必然的に、ある程度の敵兵を人類同盟と国際連合に受け持って貰う必要がある。
その為にも、ある程度彼らが魔物達に損害を与えて、高峰嬢と同等かそれ以上の脅威と
「退屈ですよー、ぐんまちゃーん」
ひたすら歩き続けることに飽きた高峰嬢が、俺に寄り掛かってくる。
今日はまだ戦闘を行っていないためか、少女らしい花のような香りがした。
尋常ではなく高鳴る俺の心臓。
背中からは思わず冷や汗が流れた。
頼むから不意打ちで語尾を伸ばすのは止めて欲しいものだ。
不意に、腕の端末がチカチカ光りだした。
どうやら新たなミッションが発令されたらしい。
すぐに端末を確認する。
『ミッション 【距離が近すぎないか?】
魔の森に存在する木々や草花を採取してください
報酬 42式無人偵察機システム改
依頼主:日本国第113代内閣総理大臣 高峰重徳
コメント;儂の孫から離れて!』
遂に無人機の改良が完了したのか。
この状況になってから2週間も経っていないというのに、随分と仕事が速い。
普通は兵器の改良、それも数年前に正式化された最新兵器ならば、改良には最短でも年単位の時間がかかるはずだ。
俺は改めて、日本が全力で支援してくれていることを実感した。
「高峰嬢、総理から注意されたので離れて欲しい」
俺が端末画面を高峰嬢に見せると、彼女は気怠そうな表情を僅かに歪ませる。
「御爺様は私のことを子ども扱いしすぎです!」
彼女は反抗するかのように、さらに
申し訳ありません総理、俺は貴方よりもヒト型決戦兵器の機嫌を損ねる訳にはいかないのです。
一応、離れて欲しいポーズを見せた俺は、そのまま森の中を進み続けるのであった。
戦場の喧騒が遠く聞こえる森の中、かつて敵からは畏怖を、同胞からは敬意を込めて紅き獣と呼ばれた老大狼は呆れていた。
古き友に助力を請われ、隠居した身でありながら戦場に出てきた
敵を猿と侮る己に、徒手空拳とは言え、気狂い豚を3日で制した敵の脅威を説く友。
しかし蓋を開けてみれば、粗末な武器を持った民兵相手に攻めきれず、固い黒鉄の要塞に閉じ籠ってしまった敵。
次元統括管理機構とやらが与えた兵器も、迂拙な運用で勇者単騎に敗北してしまう始末。
はっきり言って、拍子抜けも良いところだ。
もはや己が出る幕など、このくだらない戦場にはないだろう。
そんな老大狼が、僅かな供回りを引き連れて森の中を彷徨っているのは、陣地に紛れ込んだネズミの息の根を止めるためだ。
愚かにも炎を司るフレイムウルフを相手に、炎で挑んできたネズミは、敵わないと見るや、森の中に逃走した。
戦場に己を見いだせずにいる老大狼にとって、ネズミ狩りは格好の手慰みだった。
如何に上手く隠れ潜もうと、鋭敏な嗅覚にはネズミの匂いがしっかりと刻まれている。
隠居したとはいえ、その匂いを辿ることなど児戯にも等しいことだ。
そうして戦場から遠く離れた森の中を進んでいると、ネズミの匂いとはまた別の、複数の同胞以外の匂いが嗅覚を刺激した。
オスが1匹、メスが1匹、良く分からないものが8匹。
あれ以上くだらない戦場を見ているのに嫌気がさしたために、ネズミを追っていた老大狼。
さしてネズミに興味がなかった己にとって、より数の多い敵がいるのならば、優先するのはそちらであった。
そして新たな匂いを辿って、老大狼は、遂にその敵と出会った………… 出会ってしまった。
「わー、ぐんまちゃーん、おーきいワンちゃんですよー」
「そうだな、大きいな」
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