第十話 魔界ダンジョン本格開戦
生命の存在しない、深く、暗い森の中。
本来ならば不気味な静寂に包まれている森の中。
しかし、今は木々を圧し折る音と共に、大勢の魑魅魍魎が奏でる様々な鳴き声で満たされていた。
それもそのはず、少し前までは隠れ潜んでいるはずだった魔物達。
そんな彼らは現在、森の中央部に集結し、驚くほどの速さで巨大な陣地を築いていた。
オーガが抜きん出た
フレイムウルフは自身の火炎を用いて、金属たる木々を溶かし、ゴブリンやコボルトの作製した型枠に流し込む。
金属が冷えたら、オーク、ガーゴイル、ハーピー、大蝙蝠が、製造した金属板を組み合わせ、要塞陣地を形作る。
既に完成している要塞中枢部、ペルシャ絨毯の様な豪奢な敷物が敷かれたそこに身を置く、深紅の巨狼とオーガと同等に巨大なゴブリン。
巨狼は艶やかな自身の毛並みを、部下のコボルトに整えさせながら寝そべっている。
『小鬼族の勇者よ、貴様の役目は隠密戦術により、猿共の戦力を確実に消耗させること。
小鬼族の勇者、そう呼ばれたゴブリンは、巨狼に応じないまま傷だらけの使い古された双剣を磨き続ける。
巨狼はその様子を横目に、まるでため息をするかのように深く息を吐く。
『わざわざこのような大げさな砦を造ったうえ、
小鬼族や大鬼族にまで『鬼』と呼ばれた貴様が情けない、愚痴るかのように零された嫌味にも、ゴブリンは動じることはなかった。
『そこまでして恐れる必要もなかろうに。
所詮は分不相応の力を手に入れただけの猿、
『………… 随分と衰えた』
『なに?』
初めて見せたゴブリンの反応に、しかし意図の分からない言葉に、巨狼は思わず聞き返す。
ゴブリンは手入れの最中であった二振りの剣を置き、巨狼に目を向ける。
僅かな失望の念が混じった視線に、巨狼は無意識に気圧された。
『後継を譲ったうえに、耄碌したか、紅き獣』
『…… なんだと?』
如何に跡を譲ったと言えど、その身に秘められた誇りと炎は、微塵も衰えたつもりはない。
そんな我が身に向けられた、明らかな侮蔑。
巨狼は自身の怒気を隠すこともしなかった。
『頭に乗った猿に、あの気狂いは
ただの餌に、我が盟友は
『…………』
波風一つ立たない静寂の水面。
そのような男が瞳の奥に見せた、暗い炎。
『次の戦ならば、このような玩具も少しはマシになる。
兵共も、戦を知らぬ民兵ではなく、本物の兵士が並ぶことだろう』
先程まで熱心に手入れをしていた歴戦の双剣を、ただの玩具と切り捨てる。
『しかし、その時には敵も力を増している。
ならば、いつ踏み潰そうと変わりはない』
ゴブリンはそう言い切ると、静かに目を閉じ、口を開けることはなかった。
「———— なんだ、あれは」
早朝、探索を始める前に無人機による偵察を行ったエデルトルート率いる人類同盟は、昨日までは影も形もなかった要塞陣地に、ただただ驚くことしかできなかった。
ご丁寧に周囲の木々まで伐採し尽くした様で、魔の森のど真ん中は巨大な平原と化している。
「正しく、眠り姫だ」
ガンニョムにまだ搭乗していないフレデリックが、相変わらず良く分からない感想を漏らす。
それによって気を取り戻したエデルトルート。
何となく悔しい心中を表に出すことなく、ゲリラ掃討戦から要塞攻略戦への切り替えを行う。
「フレデリック、弾除け役ですまないが今回も前衛を頼む」
「俺はガンニョムだ!!」
しっかりと自己主張しながらも、自分の仕事が決まったフレデリックは、自身が本当の居場所と言い張るガンニョムへと乗り込んでいく。
それを皮切りに、矢継ぎ早に繰り出されるエデルトルートの指示の下、素早く態勢を整える。
要塞攻略への準備が完了するのに、1時間もかからなかった。
「アルベルティーヌ」
戦いの直前、昨日から様子が可笑しかったNINJA白影ことアルベルティーヌに声をかける。
「……」
しかし、彼女はエデルトルートの呼びかけに反応も見せない。
「おい、アルベルティーヌ!」
「…………」
強めに呼びかけるも、彼女は視線を向けることもなかった。
エデルトルートは溜息一つ、彼女の呼び方を変える。
「白影!」
「何か?」
その途端、先程までの無反応が嘘のように、NINJA白影は間を置かずに反応を返す。
「先程から、思い悩んでいるようだが、昨日何かあったのか?」
いつも口数は多い方ではないが、今日はいつにも増して口を開かなかった白影に、エデルトルートは一応の指導者として気遣った。
「…… いや、何もござらんよ」
しかし、白影は彼女の気遣いを否定する。
確かに、一見して白影は口数が少ない以外はいつも通りのNINJAだ。
口調と見た目が可笑しいだけで、他は至ってまともに思える。
「そうか?
それにしては————」
エデルトルートはそこまで言いかけて、思わず口を噤んだ。
「問題、ない…… でござる」
頭巾から露出している目元、そこにある晴れ渡った空のように蒼い双眼。
そこにあった太陽は消え去り、澱んだ分厚い暗雲が立ち込めていた。
人は、一体何があればここまで瞳を曇らせることができるのか。
彼女の胸の内には、どのようなモノが渦巻いているのか。
「………… そうか」
神ならぬ人の身であるエデルトルートには、その一欠片すら掴むことはなかった。
『フハハハハ! 幕が開ける!! 真の地獄が幕を開けるぞ!!!
お前達は我が深淵を覗いて、息を保ったままでいられるか!!?』
ガンニョムのキチガイ染みた喚声が響き渡る中、人類同盟の進軍が始まった。
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