第四話 金髪青目の忍者娘

 視界一面に広がる暗緑色の木々。

 侵入者を阻まんと道を妨げるそれらを薙ぎ倒しながら進む白色の巨人。

 10mを超える木々ですら、その巨人の腰にも届かないほど、巨人は巨大だった。


 全高20mの機械仕掛けの巨人は、突如何もない空間から姿を現したUAV(Unmanned aerial vehicle;無人航空機)に先導されながら、森の中を進んでいた。

 その肩には、鈍く光る白色の塗装が施された巨人とは正反対の、闇に溶け込んでしまいそうなほどの黒い装束に全身を包んだ人影。

 顔全体を覆う頭巾の目元には、白い肌と二つの蒼眼が覗いている。

 後頭部から飛び出ている金紗のポニーテールが、全てが黒に覆いつくされた中で妙に浮いていた。


『アルベルティーヌ、こいつについて行って本当に大丈夫なのか?

 周囲になんか変なのはいないよな?』


 巨大ロボの頭部、そこに搭載されている外部スピーカーから、若い男の怯えた声が聞こえる。

 おそらく巨大ロボのパイロットのものであろうその声は、他を圧倒する巨大なロボットに搭乗しているというのに、聞く者全てを不安に感じさせてしまうほど頼りなかった。

 話しかけられた黒装束の人物は、視線を眼下の森へと向けながら答える。


「アルベルティーヌではない、拙者のことはNINJAマスター、もしくは闇に潜む白き影…… 白影とでも呼んで頂きたい。

 それよりもリック殿、くれぐれも油断なされるなよ。

 その無人機に描かれているのは、白き円と中心に輝く朱き太陽、日本の国旗でござる。


 単独にもかかわらず、僅かな期間で3つの階層を制覇したNINJA発祥の地。

 どのような化物が出てこようと、不思議ではないのでござるよ」


『アルベルティーヌ、俺のことはガンニョムと呼べと言っているだろう!

 俺はガンニョムだ!!』


「リック殿………… 日本かぶれもそこまで行くと単純に気持ち悪いでござる。

 それと次からは白影と呼ぶように」


『お前が言うな』


「…… なんですと?」


 それからしばらく、二人はお互いを口汚く罵り合ってブーメランを放ち続けた。




 木々よりも高く聳え立つ巨大ロボ。

 見る者全てを圧倒する巨体は、何故か自身の体を自分で攻撃していた。


『堪忍袋の緒が切れた! 許さんぞ! コスプレ女!!』


「言ってはならぬことを! 言ってはならぬことぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 よく見れば、白い装甲に包まれたロボの全身を、全身黒尽くめの不審者が飛び回っている。

 鈍重なロボの攻撃を、時に木々を、時にはロボの装甲を足場に空中を飛び回って回避していた。

 高峰嬢で慣れてしまったが、よくよく考えれば化物レベルの身体能力だ。

 見た目からして、おそらくNINJAだろう。

 巨大ロボとNINJA、人類同盟が先鋒として派遣した戦力は、どうやらとんでもない超戦力だったらしい。

 

 ただ、その超戦力は現在、どういう訳か互いに仲間割れを起こしているようで、俺が足止めに出向くまでもなく勝手に時間を潰してくれている。

 巨大ロボの方に至っては、自身の攻撃によって既に外装はボロボロ、控えめに言っても中破といった所か。


 俺は奴らの戦いに巻き込まれないよう、少し離れた木の陰から戦闘を見守っている。

 余波ですら死にかねないため、万が一を考えて俺の前方は従者ロボ2体で固めていた。


『私の顔に何度泥を塗れば気が済むのだ…コスプレ女ッ!』


「勝手に自滅してるだけでござろうよ、日本かぶれ!」


 お前が言うな。

 見事なブーメランを口にしたNINJAに、心中で思わず突っ込んだ。


「むっ、 邪気か…… 何奴だ!」

 

 突然、それまで俺に気づくこともなく巨大ロボと激闘を繰り広げていたNINJAが、俺に向けて何かを投げ放った。


 あっ、死んだわ。


 視認できるはずもない攻撃に、俺は一瞬で生を諦める。

 グッバイ今世、ハァイあの世!


 しかし、NINJAの攻撃は俺に届く前に、前方を固めていた美少女によって叩き落とされた。

 金属同士の甲高い衝突音と同時に、地面へ突き刺さったものは、NINJAにとっての必需品、手裏剣だ。

 一般的な四枚刃タイプの手裏剣は地面に深々と突き刺さっており、一瞬だった衝突の凄まじさを物語る。


「まて! 俺は敵ではない! 日本人だ!!」


 すぐに声を張り上げて、追撃しようとしていたNINJAを制止する。

 その間、巨大ロボの方は、ダメージに耐え切れなかったのか、無残にも膝をついていた。

 

「な、なんと!?

 失礼致した! てっきり魔物かと早とちりしてしまったでござる!!」


 樹上から飛び降りて、音もなく地上に降り立ったNINJAは、即座に俺の元に来るやひざまずいて謝罪しだした。

 土下座せんばかりのその勢いに、俺はガチモンの日本かぶれのヤバさを感じる。

 こいつはやべぇぞ、脳内がなんちゃって時代劇だよ!


「い、いや、こちらも先に声をかけなかったのは、配慮が足りなかった。

 だから、あまり気にしないでくれ」


 思わず素で返してしまった。

 後から、これをネタに強請れば、あっさり目的が達成できたと気づくも、後の祭りだ。


「流石は日本人。謝罪に対して、逆に自身の過ちを反省し、相手を許す寛容な心。

 これぞ正しく謙虚という奴でござるな!」


 NINJAは、俺の言葉にすっかり感銘を受けてしまったようで、目元以外を覆う黒頭巾越しでも分かるほど鼻息荒く詰め寄ってきた。

 俺は思わず仰け反ると、NINJAは何かを思い出したかのように、一旦距離を取り直す。


「拙者としたことが失礼致した、まずは互いの名乗りでござるな。

 拙者、フランス共和国の忍び、カトンジツを得意とするNINJAマスター、他の者からは白影ハクエイと呼ばれている。

 以後、よしなに。


 ちなみにあの巨大ロボの中身は、ドイツ人のフレデリックでござる。

 自分がガンニョムだと思い込んでいる気持ち悪い日本かぶれなので、くれぐれも用心なされよ」


 礼儀正しくお辞儀をしたNINJA改め白影? は、小声でロボの中の人も紹介してくれた。

 自分を忍者だと思い込んでいる不審者丸出しの日本かぶれを見ながら、俺は悟る。


 こいつは高峰嬢とは別ベクトルでヤバい奴だ。

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