53話 丘の上で

道は高い方へスカスカと前へ登っていく。

「道どこ行くの?速いよ。」

「おっと。」

こちらを振り返ると手を差し出した。

私は手を取り、距離が狭ばった。

今日の道はどこかおかしい。

もしかして覚えているのかもしれない。


「道は覚えているの?」

覚えていて欲しいという気持ちと、1人だけの思い出にしたくないという気持ちがある、

そういえばアイおばあちゃんはよく夢の話をしてくれていた。


空はまだほんのり明るくなりかけている薄明。

「ごめん。今は時間が無いんだ。少しだから我慢してくれないか?」

これは黙れということであろうか。

「うん。」

と大人しくついて行くことにした。

道にはこういうことは何度もあるから慣れているのだ。

しかしこのタイミングで。


細道の所へ入り、階段のような場所を登っていく。道はこちらに気を配りつつ手短に前へ進む。

飛んで行きたい。しかし私が選んだのは歩く方なのだから頑張るしかない。


「間に合った。」

道の声にこの意味不明な時間が終わりを告げたことを知らされる。


「夢乃!見てくれ!!」

私は息が切れて、頭を下げながら膝を手につけて呼吸を整えているというのに。

道と私の体力の差を感じる。


なんとか顔を表にあげるとそこは街のよく見える谷の上だった。山々に囲まれとても美しい場所だった。

ゆっくりお日様が顔を出していく。

朝の切りつめた空気に冬の好きな空気感。

私の大好きが引きつまっているこの時間この時期にこんなに美しい景色。


「綺麗だわ。」

「そうだろう!ここは俺が昔ここに旅行へ行った時、叔父に教えてもらってな。2人の秘密だった場所なんだ。」

正直話が入ってこない。

それを察したのか叫んだかのような声で言う。

「すげぇ綺麗だろ?」

私も負けじと大きな声で言う。

「うん!凄く綺麗!!」

「すげぇ気持ちいいだろう?」

「すげぇ気持ちいい!!」


道がこちらを向き、肩を掴んだ。

「夢乃俺はあの世界のことをよく覚えている。証拠にみろ。これはノアから貰ったレシピだ。これがあること、そしてこれを知っていることが証拠になる。」

そこ紙にはノアのレシピが夢いっぱい詰まっていた。

ノアの書いた文字はやはり美しい。

でもやっぱりあれは現実に起こった、夢の世界だけのものでなく、そして道も覚えていてくれている。


「夢乃、この世界にはこんなの笑っちゃうくらい綺麗なものに溢れているんだ。こんな景色、綺麗なものの端くれ的な存在だ。」

道が綺麗だと思って連れてきたのでは無いのか?

何より私はとても綺麗に見える。ムキになって言い返す。

「そんなことないわ!」

「いや!そんなんだ!もっともっとたくさんあるんだよ。」

「道の思い出に残るくらい綺麗な景色で、私の大好きな時間帯を道が準備してくれた場所よ!私にとってはどんなものより綺麗。」

「ならこれから夢にたくさんの綺麗を準備してあげる。だから…。」

「っだから向こうの世界に勝手に行こうとすんなよ。向こうの世界より夢にとって綺麗なものなんて無いんだろうけど、でもこの世界の景色も美しいのがたくさんあるから。」

道は私が向こうの世界に言って欲しくないと思ってくれているらしい。

そんなつもりは無かったのに。


「道!私は向こうの世界に戻るつもりはないよ!」

「…は?」

「まあ戻るつもりはないと言うのは違うけど、自然の流れに身を任せて行くつもりだよ。」

道は顔を真っ赤にさせ、するとスルスルと下へしゃがみ込んだ。


「こんなベタなことをさせてそれは無いよ。」

「はは阿呆だね。アイおばあちゃんと約束したでしょう?おばあちゃんと呼ばれなくなるまでは来ちゃダメって。」

「あれはそういう意味なのか。」

「私が勝手にそう思っているだけかもだけどね。ノアも否定しなかったから信用しているの。」

肯定もしなかったけど。


「俺はこれから何十年も夢といるつもりだから、嫌なこととかあったらハッキリ言えよ。」

「うん。」

「代わりに俺も言うからさ。」

「うん。」

「あと俺は夢の夢を応援する。そして俺は夢を支えるよ。」

「それはいいわ。道に人を支える人生なんて送れるはずないもの。」


「あのな俺の覚悟をなんだと思っているんだよ。」

「私はさノアがタイプだと思っていたんだけど、どうやら私はノアのような人間になりたいだと気づいたの。人間として尊敬して、大好きなの。」

道がたくさんくれた安心を返したい。


「私のそういう意味で好きな人は心配性な人だよ。」

道は髪で顔を隠す素振りを見せてから立ち上がり、

「だろうな。」

と告げ行こうかと手を差し出した。

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紳士な猫と夢少女 ネッシー @1004128j

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