第37話 僕なんかの部屋にいる和水さん②


 元々僕はこの辺りで生まれ、ここで過ごしていたこと。


 親は転勤が多くて、小さい頃に一度遠くへ引っ越したこと。


 それからも親の転勤の関係で何度も引っ越しを繰り返し、三年前にまたここに戻ってきたこと。


 だからこの辺りには愛着というか、懐かしい想いがあったこと。


 僕が長々と話している間、和水さんは静かに話を聞いてくれていた。


 自分語りを誰かに聞かせるなんて恥ずかしいし、僕なんかの過去を気にする人なんていないと思っていたけれど、和水さんにとってはそうでもないのかもしれない。


「じゃあ地元に帰ってきたみたいな感じ?」

「そう、ですね。物心ついた頃いたのがここなので、僕の中で地元って言ったらこの辺です」

「いっぱい転校して、いろんなとこに住んで、それでもここが一番好きってこと?」

「はい、改めて考えてみてもやっぱりここが一番ですね」

「ふ~ん、でもそれが近い高校選ぶのとなんか関係あるの?」

「あぁ、それはですね……」


 本当に話しにくいのはここからだ。


 一瞬躊躇するも、今更止めて和水さんが納得するとも思えない。


 僕はあまり暗くならないように意識して話すことにした。



 僕は頻繁にやってくる転校という機会のせいで、あまり仲のいい友達をつくることが出来なくなったのだ。


 今ではすっかりとこんな非モテ童貞に育ってしまったけれど、小さい頃はまだ少しましで、今よりは明るかったと思う。


 新しい場所で頑張って友達を作っても、またすぐ引っ越しで離れ離れになる。


 それが何度も続くと、別れる度に辛い想いをするし、自分のしていることが無意味に思えてきて、気が付いたら僕は今みたいな内気な日陰者になっていた。


 それからはどこに行っても友達が出来なくなって、ボッチの僕が見事に出来上がったというわけだ。


 ただ、そんな僕にも昔ここに住んでいた時は仲のいい友達がいたのだ。


 いつも一緒に遊んでいて何をするのも一緒。向こうの家には行ったことがないけれど、友達はよく僕の家に来て入り浸っていたくらいだ。


 僕の記憶では、ここでのだいたいの想い出がその親友との出来事で占められている。


 たぶん僕の人生の中で考えても間違いなく一番の親友で、その親友との想い出があったからこそ、僕は近くの高校を選んだのだ。


「まぁ簡単に言うと、その昔の友達とまた会えるかもしれないと思って、一番近い高校を選んだわけです。別にその子が近い高校に通うかどうかも分からないんですけどね」


 我ながら穴だらけの理屈だと思う。


 その友達が今もずっとこの辺りに住んでいるかも分からないし、普通は自分のレベルにあった高校を選ぶはずだから、家から近いからといっても通っている確率は低いだろう。


 それは分かっているけれど、何も手がかりがない僕には他に考えられることがなかった。


 あの頃はまだ小さく、お互いにスマホも持っていなかった僕たちは、引っ越してそれっきり。高校でも残念ながらそれらしき人には今のところ会えていない。


「引っ越してから会えてないですし、連絡すら取れてないので向こうは僕の事忘れてるかもですけどね」

「……そう」

「あは、あはは、まぁ高校を選んだのはその友達に会えるかもなぁっていうしょうもない理由ですね。はは……」


 やっぱり自分語りなんてするものじゃないらしい。


 自分ではちょっといい話ふうに語ったつもりだったけれど、和水さんは興味がなくなったのか途中から僕とは反対を向いて景色を眺め始めてしまっていた。


 どんな顔をしているのかは見えないけれど、よっほど僕の過去は退屈だったのかもしれない。


 ちょっと喋りすぎて気持ち悪かったかなと僕が反省している間に、もう僕が住んでいるマンションも見えてきていた。

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