第25話 和水さんを尾行する僕②


 放課後。


 僕はついに新しい作戦を思いついていた。


 まずは隣の席で帰り支度をしている和水さんを注意深くチラ見する。


 僕が考えた作戦がなんなのかというと、ずばり、観察だ!


 もっと相手の事が知りたい。けれど話しかける勇気はない。


 それならどうやって相手の事を知るか、方法は一つ。


 相手を事細かに観察するしかない。




 ……この作戦を思いついた時は少し、いやかなり自分に引いた。


 だって今の理論って、まるっきりストーカーのそれな気がしたからだ。そして、たぶんそれは気のせいじゃないと思う。


 だけど勘違いはしないでほしい! 僕はけしてやましい気持ちで和水さんを観察しようと思ったわけじゃない。


 放課後に僕が一人でいると、いつもどこからともなく現れる和水さんが、一体どこで何をしているのかを探るため、というちゃんとした理由があるのだ。


 僕は和水さんの胸が揺れる度にジロジロと見てしまうし、和水さんが脚を組みなおす度に横目でチラ見してしまうようなスケベで変態だけど、けして犯罪者ではない!


 だから家まで付いて行ったり、学校以外のプライベートを探るつもりは当然のことだけどまったくないのだ。


 あくまでも、いつも先に帰っているはずの和水さんが、学校に残って何をしているのかが知りたいだけだ。


 どんなに小さなことでも、まずは知ることが和水さんに近づく大切な一歩になる。


 僕が必死になって自分の正当性を自分に言い聞かせていると、視界の端で和水さんが席を立つのが見えた。


 時計を確認する。今まで意識したことはなかったから、正確なことは分からないけれど、たぶんいつも和水さんが教室を出ていく時間とあまり変わらないと思う。


 放課後になると、いつもすぐに帰って行くイメージだったけれど、今日もその例にもれず、早めに教室から出ていくようだ。


 今こそミッションスタートの時だ。


 僕は他のクラスメイト達の陰から和水さんを追いかけた。



 放課後になってすぐの時間は、帰る生徒や部活に行く生徒で校舎内も賑やかだった。


 僕はいつもこの喧騒をさけるために、あえてしばらくは教室に残って、静かになった頃を見計らって帰っている。


 けれど和水さんを追いかけている今はそうも言っていられない。人が沢山の廊下は少し精神的にきつかった。


 それを我慢してでも、和水さんのことは知りたい。


 人混みで和水さんを見失いそうになりながらも、僕はなんとか見つからないように追いかけた。


 このまま和水さんが学校を出て行ってしまったら、そこで作戦は終了するしかなかったけれど、どうやらその心配はなさそうだった。


 大半の生徒が昇降口の下駄箱に向かう中、和水さんだけは違う方向に歩いていく。


 段々と辺りには他の生徒がいなくなって、僕は壁の陰に隠れながら追跡した。


 今の僕はまさにアレな人だ……その点はあまり考えないようにして和水さんを追う。


 どこに向かうのと思っていると、和水さんは意外な場所で脚を止めた。


「なんでこんなところに……」


 和水さんが立ち止まった場所は中庭だった。


 中庭は、一応花壇やベンチがおかれてはいるけれど、他には何もなく、いつも人影のない寂しい場所、というのが僕のイメージで、大抵の人が僕と同じことをイメージすると思う。


 そんな何もない所に来て、和水さんは一体何をしようというのだろうか。


 気になって壁の陰から身を乗り出して様子を伺っていると、和水さんは予想外の行動に出た。




 なんと、ジョウロを使って花壇のお花にお水を与え始めたではないか!


 それは衝撃的な光景だった。和水さんはかがんでお花に微笑みかけ、漏れがないよう丁寧に水をかけていく。


 和水さんがジョウロをふるたびに胸が揺れる。


 和水さんがかがんでお花を見るたびに、短いスカートの中が見え隠れする。


 いつもは寂しげな中庭が、今この瞬間だけは天国のと風景のようにすら見えた。


 いったい誰がこんな光景を想像できただろうか。あの和水さんが、無愛想でいつも怒ったような顔をしている和水さんが、あんなにも笑顔でお花さんにお水を上げている。


 放課後になって真っ先にここにやってきたというのもポイントが高い。今僕の中では、和水さんのギャップ萌えポイントが加算され続けている。


 普段の姿からは想像も出来なかったけれど、それだけお花が好きなのだろう。


 僕は中庭に水道があったことも知らなかったし、ジョウロが置いてあることもまったく知らなかった。


 和水さんのあの手慣れた様子から察するに、毎日こうして水を上げているに違いない。


 ここまで熱心にお世話をしているからには、何かお花が好きになった理由でもあるのかもしれない。


 新しいことを知れば、また違うことが気になりだす。作戦はひとまず成功だった。


 頑張った甲斐もあり、僕はまた一つ和水さんの新たな一面を知ることが出来た。


 そして、その衝撃的な光景に目を奪われていた僕は、あまりにも油断しすぎてしまっていたのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る