第2話 沈黙のハンター

ミック-1

 ある時、ミックの中から感情が欠落した。

寂しくない

辛くない

苦しくない

楽しくない

特に大きく感じるものが無い。 


 それでも戦った後は妙に落ち着かず捌け口を求めた。血生臭い後の興奮はすぐに性的興奮にとって代わられる。そうすれば体内のアドレナリンが消化されるのだ。

 通りすがりの男娼の宿。そこでミックは出会った。人間ではない男娼、ルーと。

       

 バースデーを祝うのにカーニバルを見た帰り。ちょっと離れた場所に駐車した車まで両親と手を繋ぎ、少年は笑いながら歩いていた。

 何かの影が通り、一瞬目の前が暗くなる。温かい液体が顎から滴った。右からも左からもその液体が吹き出して少年を濡らす。両親の首から上が消えていた、少年と手を繋いだまま。両親の体が命の名残を残して震えている。その手は硬直したように少年の両手から離れなかった。

 声が出なかった。何も聞きたくない。自分の両脇に立っている人たちには頭が無い。

「見るな!」

 銃声が鳴った。目の前に魔物が倒れ、何もかもをその幼い目で見た。震えもしなかった。そのまま心が凍った。

 少年を救ったハンター、レドモンドは救うべきではなかったかもしれないと思った。残った少年は憐れだった。倒れた両親に少年は言った。母と父の手を丁寧に重ねてやる。

「おやすみなさい、ダッド、マム」

 それが少年の最後の言葉になった。もう声を発することは無かった。

 レドモンドは少年の身元を割り出した。マイケル・ランカスター、6歳。 血縁者を探したが碌な者はいなかった。アル中でのんだくれの母の弟。とっくに父親が縁を切っていたヤクの売人の伯父。そして父の妹。彼女は国際便のスチュワーデス。一つ所にいたことが無い。



 昔。26歳のレドモンドには、24歳の妻との間に2歳の息子と1歳の娘がいた。

 ある日、父から受け継いだ農作業をして家に戻ると、そこに妻の頭と足、息子の靴を履いたままの足が落ちていた。血は温かく、たった今の凶行だと知る。半狂乱になったレドモンドはライフルを持ち出し、外に飛び出した。先の方を見たことも無い魔物が跳ねて森に入ろうとしていた。後ろからライフルで狙って撃った時、娘を咥えていた魔物が振り返った。

 レドモンドの1発は娘を撃ち抜き、魔物を倒した。

 畑も家も売り払ったレドモンドは、ただ魔物を追うだけの男になっていた。ハンターたちの間を渡り歩き、腕を磨き、誰かのパートナーになっては魔物を片っ端から殺しまわる。

 マイケル親子を襲った魔物は、レドモンドに追われていた魔物だった。マイケルとの出会いは37歳の時だった。



 レドモンドはマイケルをミックと呼んだ。読み書きを教え、体力をつけさせ、料理などを教えた。10歳を迎えると体術とナイフを仕込み、13歳になると銃、ライフルを仕込んだ。ハンターである限り、いつ自分が死んでもおかしくない。だから自分を守る術を教えたのだ。他に自分が教えてやるものも無かった。

 聞こえないのは最大の弱点だ。体感を鍛えるために何度も試練を課した。山の中にナイフと磁石だけ渡して放置した。川に流した。何も無い道路に降ろして200キロ先のモーテルで待った。

 虐待と変わらない。ダメならどこか施設にでも預けよう、そう思っていた。けれどミックは過酷な世界で、当然のように生きた。武器の使い方も手入れも完璧に仕込んだ。武器が無ければどうすればいいのか。それも考えさせた。

 レドモンドは自分が消えるのを前提にしてミックを鍛え上げた。



 森の中。頭を傾げる。感じるものは何だろう。空気の動きには何も変わりは無い。上の方の葉の動きを見る。地に近い所と上とでは空気の流れが変わる。けれど今はここより少し動きが強いだけ。特におかしな動きが無い。

 地面に手を突く。少し違和感。はっきりはしない。両手を突く。頬をつけた。目を閉じる。気配を感じた。この瞬間が一番好きだ。[違うモノ]に気がつく瞬間。微かな違和感に全身を浸せるこの瞬間。

 振動として感じたのはそれからたっぷり30秒もしてからだ。

(いくつ?)

数は多そうだ。

(どれくらいで来る?)

この地面の感触なら3、4分くらいか。

『なにか感じたら俺を呼べ』

 レドモンドからはそう[言われて]いた。今は15歳。唇を読むことは出来るようになっていた。

(今日は1人がいい)

恐怖が無い、だからただ戦う。

 近くの木に上った。

(見たい)

 自分の感じたことを確かめたい。数や到着に要する時間。そういったことを頭の中の引き出しに入れておくことが大事だ。情報は分析するためにある。ミックはこれを頭の中でデータに置き換える。レドモンドにも理解できないデータ。まるで地震計の針が描くような波が頭の中に刻み込まれる。そこにいくつもの斜線や記号が入っていく。ミックにだけ分かる魔物の動きのデータ。

 木の上から見えた。丸いものが群れで転がってくる。数は9。ミックの視力はいい。耳の代わりになっているのは、全身。だからこそミックには利点がある。360度全ての気配を感じることが出来る。

 一糸乱れず転がってくる様子に疑問が湧く。

(だれが動かしてる?)

 乱れないということは指揮を取るモノがいるということだ。自然の物は乱れる。風、水、獣、人間。皆、同じ動きはしない。

(どこに 向かってる?)

 すぐに分かった、レドモンドのところだ。

(どうして? 人間をかぎつけた? ハンターを狙ってきた?)

 そこは大きく違う。ハンターだから狙うのだとしたら知能がある。人間としてならさほどの知能は無い、餌を求めているだけかもしれない。

 どちらにせよ、レドモンドに知らせなければ。ミックは急いだ。


 

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