第17話 定義



 雲に隠れながらだらだらと昇ってくる太陽に憤りを覚えながら、俺は朝早くから道路の端で突っ立っている。


 どうしてこうなった。なんで俺はあの時…。



 暫くすると、重い鉄製のドアが開く音がした。

 俺は音の方へ振り返る。


 あ、ポニーテール。珍しい。

 


「おはよう。相変わらず早いのね」

「誰かさんのせいでな」

「そんな睨まなくてもいいじゃない。頼んでもないのに迎えに来ていたのは誰かしら」

「それを言われると、もう、ほんと、すみませんとしか……でも、あれは無いだろ。俺の写真、全部消すって約束は?」



 瀧宮から送られてきたメールは、たった一行の文

と、添付された写真が一枚だけだった。

 まぁ、たったそれだけのメールで、俺がここに来る事になったんだから効果は絶大だが。



-突然申し訳ないのだけど、明日の朝、迎えに来てくれない?


 

 そして、以前見せられた写真とはまた違う俺の写真。それも、また泣いている、なっさけない寝顔。



「仕方ないじゃない。頼れる人があなたしか居なかったんだから」



 時と場合が違えば、このセリフも言われて嬉しいものだけど今回ばかりは手放しに喜べない。


 大方、俺が選ばれた理由には予想が着いているから。



「なるほどな。消去法で俺ってことか」

「よく分かったわね。手当り次第誘ってはみたのだけれど、皆朝練だったり、家が遠かったりで、都合が悪いみたい」

「にしても、もっと方法はあるだろ。写真で脅すだなんて、瀧宮らしくない」

「写真に関しては気にしないで。ちゃんと全部削除したわ」



 そう言った瀧宮は、俺の眼前にスマホを突き出した。

 確かに、俺の写真は無かった。


 というか、写真自体、一枚も無かった。



「確かに、俺の写真は無いな。というか…全部消えてるように見えるけど」

「全部消したの。もういらないから」


 瀧宮は何故か満足そうに笑っている。

 人のことに口を出すのもあれだけど、過去の写真まで消す必要は無かっただろ。

 まぁ瀧宮が良いなら何でもいいけど。



「じゃあ行きましょう。遅刻するわよ」



 瀧宮は俺の横を通り過ぎて、少し先を歩き始めた。俺もその背を駆け足で追いかける。



「本当に良かったのか? 写真。中学時代の写真とか色々あったんじゃないか」

「写真なんて、これから沢山撮るから良いの。それに、中学生の時の写真は卒業アルバムに詰まってる」

「…そういうものなのか」

「そういうものなの」



 それ以上の詮索は野暮だと思い、そういうものだと納得することにした。

 個々人の価値観にまでどうこう言うつもりは無い。


 

 ふと空を見上げて、思わずため息がこぼれた。



「朝から曇ってるって、なんか嫌になるよな。その日一日が陰鬱な気分になるというか」



 何となく発したその言葉で瀧宮は足を止めて、くるっとこちらへ振り返った。



 その時見せた表情は今までに見た事がないくらい曇りのない明るい笑顔で、忘れようとしていた色んな感情が少しだけ顔を出した。


 

「そうかしら? 私は好きよ。曇り。雲の隙間から偶に見える太陽を含めて、とても好き」

「それなら、晴れが好きでいいんじゃないか。常に太陽出てるし」

「偶に見えるぐらいがいいのよ」

「そういうものなのか」

「そういうものなの」


 

 そう言われて空を見上げたけど、やっぱり、薄暗いのはあんまり好きじゃなくて、早く晴れて欲しいと、そう思ってしまった。





*****




「まーたつまらなそうな顔してんね、神代」

「生まれついたもんに文句を言われてもどうしようもない」


 開口一番、失礼極まりない挨拶とも言えないソレを投げかけてきたのは広瀬だった。



「しゃきっとしてたらカッコイイのに。勿体無い」

「はいはいそりゃどうも。お世辞は聞き飽きたよ」

「本心で言ってんだけどねー。ひねくれてんね」


 

 広瀬は椅子にドシッと座ると、体ごとこちらに向けて、背もたれの上で手を組んだ。

 丁度いい。聞いておきたいことがある。



「なぁ、変な事聞いてるって自覚はあるんだけどさ。俺たちってどんな関係?」

「…前置きを聞いて身構えたけど、確かに滅茶苦茶気持ち悪いね。別れたけどまだ微妙に仲のいいカップルが距離感を探る時にする質問をどうして神代が私にするのよ」



 えらく具体的だな。実体験か?



「聞きたかったのはそういう事じゃなくて。…もう単刀直入に聞くと、俺たちって友達なのか? 最近、異性の友人があーだこーだってのがあって、一応確認しておきたくて」

「また難しい事聞いてくるねぇ。友達の定義がー。とか言ってる奴には友達が少ないっていう噂は本当だったんだね」

「…返す言葉もない。まぁ、俺をディスるのもいいけど実際の所はどうなんだ? 正直、俺と広瀬ってただ委員会とクラスが一緒なだけだろ? 友達って、もっと深い関係の事を指すような気がするんだが」



 広瀬はうーんと頭を抱えると、似合わない険しい顔をしながら何とか言葉を捻り出した。



「…あたし、そういうの全く気にした事無かったよ。友達なんて気づけば増えてる物だからね。…でも、そうだねぇ。確かに、神代とこうして話すのも久しぶりだし、遊んだ事も無いし、そういう細かい定義を決めるとするなら、友達じゃ無いのかもね」



 だけど…と、広瀬は続けた。



「まぁ、神代があたしの事どー思ってんのかは知らないけど、あたしは友達だと思ってるよ。話すと面

白いし」



 言われてみれば、中学の時は気づくと人が周りにいて、それが当たり前だった。友達の定義なんて馬鹿馬鹿しいもの、考える必要もないって事か。



「確かに、友達って頼む物じゃなくて、勝手になるものだった」

「そうそう。その通り。もっと楽に考えなよ。友達なんて、適当でいいんだよ。てきとーで」


 

 まぁ身近に、友達になろうと言ってくれた人は居たけど。あ、そういえば、早く伝えないと。



「まぁまた暇な時、話しかけてよ。あたしはいつでも歓迎だし。…あ! ちょっと聞いてよ! 新しくできた彼氏がさぁ…」



 また愚痴か…でも、まぁ、たまにはいいか。




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