第118話 結婚披露宴とウルファネアからの客

 皆で我が家のホールに集まりました。我が家のパーティー用のお部屋ですね。立食スタイルの食事会です。




 私はジェラルディンさんが招待した人達を探す。来ていない可能性もあるが…あれ?




「ジェス?」




「ロザリンド!?」




 建国祭で会った獣人の少年、ジェスがいた。え?ジェスってまさか…まさか…




「何故ロザリンドはここに?」




「え?あ、あのね、私はジェラルディン様の奥方のルーミア様の姪なのよ!」




 そしてその後ろ、銀狼族の青年に私は目がいった。ああ、彼だ。間違いない。ジェラルディンさんそっくり。ジェラルディンさんが招待した大切な身内は彼らなのだ。






 そして私は衝動の赴くままに、銀狼族の青年の急所に蹴りを叩き込んだ。通常ならば彼も避けたかもしれないが、初対面の少女がいきなり金的をかますとは思わない。彼も油断していたのだろう。




「…ぐぁっ!」




 たまらず倒れ込み、悶絶する。ジェスがドン引き…いや、周囲の私の暴挙に気がついた男性がのきなみドン引きしている。




「あら、すいません。人違いだったみたい」




「恐ろしいな、お前は!初対面で金的をかます女がどこにいる!?」




「残念なことにここに居ます!」




「反省してる気配が微塵もない!?」




 だって反省してないもん。フルボッコにしなかったの感謝して欲しいぐらいだもーん。ジェスは彼が何をやらかしたか知らないから理不尽だろうけどさ。


 戦乙女の指輪を扇子に変えて口元を隠し、彼だけに届くよう魔法を使う。




「お前がこの国にしたことを思えば、ずいぶんと可愛い報復でしょう?」




 彼の顔色が更に悪くなった。




「大丈夫か?ジャスパー」




 ジェスが彼を心配して声をかける。私は冷ややかに彼だけに届く声で更に話しかけた




「今日はジェラルディンの祝いの日だ。捕まえない。だが、私は私の大切なものを傷つける者は許さない。よく覚えておきなさい」




「…大丈夫です。お嬢様、申し訳ありません。私が非礼をいたしました」




 彼がやらかしたことを知りながら、ジェラルディンさんは彼を呼んだ。彼自身はやはり、ゲーム通り悪人ではない。その能力とは裏腹に、彼はまともな人間だ。だからこそ不幸である気もする。青ざめながらも、私の瞳を真っすぐに見た。


 ジェスはそうなのか?と驚いた様子だ。




「実は以前お会いしてまして、酷い事をされて根に持ってたんだよね。私、恩は倍にして返せ。恨みは10倍にして返せが基本だから」




「恨みの比率がハンパないな!」




 私をハクとコウがかばうように前に出た。彼は理解しただろう。2人は彼が呪いをかけた被害者達であると。その表情は驚愕と…どこか安堵が入り混じったように見えた。




「大丈夫だよ。ありがとう」




「彼らは?」




「私の加護精霊だよ」




「ふーん」




 空気を変えるように、私はつとめて明るい声を出す。ハクとコウはまだ警戒しているが、私の意思を汲み取り少し離れた位置で様子を見ている。




「さ、冷めないうちに料理食べよう」




「…豪華だな。ウルファネアでは今、食料難が深刻だ。こんなご馳走はなかなかお目にかかれない」




「そうなの?」




「特に野菜がな。ウルファネア国内のユグドラシルが活動を停止したからだ」




「へ?それ、言ってもいいの?」




「どうせ少しお前が調べれば解ることだ」




 うーん、ジェスはどこまで把握してるんだろう。




「ユグドラシルが活動停止した理由、知りたい?」




 スイはエルフ姿で私に寄り掛かる。明らかになんか企んでるな?とりあえず様子を見る私。




「彼は?」




「私の緑属性を持つ加護精霊さんです。ユグドラシルが活動停止した理由って?」




「どっかのウルファネア出身の馬鹿が、エルフの里のユグドラシルに呪いをかけたから、怒っちゃって休眠してるんだよ。ユグドラシルにしてみたら、当然だね」




「呪い…」




 ジェスが何かに気がついたらしい。彼…ジャスパーはダラダラと冷や汗を流している。私はため息をついた。




「人を呪わば穴二つ…か」




「どういう意味なんだ?」




「人を呪えばその呪いはいつか自分にかえってきて、結局穴…つまりは墓が二つ必要になるという意味です」






「上手い!」




 つい上手いこと言っちゃった私。引き攣るジェス、蒼白なジャスパー、そして拍手するスイ…あ、スイさん激おこなんですね。表情は一見笑ってるが、全く目が笑ってないや。あははははは。うちの嫌がらせのスペシャリストをキレさせたなんて…終わったな、ジャスパー。


 スイは私と似た部分がある。身内に手を出した奴に辛辣である。私もスイは怒らせたくない…いや、怒らせたらダメだ。




「どっかの馬鹿のせいで、大地のマナ(魔力)が枯渇して、ウルファネア滅亡するかもね」




 ユグドラシル…世界樹は世界中に存在する。魔力を吸い上げ、地上を満たす役割を持つ聖なる樹木。つまりそれが休眠→大地の魔力が循環せず枯渇→植物が育たない死の大地になる→飢え死に。


 哀れなジャスパーは顔色が真っ白だ。お前のせいで民が飢え死に、国が滅ぶ宣告されたようなもんだものね。さすがは嫌がらせのスペシャリスト。心をえぐりますね。




 戦争は止めたいが、ウルファネアを滅亡させたいわけではない。むしろ滅亡させるだけなら多分簡単だ。このまま何もしなければいい。そんなことはさすがにしないけどね。だって無関係の人間がどれほど飢え死にするかわかんない。どうにかする手段を持ちながら、見殺しに出来るほど私は神経太くない。




「とりあえず、その話は後でにしよう。今日はお祝いだからね。こんなとこで話すことでもないし」




「そう…だな」














 ちょうどルーミアさんのお色直しが終わったらしい。ついでにジェラルディンさんも着替えている。




 お色直しは互いの髪と瞳の色をあしらった衣装で、どちらかといえばクリスティア風の婚礼衣装だ。


 お互いに見とれる様はとても仲睦まじく、微笑ましい。




「おめでとう、ルーミア」




「おめでとう、ジェラルディンさん」




 ルーミアさんもジェラルディンさんも幸せそうだ。皆が彼らを祝福している。うん、企画してよかった。ほっこりした気分で彼らを眺める。




 私に気がついたらしく、ジェラルディンさん達がこちらに来た。




「本当に感謝する。ある…ぐは!?」




 途中でジェラルディンさんにボディーブローをかました。私があんたの主だとばらすんじゃない!厄介なことになるだろうが!




「ロザリンド、叔母の夫にその仕打ちは…兄上、何をやらかしたんですか?」




「うむ…心当たりがありすぎるな。主は賢いが俺は馬鹿だから、よく叱られる。よく来たな、俺は国を捨てた身だ。肉親といえど、縁を切られても仕方ない。だが、主に信頼できる者をと言われお前達しか浮かばなかった。よく来てくれた」




 2人は顔を見合わせ、ジェラルディンさんにニッコリと笑った。




「あの国は兄上には窮屈でした。仕方ありません。縁を切ったりしませんよ。ご結婚おめでとうございます、兄上」




「はい。父上は自由な狼です。父上が幸せなようで、何よりです。おめでとうございます、父上」




 2人に祝福されて雰囲気和やかだけど、殴った意味がなぁぁぁい!主って言うな!今日は超直感はお休みなんですか!?いや、むしろジェラルディンさんは危険察知に優れた分、こういう場面で能力が退化したのだろうか。いつも地雷を踏み抜いて私にシバかれてるよね!他2人の超直感もちは察するのにぃぃ!


 しかも心当たりありすぎるって自覚があるんだな馬鹿たれが!というか、あれ?




「あにうえ?」




「ああ、ジュティエスは俺の弟だ、そしてこっちは息子のジャスパー」




「弟ぉぉ!?」




 やっぱり偽名…いやそこはかなりどうでもいい!弟!?驚愕する私に構わず、ジェラルディンさんはルーミアさんにジャスパーを紹介した。




「ルーミア、以前話したな。息子のジャスパーだ」




「は、はい…はじめまして、奥方様」




「はじめまして…その、なんと申し上げていいか…」




 いいよどむルーミアさん。ジェラルディンさん、珍しくちゃんと説明してたんだね。ジャスパーは前妻との息子。ジェラルディンさん、実はバツ1で、ルーミアさんと出会う前に結婚して子供が居る。それがジャスパー。彼はゲーム内では私の従者で攻略対象。ゲーム内では唯一の肉親であるジェンドを守るために従者となり、ロザリアを殺すのだ。ブラコン従者と言われてました。なかなか不幸な身の上だとシナリオで知っているだけにどうにも憎めない。




「つがいではない者と結婚した獣人にはよくあることです。母もつがいを見つけて再婚しておりますし、お気になさらず。父上が幸せならばよいのです。父上、呼んでいただいてありがとうございます」




 彼は優しくルーミアさんに話しかける。悪い奴じゃないだけにやりにくいなぁ。




「ジェンド、こちらへ」




「うん。なあに、お父さん」




「お前の兄だ。ジャスパーと言う」




「おにいちゃん?母さんが言ってた母さんが違うお兄ちゃん?」




 首を傾げるジェンド。




「あ…ああ。ジャスパーだ。君がジェンドか」




 恐る恐るジャスパーはジェンドを撫でた。ジェンドは嬉しそうだ。尻尾がブンブン揺れている。




「お兄ちゃん、お兄ちゃんも一緒に暮らすの?」




「え?いや、その…」




「僕、お兄ちゃん紹介してくる!」




 ジェンド嬉しそうだなぁ…どうしよう。若干現実逃避しかけた私にジェラルディンさんがまた声をかけて来た。




「主、先程中断されたが改めて心から感謝する。ルーミアが結婚式をしたがっていたなど気がつかなかった。主のおかげで家族と共に過ごすことができ、こんなにルーミアを幸せにしてくれた。感謝してもしきれない」




「私もよ、ロザリンドちゃん。本当に…まさか結婚式ができるなんて…皆におめでとうと祝福して貰えるなんて…私、この人と一緒に居られるだけで幸せよ。だけどやっぱり夢だったから…どこかでずっと羨んでたの。それがまさか叶うなんて…」




 泣き始めたルーミアさん。




「あわわ、メイクが崩れちゃいますよ!喜んでくれたなら私も嬉しいです。お2人はよく働いてますから、ボーナスみたいなもんですよ!それに、私だけじゃない」




 我が家の皆が優しい視線を向けている。私だけでは無理だった。




「お2人は私達の家族ですから、皆も喜んで手伝ってくれました。感謝より、楽しんでください。お2人が幸せそうに笑ってくれれば、皆も報われます」




「「ありがとう」」




 私は抱きしめられて困惑する。だが、2人は嬉しそうだからまぁいいかと思った。




「俺からも、兄上に会う機会をくれて礼を言う」




「どういたしまして。来てくれて、祝福してくれてありがとう…呼び方はジェスのままでいいの?」




「ああ。かまわん」




 私達も笑いあった。








 皆料理を食べはじめました。今日は私とダンが腕によりをかけたスペシャルメニューです。




「うめええええ!」




 誰かやたらとうめぇうめぇ言ってます。ヤギか。




「今日の料理もおいしいね」




 ディルクがにこにこと私に笑いかける。ディルクは私とウルファネア勢との様子を伺っていたらしい。何かあれば私を護れるように。さすがは私の旦那様です。




「これは自信作ですよ。あーん」




「うん。おいしい」




 少し照れながらも食べるディルク。し、幸せ!




「ふふ、皆で様々なSからSSSランクの食材を狩りまくって来ましたからね」




「大変だったよね…王宮でも多分出せないよね、これ。総額いくらになるか恐ろしい…」




「…ま、まぁおいしいからいいんですよ!」




 料理を食べながら、代わる代わる出し物をしたり、スピーチをしたり。特に父と母、子供達のスピーチでルーミアさん号泣。メイクが崩れても仕方ないよね。嬉し泣きだもん。




 料理が半分無くなったぐらいで、2人は再度お色直し。今度はウルファネアの婚礼衣装です。ミス・バタフライにお願いしました、特注品です。


 ルーミアさんは赤い細やかな刺繍の入ったどこか中国風の長い袖と裾のドレスに同色の帽子。メイクも独特で、目尻に朱を入れるのが一般的らしいです。


 ジェラルディンさんは紺をベースにしたアオザイ風の衣装。鳳凰みたいな鳥の刺繍はルーミアさんと揃いで、対になるデザインだ。




 そして、私の超大作、ウェディングケーキが運ばれてきた。




「わぁ…」




 子供達がキラキラしてますね。このケーキ、大変だったんですよ…私も3段ケーキなんぞ作ったことなかったし。




 夫婦の共同作業として、2人がケーキにナイフを入れる。


 そして仲良く互いに食べさせる。ジェラルディンさんすごくデレデレしてる。ルーミアさんも幸せそう。「あれもリンの風習なんだっけ?」




「うん。大きなケーキは切り分けて幸せをおすそ分けするの。最初に夫婦でケーキを切るのは夫婦の共同作業って意味。互いに食べさせあうのは、旦那様は食うに困らせない。奥さんはおいしいご飯を作ります的な意味だったかな」




「いい風習だね」




「でしょ?」




 おいしいケーキは皆に切り分けられ、私は2人に呼ばれました。




「はい、あーん」




「主、俺からも」




「何故私に食べさせますか」




「だって、これ幸せを分けるんでしょう?ロザリンドちゃんにたくさん幸せになって欲しいわ。貰った分、少しでも返したいの」




「俺も同じ考えだ。主は幸せになって欲しい」




 2人の好意を無下にはできず、一口ずついただきました。




「幸せ、分けて貰ってきた」




 ディルクの側に戻り、へらりと笑う。




「よかったね。本当に素敵な結婚式だった」




「えへへ、ディルクも協力してくれてありがとうね」




「俺達の結婚式も、こんなあったかい結婚式がいいな」




「…そうだね」




 私とディルクは自然と寄り添い、微笑みあった。私もこんな結婚式がいいな。




 こうして、ジェラルディンさんとルーミアさんの結婚式は無事終了したのでした。

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悪役令嬢になんかなりません。私は『普通』の公爵令嬢です! 明。 @mei0akira

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