第112話 約束のご褒美

 体育祭での約束通り、ディルクとデートでまたしてもミス・バタフライのお店に来ました。予約もご褒美だからとディルクがしてくれました。




 店の扉を開けたら、厚い胸板に歓迎されました。意外とミス・バタフライは筋肉質でした。固かったです。鼻を打ちました。痛い。そして苦しい!




「待ってたわよ、お嬢様!ご褒美にウチを指名してくれるなんて!んもぅ、サービスしちゃうんだから!」




「離れてください!」




 ディルクに救出されました。窒息するかと思ったよ。




「げほ…お久しぶりです、ミス・バタフライ。また来ちゃいました」




「うふふ、さあさあいらして!」




「今度友達…いえ、親友!を連れて来てもいいですか?」




「あらん、男の子?」




「いえ、超可愛い女の子です」




「あら、いいわよ!」




「ミルフィリア嬢のこと?」




「はい。可愛い格好でお茶…いいですよね!」




「仲良くなれてよかったね」




「はい!」




 今回は私のご褒美ということで、私がディルクと自分の服を選びます。




「ミス・バタフライ…可愛くかつあざとくきわどい服ありませんか」




「…攻めるわねー。この辺りはどう?」




「可愛いですね。コスプレの基本ですな。しかも…さすがです、ミス・バタフライ!完璧なチョイスです!私の望む条件にピッタリ!私はこれで愛しの彼を悩殺してみせます!」




「いやん、頑張ってねー」




 私達は熱く握手を交わしました。




「…何選んだのかな…不安しかないんだけど」




「…あんたも大変だな」




 そんな会話をディルクとフーク君がしてましたが、あえてスルーして私は素早くディルクの服を選び、着替えを促しました。




「…礼服?わかった。着るよ」




「じゃ、髪もいじるか。こっち来い」




「お嬢様はこっちよん」




 さぁて、お着替えです。




















 メイクも衣装も髪型もばっちり!いざ、出陣!ディルクはすでに準備が出来ていて、やはり先に部屋にいました。




 いやあああああ!?前髪、上げてる!カッコイイ!と思いつつ、表情筋を意思の力で動かさないよう努力する。私は静かに座る彼の足元にひざまずき、首を傾げた。




「…ご主人さま、お呼びですか?」




 チリン、と首の鈴が鳴る。私が着たのは首輪つきネコミミと尻尾つきミニスカメイド服である。そして胸元がやや開くので、屈むとチラッと見える。しかもミニスカにニーハイ、そしてガーターというあざとさ満載装備!!


 にゃあとか言うべき?ディルクの様子を伺うと、ソファで丸くなってました。イケメン台なしですよ、ディルクさん。どうした?




「ディルク?」




「ロザリンドは俺をどうしたいの!?」




「悩殺したい」




「………のうさつ?」




「悩殺して、ニヤニヤしたい」




「恋人を弄ばない!」




「そんな…ディルクが喜ぶと思ったのに」




 しゅんとすると、ディルクが慌てた。




「いや、その…可愛いよ。なんというか…すごく…」




「あざと可愛いを目指しました!」




「あまりにもしっくりきた!」




 ない胸を張る私に同意するディルク。狙い通りです!部屋の隅で気配を消していたらしいミス・バタフライが爆笑しています。




「あはははははは!ちょ、面白過ぎるわ、アンタ達!メイド服は追加説明があるから待ってたら…ふ、ふはは…ひー、笑った…」




「お褒めにあずかり光栄です」




「え?微妙に馬鹿にされてない?」




 いや、面白いは褒め言葉ですよ。関西人にはね。リンはバリバリの関東出身ですが、リン的につまらないよりはいいかなと思ってます。




「あー、はぁ…説明するわ。メイド服は厨房で調理もできるの。材料費は追加料金よ。更に追加料金はかかるけど、調理指導も可能よ」




「おお…ミートパイ作ろうかな!お茶のブレンドは可能ですか?」




「…お嬢様、貴族よね?」




「一応公爵令嬢です」




「コウシャクレイジョウ?」




「はい。何故片言なんですか?」




「えええええええ!?アタシ不敬罪!?縛り首!?」




「しません、しません。公式なら話は別ですが、別に公爵令嬢として来てませんから。私のダーリンも候爵子息ですよ?」




「そ、そうなの…」




「堅苦しいの苦手なんで、気にしないで欲しいです。面白いお嬢様として扱ってください」




「ぷっ、わかったわ!お嬢様、これからもよろしくね。さ、厨房に案内するわ。ダーリンさんは待っててね」














「おお、珍しい素材もありますね」




「そこも売りなのよ!料理下手でもモトがわかんなきゃどっちかわかんないから、ど下手くそでも対応可能よ」




「ふおお…素晴らしいですね。計算された商売です」




 さて、私はミートパイ作りに取りかかります。




「え?肉?」




「ミートパイですから」




 ついでにシュークリーム作ろう。私が食べたい。パイ生地とシュー生地を作り、クリーム作りに取りかかる。




「それは甘いの?」




「どうぞ」




 小皿にカスタードクリームを落とした。




「美味しい!お嬢様、このレシピを売ってくださらない!?」




「は?」




「売れる!これは売れるわ!他に応用もきくし!」




「カスタードパイも美味しいですよ。クリームパンも捨て難い」




「教えて!」




 後でレシピをあげることになりました。時短のため、パイとシューは魔法でこんがり焼き上げます。賢者には呆れられましたが、超便利です。ジャムとか煮込みがあっという間に出来ますし、仕上がりもイメージ通りになります。




「ミートパイも美味しそうね…」




「一切れあげます」




「うまい!なんだこれ、超うめぇ!」




「えええ…」




 普通のミートパイなんですがね。焼きたては美味しいかな。というか、ミス・バタフライや。男らしくなってますよ。私の料理にはオネエの皮を剥ぐ効果が…あるわけない。アホな事を考えてしまった。




「私、ダーリンにあったかいできたてを食べさせたいので行きますね」




 ブレンドした紅茶とシュークリームをトレイに載せる。




「……」




「え」




 厨房の隅にフーク君が居ました。めっちゃ見ています。




「………………」




「あの…」




 めっっっちゃ見ています。私は負けました。




「よければどうぞ」


「サンキュー。うめぇ!なんだこれ!」




「ミートパイです。甘いのはシュークリーム」




 フーク君は無言でひたすら食べているので、ディルクの所に行くことにしました。


















「ご主人さま、お茶とお菓子をお持ちしました」




 ディルクの足元にひざまずき、ミートパイを切り分けた




「美味しそうだね」




「ふふ、愛情こめて作らせていただきましたから。ご主人さま、あーん」




 ディルクの膝に座り、食べさせた。




「…美味しい」




「ふふ、たくさん食べてくださいね。食べたら…私を可愛がって…お願い、ご主人さまぁ」




 耳元に吐息と共に囁いた。思ったより声が甘い。




「…鼻血が出そうなんですが」




「えへ、多少は色気、出せました?」




「多少どころか、ありすぎて頭がクラクラするよ…もう」




 ディルクは口元をおさえて恥ずかしそうにしている。




「せっかくのネコミミですから、にゃあとか言います?可愛がってくれますか?」




「……………」




「ディルク?」




 固まって考えこむ様子のディルクに声をかけた。




「今理性と本能が全力で格闘してるから待って」




「…にゃあ…ご主人さまぁ、可愛がってほしいにゃあ…かまって欲しいにゃあん」




 ディルクに甘えてスリスリする。幸せーと思ってたら、ディルクにぎゅうっと抱きしめられました。




「みゃあ!?」




 今さりげなく、太もも撫でた!いかん!加減を間違った!?




「可愛い…どうしようもないぐらい可愛い…頭がおかしくなるぐらい可愛い過ぎる!もうなんなの!?」




 ディルクの理性は負けたようです。苦笑しつつ説明した。




「いや、あのね。これはこういう遊びなんだよ。服にあった役割を演じて遊ぶの。私はメイドでディルクの子猫だから、大好きなご主人さまに甘えるんだよ。普段はこんなに甘えられない。今だけ…可愛がって…大好きなご主人さまぁ…」




「俺の子猫?」




「うん」




「今だけ…俺だけの…」




「うん」




 ディルクは目を閉じ、開くと優しく微笑んだ。




「…私の可愛い子猫さん」




「みゅう…」




 首をそっと撫でられる。くすぐったくて身じろぎした。




「はい、お食べ。可愛い子猫におやつをあげなくてはね」




 ディルク、ノリノリですね。ディルクの手からシュークリームを食べるけど、少し口についてしまう。




「おや、少しついてしまったね」




「にゃあ!?」




 な、舐められた!唇…とほっぺた舐められましたよ!




「ふふ…可愛いな。食べてしまいたいぐらいだ」




 漂う色気。視線だけで動けなくなる。心臓がもはや大変なことに!




「ディ…んう」




「今は…君は私の子猫だろう。可愛くご主人さまの機嫌をとっておくれ」




 キスで言葉を遮られ、この遊びを続けようと言外に言われ、私は続行を余儀なくされた。




「はい、ご主人さま…たくさんたくさん可愛がってね」




 恥ずかしいけど、たくさん甘えて可愛がってもらえて、幸せでした。しかし、コスプレの魔法は着替えたら解けるモノです。
















「……」




「……」




「…あの、2人共どうしたの?」




 私はディルクと目を合わせられず、ディルクも私と目を合わせられない。今、私達の心はひとつ。












 やり過ぎた!














 いやもう、冷静になったら押し寄せる恥ずかしさ!誰だよ、にゃあにゃあ甘えてたの!私だよ!(逆ギレ)


 恥ずか死ぬ!恥ずか死ぬ!私は甘えん坊だったんですね?いやいやシラフじゃ無理だから!コスプレ恐るべし!!




「すいません、コスプレで調子に乗りまして…乗りすぎて正気にかえった現在、羞恥心に苛まれダーリンと目が合ったら恥ずかしさで死ねる感じです」




「若さというか…」




「若気のいたりです。やらかしました」




「……でも、すごく可愛かったから後悔はない。むしろ俺は大満足でした」




 いや、私も大満足だけども…あれは…でも、ディルクも嬉しいならいいかな…いいよね。私はディルクの袖を引いた。




「…また来ようね」




「うん。今度は一緒に服を選ぼうね」




「うん」




 ようやく笑いあえました。私達を微笑ましそうに見ていたミス・バタフライは私達の指輪に気がついた。




「あら?2人共薬指に指輪をしているのね。それも揃いの意匠…」




 婚約してから同じ職人さんにディルクの指輪も作ってもらいました。ディルクのは私よりシンプルですが、青い石とリッカの花がモチーフなのは同じです。




「ああ、それは異国の風習です」




 贈り人の風習だと婚約指輪について説明しました。




「イケる!コレは流行るわ!むしろ、私が流行らせる!」




 そして数年後、マジで婚約指輪は普通にクリスティアの常識レベルまで流行るのですが、それはまた別のお話です。




「あ、これミートパイとシュークリームのレシピです。パイなんかは火加減が難しいですよね」




「ま、その辺りはなんとかするわ。報酬なんだけど…」




「あ、次来たときタダにしてくれたらそれで「ダメよ!」




 ミス・バタフライに超叱られました。信用は嬉しいが、品物には正当な対価を支払うべきであり、このレシピにはそれだけの価値がある。これからもやり取りがあるかもしれない商売相手を大切にしない商人は長続きしないと説得され、かなりの額をいただきました。




「え、こんなに?」




「正当な対価よ!またよろしくね」




 こうして、私はディルクからご褒美を貰い、大満足で帰宅したのでした。


 ただ、思い出すと恥ずかしさでのたうちまわるので、しばらく家族と精霊さんから生暖かい目で見られました。

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