第95話 頭と心が一致しない

 昔、リンが誰かに頭で理解しても心が受け付けない事があると聞いた。リンはそんなことあるのかな、現実は現実だと思った。


 今が、そうなんだと思う。










 最初から知っていて近づいた。


―でも、違うかもしれない―




 証拠が沢山でてきた。


―ううん、もう少し調べよう…もしかしたら違う事実が出るかもしれない―




 間違いないんだ。あいつは私の敵なんだ。


―違うよ、あいつは私の友達だよ―




 ディルクにあいつを信じすぎないでと告げた。


―それなのに、私があいつを疑えない―










 信じたい。信じさせて欲しい。でも、彼は敵だという情報しか出てこない。感情がどうしても処理しきれず、私はディルクにすがって泣くほどだった。




 あれから私はディルクのおかげで落ち着いたけど、変わらず心は受け入れない。




 私が庶務課にまわされたのは、あらかじめルドルフさんと話し合った結果だった。庶務課の仕事があんなに目茶苦茶になってたのは予想外だったけど、今は余裕もある。


 脳みそ筋肉狩りパレードwithサボテンズのおかげで庶務課に居ます・働いてますとアピールできた。結果、書類整理するからと言えばどんな資料でもフリーパスでチェックできる。


 私は資料を机に置いた。それは騎士達の出身地が書かれたモノ。




 資料室の扉が開かれた。薄暗い部屋が明るくなる。


 あいつが私に何をしてるのと聞いた。私は、書類整理と答えた。あいつは資料を覗き込み…泣いているような笑っているような…複雑な表情をした。




 私は資料を片付け、資料室を出ようとして…あいつは無駄のない動きで私に手刀を叩きこんだ。本来なら気絶するが、耳飾り効果か痛いだけだった。耳飾りのことは教えなくて正解だったな。気を失ったフリをすると…あいつ…カーティス=ブランは私を連れ去った。


















 やがて、私はベッドらしきものに寝かされた。




「起きてるんでしょ?ロザリンド」




 気づかれていたようだ。私は目を開けた。暗い…どこか空き家かな?他に人の気配は無い。




「いつ気がついたの?」




「運ぶ途中かな。おかしいな、俺仕事で失敗したこと無いんだけど」




 カーティスは私の口を抑え、ナイフを振り上げためらいなく振り下ろす。しかしナイフは私に届かない。




「…なんで?」




 カーティスの動揺が伝わる。彼はずっと、泣き笑いのようないびつな表情をしていた。




「…なんで抵抗しないの!?なんで俺はロザリンドを殺せないの!?」




 パニックを起こしながら、カーティスは叫んだ。2度、3度とナイフを振り下ろすが、私にかすりもしない。




「なんで…」




 ナイフはついに彼の手から落ちた。私は彼の頬に手を伸ばし、しっかりと固定した。
















 そして、渾身の頭突きをおみまいした。


「殺せないのも抵抗しないのも、私があんたの友達だからだ!!ばぁぁぁか!!もうあんたは暗殺者じゃない!カーティスだ!ばぁぁぁか!!」




「とも…だち?」




 カーティスは戸惑った様子を見せた。




「私だってディルクだってあんたの友達なんだよ!」




「ディルク…」




「私を殺していつも通りディルクと居られる?」




「…でき…ない」




「だったら!暗殺者なんかやめてしまえ!!」




「やめたら…俺はどうしたら」




「カーティスになって、騎士のまま私達といたらいい!私達を選べ!カーティス!!」




「…カーティスに、なる?」




「暗殺ギルドなんて捨てて、私達と居てよ!お願い…だから…私にあんたを殺させないで!!」




 血を吐くように叫ぶ。カーティスが暗殺者で、ウルファネアの諜報員で、敵だと理解してても、感情がカーティスは友人だと叫ぶ。カーティスが私を殺せないように、私が自分のためにカーティスを殺せない。彼にナイフを向けられた今でさえ出来ないのだ。


 私はすっかり幸せそうにおやつをねだって食べるカーティスにほだされてしまった。




「うん」




 カーティスは笑った。先程までの泣き笑いではなく、いつもの笑顔だ。いや、うんって…あれ?










「…え?」




 マジで?こんなにあっさり??悩んだ私はなんだったの?




「ロザリンドはいつから気がついてたの?」




「何を?」




「俺が暗殺者でウルファネアの諜報員だって」




「ああ、会う前から」




「…え?」




 実際、私は出会う前からカーティス=ブランはウルファネアの諜報員で暗殺者だと考えていた。


 皆様はもう覚えていないかもしれないが、ロザリア破滅エンドその3返り討ちエンドというものがある。これはヒロインを殺そうとしたロザリアが颯爽と現れた騎士にやられるのだが…これ、カーティス・アデイル・ヒューの3人が大体同じように助けに来る。ゲームしてた時は運営の手抜きかよとリンは思っていたが、よく考えたらおかしい。カーティスの超直感でさえ、近くなければ解らないのにそんな都合よく助けられるか。答えは否である。


 おまけにエンディングでヒロインと騎士達はウルファネアに逃げて幸せに暮らす。ヒロインがウルファネアから来たからと思っていたが、城ではなく森の中の小屋暮らし。




 おかしくね?




 普通町で暮らすよね。森とかモンスターうようよ居るよ?モンスターより怖い何から隠れていたのか。その答えはロザリアが持っていた。




 カーティス・アデイル・ヒューはウルファネアの諜報で暗殺者である。だから彼らと親しいヒロインも諜報だと思って殺そうとしたらしい。ロザリアさん、発想が怖いです。つまりアデイル、ヒューもカーティスのお仲間なわけです。




「知ってたけど超直感は便利だし、カーティスがどの程度関わってるか調べるつもりで近づいた」




「…ロザリンドならもっと早く俺を捕まえられたよね?」




「うん。計算外だよ。仲良くなりすぎて切れなくなるとかさ」




 ぽたぽたと涙が伝う。カーティスはびっくりして不器用に拭う。痛いよ、馬鹿。




「俺も計算外だよ。殺せないの、はじめて」




 カーティスはへらりと笑った。確かに殺せない暗殺者とかわけわからん。




「アデイルさんとヒューさんはどうする気?」




「んー、多分そろそろ来るよ。ロザリンドが居なくなって、騎士も大騒ぎだろうから」




「ふーん…」


「もう来てるわよ」




「悪いな、ロザリンドちゃん」




 武装したアデイルさんとヒューさんが一斉に襲いかかる。




「ディルク!カーティスは手を出すな!」




 天井に潜んでたらしいディルクが降ってきた。呼んどいて内心超ビビった私。気配無かったよ!?ディルクは騎士ですよね?忍者じゃないよね?


 カーティスは私の指示が不満な様子。




「なんで!?」




「手加減下手くそだから!」




 カーティスは隅っこでいじけました。否定しない辺り自分を理解しています。アホやらかしてる私達と違い、仕事が出来るディルクはあっという間にヒューさんを捕獲した。私直伝縄抜けできない縛りかたで縛る。




「チッ、あーもう殺すなりなんなり好きにしろ!!」




 形勢不利を悟り、アデイルさんが床に寝転んだ。




「じゃ、遠慮なく」




 私はナイフを振り上げ、アデイルさんのカツラを破壊した。




「なんちゃって」




「おちょくらないで、さっさとトドメを刺しなさいよ!」




 なんだかんだ怖かったらしく、アデイルさんは涙目だ。




「え?なんで?」






「…は?」






 ポカーンとする暗殺者組。ディルクは笑いをこらえている。




「いや、殺すなんて勿体ない。死ぬまでこき使います」




「…は?」




「というわけでカーティス、説得して」




「なんで俺!?ロザリンドなら丸め込めるだろ!?」




「え?人体がどこまで曲がるか挑戦?斬新な拷問ですね」




「どんな耳してんのよ!?」




 アデイルさんは涙目だ。あはは、必死ですな。ディルクは苦笑した。




「大丈夫、治してあげるから」




「大丈夫の意味がわかんねぇよ!!治せばいいってモンじゃねぇ!」




 いやぁ、アデイルさんのツッコミはさすがです。いい感じにオネエの皮もハゲましたね。




「さて、アデイルさんや取引です。貴方とヒューさん、2人の命を助けるかわりに情報と労働力ください」




「他の奴を売れと?」




「カーティスが私側にある以上、貴方が情報を売ろうが売るまいが状況はさして変わらないでしょう。手間の問題だけです」




「そうだな…オレはいいからヒューと…カーティスだけなんとか「無茶いうな。アデイルさん…アデイルでいいや。を殺せば、ヒューは確実に返り討ちにあおうと私を殺しに来ますよ」




「…当然だろ」




 縛られたまま返答するヒュー。この双子の結束は強い。




「頑張って貴方達の状況をどうにかしますから、私に従っていただけませんか?カーティスだって、出来るなら2人と居たいでしょ」




「うん。アデイル、ヒュー、ダメかな?俺、2人を兄ちゃんみたく思ってる。できたら死なないで欲しい」




 2人はアイコンタクトをして、頷いた。




「ロザリンド…何をすれば信じる?」




「…俺達もアンタに従う。それでいいか?」




 双子に私は上機嫌でニッコリと笑った。




「とりあえず、内通者の情報ください。ある程度把握して絞り込みしてますが、何の情報を流したかなんかもくださいね。今夜は寝かせませんよ!」




「うわ…」




「生き生きしてんな…」




 うなだれる双子。ディルクはヒューの縄を解いてやった。




「…いいのか?」




「ロザリンドが信じたからね。俺もカーティスやアデイルやヒューを友達だと思ってるから…君達が死ななくて嬉しい」




「…俺は、俺達はお前らを裏切ってた敵だぞ?」




「…知ってたよ。ロザリンドから聞いていた。それでも、過ごした時間は嘘じゃないから。カーティスやアデイルやヒューが俺に嫌がらせする奴から庇ってくれたり、してくれたことは消えない」




「いつか騙されて酷いめにあうぞ」




「でも俺は、疑うより信じたいかな。騙されても、酷いめにあっても、自分で決めたなら後悔しないよ」




 穏やかに微笑むディルク。惚れ直しました!さすがは私の天使ですよ!


 さりげなく手を握る。あれ…ヌルッと…血!




「ディルク!血!」




「あ…飛び出すの我慢してたから。ロザリンド、あんまり無茶しないで。今回はお仕置きします」




「あ、あう…今回はカーティスが悪いと思うの」




 手を治して血をぬぐいつつ、悪あがきをしてみる。




「ロザリンド、わざとさらわれたでしょう?発信魔具使う余裕があったんだから」




「ああ、俺がさらった時に意識あったからな。そんなことしてたのか」




「いきなり魔具が作動して、俺がどれだけ心配したか…無茶は控えてよ…」




 私をギュッと抱きしめるディルク。重ね重ねすいません。そしてさりげなくモフる私。耳フカフカです。




「…ごめんなさい」




「本当に反省してるの!?耳をモフらない!」




「ごめんなさいぃ!反省はしてるけど魅惑のモフモフに我慢できませんでした!」




「もう!」




 怒るディルクにひたすら謝る私。カーティス、アデイル、ヒューも笑っていた。




 そしてアデイルとヒューに私がいなくなり、騎士団で大捜索されていると聞いて…




「早く言えぇぇ!!」




 とりあえずアデイルとヒューをしばき、全員全力ダッシュで騎士団に戻ることになりました。


 私は家の都合で一時帰宅したことにして、普通に叱られました。本当の事を言えないとはいえ、ガチで心配してた皆さんに超叱られました。

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