第3話
ピピピッ、とタイマーが鳴る。秋山さんはカップ麺の蓋をべらっとめくって、箸と一緒に僕に差し出した。
「めしあがれ」
テレビコマーシャルの画面越しでしか見たことがない、赤いきつねと緑のたぬきだった。温かい湯気は意外と濃い出汁のにおいがして初めて自分の空腹に気がついた。いただきます、と呟いて、割り箸でうどんをすする。つるっとして柔らかい。咀嚼を何度か繰り返すと、急に色々な感情が湧いてきて、涙がぼろぼろ出てきた。
「おおう、どうしたどうした」
笑いながら背中をさすってくれる秋山さん。
「何でもない……っ。こういう、とき、って普通、手料理とか作ってくれるものじゃ、ないんですか」
ぐずぐずの涙声で生意気を言うと、
「俺の手料理? ばぁか、お前、死にたいのかよ。ま、憎まれ口叩ける元気があるなら平気だな?」
にこにこと、しかし真面目な口調で返された。秋山さん、料理できないのか。少し意外だ、手先は器用なのに。
「先輩こそ、ばかじゃないですか? 僕、生意気だし、愛想、悪いし」
「はあ? みなちゃんは可愛いだろ。つうか、後輩って可愛いもんだぞ?確かにみなちゃんはクソ生意気だし塩だけど」
「っはは、めっちゃ悪口」
その瞬間、秋山さんがぽかんとした顔でこっちを見た。まるで、ツチノコでも発見したような、そんな顔で。
「なんですか」
「いや、湊お前、笑ったりとかできたのか」
「どういう意味です」
うーん? と曖昧に笑って頭を撫でてくる秋山さん。
確かに、高校入ってから素直に笑ったのなんか、今日が初めてかもしれなかった。……そう思うと、僕はやはり偏屈なのかもしれない。ショックというか、相手が秋山さん故になんか悔しいというか……。
「……頭撫でないでください! あー! もう!!」
「なんでそんな怒んだよ! いいだろ! 今日くらい!」
***
それから秋山さんとの距離は不本意ながらなんとなく近づいて、秋山さんが卒業する頃には『秋山さん』呼びが『
「みなちゃあああん、淋しいよお! みなちゃんも淋しいだろ? 淋しいって言ってくれよお!」
と、変なテンションで泣きつかれたけど、断固笑顔で見送ってやった。連絡先はとうとう聞かずに別れてしまった。
ある日突然終わりを迎えた騒々しい寮生活に、なんともいえない淋しい気持ちになった。2人部屋だった部屋は新入生を待つばかりで、静かで寒かった。癪だけど、その晩ベッドの中で大泣きした。
あれから、5年も経ったんだ。
「那由多先輩、今どこでなにしてんだろ」
ブラジルでタコス作ってるって言われても想像できるくらい、自由な人だった。ああでも、料理はできないんだったか。あの日と同じ味の赤いきつねと緑のたぬきを食べ終えて、僕は高校の友達に連絡をとった。その後2週間かけて友達を3人くらい介し、やっと那由多さんの連絡先を手に入れた。
ラインでやりとりして、電話しようという話になる。
電子音に、少し緊張する。
「もしもし? みなちゃん?」
スマホから聞こえてきたのは、少し落ち着きを含んだものの、あの日と何も変わらない優しい声だった。
思い出 時瀬青松 @Komane04
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