第87話 利用されるのではなく、私が利用する。

 そうして私たちは王宮に向かうことになった。


 サグント邸から王宮までは然程遠くはない。

 普段ならば軽いおしゃべりを楽しむものだが、この時ばかりは私もレオンも黙りくさって、話そうともしなかった。


 私はひたすら車窓の景色を眺め、レオンはとなりに座りただ静かに私の手を握っているばかりだ。


 レオンの手の暖かさ、肩越しに感じる僅かな香りに心が苦しい。



 御者の掛け声と共に馬車はスピードを落とし始めた。


 ちらりと外を見る。

 どうやら宮殿の正門を過ぎたようだ。

 正門までもう少し……。



(こんなに苦しいなんて。私、どうかしてる)



 ショックを受けるだなんて。お互いに納得した上での婚約であったはずだ。

 その延長で肉体関係を持っただけだ。


 それなのに。

 なぜ利用されたと思うのか。



(レオンのことを愛しているから)



 そうか。

 自分が割り切れないだけなのだ。


 冷静にならねばならない。

 レオンに利用されたと思うから苦しいのだ。


 (


 相手は富豪であり大貴族サグント家の跡取り息子。

 フェリシアでは、いやエリアナでさえもなかなか縁を取り継ぐことができない人物だ。


 マンティーノスを取り戻すために、私がレオンを駒にすればいい。



(最初にそう決めたじゃない)



 どうして今頃になり私は揺れてしまうのだ。



(何を悩む必要があるの?)



 私はレオンの野望を知っている。

 しかもその野望、王家に知られたら叛逆と捉えられ一族郎党皆殺しにされるほどの大罪だ。


 さらに肉体関係も持った。

 婚約者の証人も何人もいる。言い逃れもできない。



(レオンはどう足掻いても私から逃げられないじゃない)



 レオンは一生私と共にいる。

 

 夫婦として過ごすしか道はない。

 例え政略であろうが、感情があろうが夫婦であることは同じだ。



(私の気持ちを整理するのは全てが終わってからにしなきゃ……)



「レオン」



 私はレオンの手を握り返す。



「私、マンティーノスは必ず継承する。王家に返上なんてしたくないの。そのための婚約だってことを忘れていたみたい。心配かけてごめんね」


「フィリィ……」


「何もおかしなことではないのにね。レオンに指摘されて取り乱しちゃった」



 レオンは私を正面に見据え、



「確かに政略的な婚姻だってことは否定しない。だけど、今はきみのことを大切に思っている。違うな。愛しく思ってるよ。きみ以外の女性は要らない」


「……ありがとう」



 愛おしいと言われてときめかないはずはない。それがリップサービスだとしても。

 本当にレオンは女性の扱いが上手い。女性と恋愛を重ねてきたレオンとの経験値の差が恨めしくなる。


 私は咳払いをし、背筋を伸ばした。



「着く前に、さっきの午餐会の対策を話し合いましょう? 途中で私が逃げ出しちゃったから、終わってなかったよね」



 大切なのはレオンとの恋愛の行方ではない。

 一度目の人生で失ったものを取り戻すこと。マンティーノスを再び私のものにすることだ。

 これから数時間で、将来が決まってしまうのだ。

 気を引き締めなければ、王家に手玉に取られてしまうだろう。



「ウェステ伯爵位の継承権が私にある証明として陛下に印章と指輪を示すわ。なかなか認めてくださらないだろうけど、最終的には『ヨレンテの盟約』がある限り、認めざるを得ないと思う」



 王太后殿下もおっしゃっていた。

 盟約がある以上、王家もまた縛られる、と。


 レオンはそっと私の手を自らの頬に当てる。



「うん。フェリシアがマンティーノスの後継者であることを明らかにできるとは思う。だけど、王族もこのチャンスを逃したくないはずだ。無条件では認めてくださらないよ」


「私の入内を条件として出してくるでしょうけど……もう王子妃になることは不可能よ」


「そうだね。その代価として何を考えているの? きみは唯一のオヴィリオの身内であることには間違いない。あいつの罪の賠償も請求されるかもしれないよ」



 フェリシアはルーゴの出身だとはいえ、エリアナの叔母。オヴィリオの親戚だ。



(ほんとお父様オヴィリオは邪魔ばかりしてくれるんだから……)



「一応考えてはいるの。あのね……」

「ちょっとまってフィリィ」



 ガタリ。

 音がして馬車が止まる。


 遠慮がちに御者が小窓を開けると、何かをレオンに告げた。



「大歓迎してくれてるみたいだよ」



 レオンが愉快そうに微笑んだ。



 窓の外に目をやる。

 王妃殿下の執事とお仕着せを着た下僕とメイド達が整列をし、私たちの到着を待ち構えているではないか。


 いつもとは違うこの待遇。

 これはグズグズしている時間はなさそうだ。



「……王妃様をお待たせしてはいけないわ。さぁレオン、行きましょう」



 私は唇を結んだ。

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