第84話 罪と罰。
(報告が二つ?)
一つ目は間違いなくお父様の件だ。
むしろこっちがメインだ。それ以外に何があるというんだろう。
「私が聞きたいのは当然オヴィリオさんの裁判のこと。……あの、レオン。少し離れてくれない??」
レオンはだらしなく私に寄りかかっている。というか、体温も呼吸も直に感じるほど密着している。
「いやだよ。今日は朝からずっと働いていたしさ、疲れてるんだ。1ミリも動きたくない」
(甘えてるの? これ)
さりげなく首筋にレオンの唇が当たってるのは偶然だろうか?
肩に回された腕がいつの間にか腰まで下がってきているのは、どういうこと?
もう一方の手は太ももの上にない???
しかもちょっとレオン移動してない???
なんか正面に顔があるんですけど????
(待って。こんな時どうすればいいの??)
経験値!! 経験則!!!ーーーーない、そんなもの。
私は顔を背ける。
これが正解かはわからない。
けれど、このままだとレオンの瞳に灯る欲に逆らえなくなってしまいそうだ。
「あ、あのレオン、私たちの関係ってビジネスじゃなかったっけ?」
「んー、そうだったっけ。でもさ、僕もフィリィも婚約してるしいいんじゃないの? いずれ夫婦になるんだから」
レオンの言い分も分からないでもない。
カディスでは若い女性が男性と二人っきりでいることは基本的には好まれない。だが、唯一の例外もある。
それは、
ーーーー二人が婚約しているかどうか、だ。
婚約者同士であれば二人だけで過ごすことも、こうして婚約者の家に住むことも認められるのだ。なんともいい加減な風習だが、この大らかさは未だに広く受け入れられている。
私がルーゴの家を出てサグント侯爵家に居候していても、どこからも抗議されないのも、この概念のお陰ではあるのだが……。
レオンが両手で私の顔を挟み、そっと私の唇をなぞる。
「逃げないでほしいな。暗いからさ、近付かないとフィリィの表情がよく見えないんだけど?」
「ね。レオン。……契約と違うわ」
「状況によって変わるもんだろ」
ダメだ。
このままでは流される。
この道に関しては経験も知識もないけれど、明らかに条件が揃いすぎている。
とりあえず今は優先しなきゃいけないことがある。
私はレオンを押し離すと、服を整え咳払いをした。
「わ、私もレオンと過ごすのは好きよ。でも裁判のことを聞きたいの。オヴィリオさんはどうなったの?」
「仕方がないなぁ」とレオンはぼやくと、いつもの冷静な眼差しに戻る。
「ほぼ片付きそうだよ。結審はターラントからの調査書が届いてからになるけどね」
「やっぱり極刑……?」
レオンは静かに頷いた。
「流石にね、犯した罪が重すぎる。情状酌量の余地なんてない」
武器密輸、人身売買。そして家門乗っ取りを目的とした実の娘である当主の殺害。
平民であるならば即刻死刑となる罪だ。
だが。
お父様はカディス貴族ではないが、他国の貴族出身。
実際にこの事件が明らかにされると、速攻で出身国から減刑の要請があったらしい。
「却下されたよ。オヴィリオはカディスで法を犯したんだ。カディスの法で裁かれるのは理に適ってる」
「オヴィリオさんだけの処分となったの?」
「まさかオヴィリオ一家と関係者かな。それでも五十人近くにはなるけどね。幸いなことに領運営に必要なマンティーノスの住人と領自体にはほぼ咎はなしだ」
「え、本当に?」
(本来ならウェステ伯爵家取りつぶしの上、領地は没収されるほどの重罪よ)
それなのに今後、領を経営するために支障がないように対処されている……。
(サグント侯爵家と王太后殿下が配慮してくださったのね)
私は立ち上がり、レオンの足元に跪いた。
「レオン、ありがとう。あなたのおかげよ」
「まぁ愛しの婚約者様のためだしね?」
レオンは優しく手を取り、手首にキスをする。
「大切なマンティーノスを王家になんかに渡せないよね。マンティーノスはきみのための領だ。ただね、無傷というわけにはいかないよ。数年は経済的にも政治的にも苦しいと思う」
「覚悟してるわ」
平坦な道だとは最初から思ってはいない。
なにせヨレンテの名を持たない私が奪い取るのだ。どう転んでも荊の道だろう。
(でも大丈夫、成し遂げてみせるわ。あの御方からもらったチャンスだもの)
二度目の人生は幸せに生きるのだ。
「そうだ。ルアーナはどうなったの?」
「ルアーナ? オヴィリオの娘か。あいつとホアキン・ペニャフィエルは国外追放になりそうだよ。罪人が多すぎてさ、あいつらまで手が回らないってとこが本音だけどね」とレオンは笑う。
エリアナの異母妹のルアーナ。
マンティーノスから移送される時の、あの哀れな姿が目に浮かぶ。
贅沢に甘やかされて育ったルアーナ。無一文で国外へ追放され、どうやって生きていくのだろう。
辛い人生が待っていることは明らかだ。
(でも同情はしないわ)
エリアナを裏切り死に追いやった犯罪人の片棒を担いだのだ。
自らの身で償わねばならない。
「フィリィ、辛いの?」
「ううん、当然だと思う。エリアナは殺されたの。関わってる人間が許されてはならないわ。罰を受けるべきよ」
「……いいね。やっぱりきみは最高だ」
レオンは私を抱き抱え自らの膝の上に座らせた。
何が最高なのかわからないが、この姿勢も大概おかしい。
頭一つ分、高い位置からレオンを
「レオン、もう一つは何?」
「あー。続きは明日にしてもいいかな? もう遅いし、正直限界だ」
「構わないわ」
「じゃあ、きみを部屋まで送るよ」
「……ううん。あの……」
なんとなく。
今夜はレオンと一緒に過ごしたい。
きっと後戻りはできなくなるけれど、そうしたい。
「ここで寝ていい? 部屋に戻りたくない」
レオンは暗がりでもわかるほどに両目を見開き、頬を緩ませた。
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