2章 失われ、再び全てを取り戻す。
第82話 きみに会いたい。
夜のしじまに馬の蹄が石畳を弾く音が響き渡る。
私はゆっくりと瞼を上げた。
(馬車が一台……)
馬車に従う騎馬が二騎、いや三騎か。
今は社交シーズン真っ只中だ。どこかしらで開かれた晩餐会や舞踏会を終えた貴族が帰宅を急いでいるのだろうか。
(それにしては厳重な警備ね)
日々行われる社交のためにこの規模で護衛をつけるなど、通常ではあり得ない。王家か大貴族以外は……。
私はベッドから身を起こし、ベッドサイドの蝋燭に火を灯す。燭台をかざし時計を照らした。針は1時を指している。
(近付いてきてる。このブロックにはサグント侯爵家の別邸しかない。だとすれば……)
ーーきっと。レオンだ。
急いでレースのショールを羽織り、小走りに窓ぎわへ向かう。
馬車と騎馬は想像通りにサグント侯爵家の玄関前に止まったようだ。
私は窓を開け、身を乗り出した。
部屋からは車体の屋根部分しか確認できないが、四角に設えられた優雅な意匠には見覚えがある。
騎兵が手綱を引き馬が小さく嘶き、館の玄関の扉が音もなく開いた。
そして夜番の下僕が玄関の側に並ぶ。
間もなく。
見覚えのある人影が馬車の中からゆるりと現れた。
(やっぱり!)
月光の淡い光でもわかる。
すらりとした立ち姿と横顔。すっかり憔悴している表情さえも、はっきりと。
レオン。
(すごく疲れているみたい)
政敵に悟られないように常に表情を崩さない、あの超人が疲労を隠さないなんて。
それも致し方ないことかもしれないと思う。
昨日はマンティーノス領での大事件、その裁きの日だったのだから。
(お父様たちの裁判、難航したのね)
お父様ーーマリオ・オヴィリオ一家の裁判は昨日の正午前に始まった。
途中、休憩を挟みながらもだが、審判は夜半まで続いたそうだ。前例のない犯罪の規模に裁判官が罰を決めかねているらしい……と、夕食時に執事から知らされた。
本人が言っていたように『サインだけしておけば……』なんてことは調査の責任者であるレオンにはあり得ないことであったようだ。
審判の後、その後の膨大な事務処理を終えて、この時間といったところなのだろう。
レオンは共に馬車から降りた秘書官に二、三言葉を交わし、館へ入っていった。
主人がいなくなると馬車や騎馬も厩舎へ戻り、何事もなかったかのように周囲は再び静寂に包まれた。
木々の騒めきやフクロウの鳴き声がやけに大きく聞こえる。
私は窓を閉め、その場に座り込んだ。両手で肩を抱く。
「終わったんだわ」
お父様の裁判。
どうなったのだろう。死刑は免れないだろうとは思う。当たり前だ。
武器と奴隷の密輸、さらに当主である
どう考えても極刑以外はない。
そう。
これで。
終わるのだ。
やっと復讐が遂げられようとしている。
念願が叶おうとしているのだ!
あぁ
「戻れるんだわ。マンティーノスに、ヨレンテに」
あの御方に懇願したことが、ようやく……!
でも。
(どうしたんだろう。私)
嬉しいはずなのに。
飛び上がって喜びの雄叫びを上げたいくらいにめでたいのに。
心の中には別のことでいっぱいだった。
(レオンに、会いたい)
今すぐにでもあのヘーゼルの瞳にこの上なく甘い微笑みに触れたかった。
私は立ち上がり、髪を撫でつけ、服の埃を払う。
ビカリオ夫人に見つかったら大目玉を食らうかもしれない。なにせ髪は寝起きでボサボサ。化粧もしていない。着ているのは夏仕様の夜着だ。『貴族令嬢であれば』部屋から出れる状態ではないのだから……。
それでも。
会いたい。
ただ、レオンの声が聞きたかった。
いつものようにフィリィと声をかけてくれるだろうか。
私はいても立ってもいられず、部屋を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます