第63話 静かなる眠り。
「そんなの嘘よ。そんな無礼は……」
「可能性はあると思うよ」
「だってここは領主だけが眠りにつける大切な場所なのよ。それを冒涜するだなんて」
死者の眠る場所は神聖だ。
決して侵してはならないものだ。
「残念だけど、聖域と考えているのはヨレンテの主家筋だけだ。他の者にとってはただの墓場でそこにあるのは墓だ。死んだ体を埋めているだけの場所だよ」
レオンは冷徹に言い放つ。
「そんな!」
「フィリィ。きみがヨレンテだからそう思うだけだ。例えば、そうだな。ここをあばいた者にとっては、滅多に人が近寄らないただの都合のいい土地だった」
レオンは部下と下僕にお母様の墓の墓石を動かすように命じる。
「オヴィリオとかにはね」
ひどい。
ひどすぎる。
亡くなってから尊厳もなく物のように扱われるだなんて。
しかも生涯を共に過ごすと誓った夫の手によって……。
レオンが私の背に腕を回し額にキスをする。
「ビカリオ夫人とここからしばらく離れておいて? 女性には辛い光景だと思うからね」
「……そうしておくわ」
私とビカリオ夫人はレオンに言われるがままに墓地の入り口まで移動した。
私たちが十分に距離を取ったのを確認すると、レオンと男性陣がお母様の墓を取り囲んだ。
作業を始めるようだ。
ここまで離れれば墓の中までは伺うことはできない。
亡くなって時を経たお母様の姿を見たくはないので助かった。
石垣に座り込んだビカリオ夫人が不安そうに私を見上げた。
「オヴィリオ様が亡くなられた奥様の墓を利用したのですか?」
「まだわからないけど。おそらくそうね」
「なんと酷い行いを……」
(お父様は私だけでなくお母様をも侮辱したのね)
死してもなお苦しめたのだ。
我が父親だというのに、同情する気にもなれない。
「死者を冒涜するのは許されないわ」
「左様でございますね。ウェステ女伯爵とは面識はありませんが、軽んじられる立場のお方ではないことははっきりしておりますのに」
「鬼畜の所業ね」
悪鬼が自分の父親だとは。
胃が疼く。
しばらくの間、槌や鍬の音だけが墓所に響いた。
墓を掘り返すという胸糞が悪くなる作業に誰もが口を聞かず、黙々と手を動かしていた。
ーーやがて音が止んだ。
「フィリィ」
レオンが片手に帳面を掲げる。
「あったよ」
「帳簿?」
「ああ。青い薔薇はここにあったんだ」
帳面の表紙をレオンは汚れた指で弾く。
帳面の表紙は牛革であつらえられ青い薔薇が染めつけが美しい。装丁も裏表紙に使われたマーブル紙も、それは見事な仕様である。
おそらくはバリウムあたりの有名な文房具商にオーダーしたものなのだろう。
「エリアナ様の……記録もあるかしら?」
「うん。必ずあるはずだ。オヴィリオは日記見てもわかるほどに記録魔だったからね。ほら見てごらん」
レオンが表紙をめくると日付と取り引き内容が事細かに記してあった。
最初の項目は今から20年前の日付だ。
『……年3月10日 アングランテ産サファイア、10カラット分。美しい娘を産んでくれた愛おしい妻への記念に 1537マラベディ支払う』
(お母様へのプレゼント……)
そういえばお母様のお気に入りの宝石でサファイアのブローチがあった気がする。
あれは
私は文字を指でなぞる。
(この頃のようにお互いがずっと変わらぬ気持ちだったら、こんなことはなかったのかな)
お父様がお母様との関係がまだ冷えていなかったら、秘密の帳簿を亡き妻の墓に隠そうとは考えもしなかっただろう。
夫婦としての尊敬も家族としての愛情もなくなってしまっていたのだ……。
わかっていたことだが、改めて突きつけられると辛いものがある。
「フィリィ?」
「あぁ大丈夫よ」
私は再び帳簿へ目を戻す。
ざっと流し見をするだけでも、最初はとても
パラパラと頁をめくる。
帳簿の中程を過ぎた頃から徐々に方向性が変わってきていた。
日付で言うと7年前。
お母様が病を得て寝込むことが増えた頃だ。
(マスケット銃。7丁……)
最初の密輸はささやかな物だった。
それが帳面の終盤にまでくると、回数も物量もかなり大胆になっている。
(これでバレないと思っていたなんて。王家が気づかないはずない)
お父様は泳がされていたのだろう。
レオンと当局の手際も良すぎるのも納得だ。
「レオン。見て。ここ。これだけ品物の数のわりに桁違いに額が大きい」
『……年4月3日 スウェーニョ・トランキーノ 1個 23491マラベティ』
わずか一つで2万超。
そして日付も
「スウェーニョ・トランキーノって。レオン、これって武器ではないよね」
「あぁ。そんな名前の武器はない。『静かな眠り』古語か。意味深だね」
「もしかして……毒の、名前……」
エリアナが誕生日に飲んだあの違和感、そして永遠の『静かな眠り』。
ーーまさしくエリアナ殺害の証拠がここにある。
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