第62話 真実は土の下に。

 翌日、私はビカリオ夫人と下僕を連れ陽が昇ると同時に屋敷を出て墓所のある森へ向かう。


 ウェステ伯爵邸の敷地は広い。

 森はまだ薄暗かった。

 朝靄が立ち込め、夏だというのに少しばかり肌寒い。



「きゃあ!」



 ビカリオ夫人の悲鳴に振り返った。どうやらぬかるみに足を取られたようだ。

 私はビカリオ夫人に手を差し伸べ、



「ビカリオ夫人、辛いなら屋敷に戻っても良いのよ? 無理をして夫人が怪我をしては意味ないわ」



 夜半に降った雨のせいか、墓所に続く道はかなり荒れていた。ドレスやヒールの入った靴を使用する貴族の女性にとって相性は最悪だ。簡素な服を着てきたとはいえ負担は大きい。


 夫人は苦笑いを浮かべ私の手を取った。



「お言葉ですが、お嬢様。こんな大切なことを聞いて屋敷で待っておくなどできません。お嬢様の将来がかかっているのですよ」



 と勢いよく立ち上がった。



「あぁもう。おろし立ての靴なのに汚してしまったわ。見てください、この汚れ。布についた泥の染みはなかなか落ちないのですよ。なんてことかしら……私ったら運がないわ」


「ほら。だから言ったでしょう。屋敷で待っておけば良かったのに」


「何をおっしゃるのですか。私はお嬢様の侍女ですよ。主人を一人にはできません」



 ビカリオ夫人はなぜか胸を張る。



「私の侍女はなんて職務に忠実なのかしら。結構なことね」と私は口元を緩めた。





 これから向かう先、当主の墓所にお母様の育てた薔薇があるはずだ。

 手がかりはそこにあるはずだ。



(急いで見つけないと……)



 時間がない。


 お父様たちが裁きを受けるための王都への送還が今日の午後と決まった。


 マンティーノスから王都までは十日。

 到着してすぐにでも裁判の手続きが始まるだろう。

 法廷が開廷する前に証拠を提出しお父様の有罪と私のヨレンテ相続の正当性を証明せねばならないのだ。



(馬車だと十日でも早馬ならば一日二日出発が遅れても追いつけるわ)



 であるので。

 今日、この時間に必ず証拠を発見しておかないといけない。



(全てを取り戻すために)



 私はここに在るのだ。





 それから四半刻も歩いただろうか。

 私たちは難儀しながらも森をゆく。

 当主専用の墓所についた頃には朝霧は晴れ澄んだ空気がとても心地の良い。



「素晴らしい空間でございますねぇ」



 ビカリオ夫人は目を細める。


 墓所を取り囲む巨木の隙間から木漏れ日が注ぎ七基の墓石が静かに並ぶ様は、まるで忘れられ打ち捨てられた古代の神殿のように荘厳だ。


 森を切り拓いて作られた墓所は放っておくと森に戻ってしまうものだ。

 だが、ここは違っているようだ。

 使用人たちの手によって手入れされており、下草も綺麗に刈られている。


 ヨレンテを軽んじるお父様が命じたとは考えられない。



(最初来た時は気にもとめなかったけど、整えられすぎてるわ)



「私どもの中で手空きの者が業務の合間に整美しております」



 私の困惑に気づいた下僕の一人が教えてくれた。

 使用人たちが自発的に手入れを行っているとは。ヨレンテへの忠誠心が成すものなのだろう。



「お嬢様がヨレンテの主人となることを心より願っておりますから」



 下僕の言葉に皆が頷く。

 感動すると共にお父様の采配が如何に稚拙で領民にとって負担が大きかったのか身につまされる。



「……そうなるように頑張るわ。ところで、あなたたちにお願いがあるの」



 私は下僕たちに薔薇の木を探すように指示を出した。



(お母様の育てた株があるはずよ)



 そう広くもない墓所を丁寧に見てまわる。

 森の境目にキョウチクトウが赤い花をつけているが、薔薇は見当たらない。



「あぁお嬢様! ございましたよ」



 こちらですとビカリオ夫人が声を上げた。

 指差す先、お母様の墓標のそばに小さな木が生えていた。


 脛の半分くらいまでしか丈はないが茎の棘や葉の形から薔薇の木であることには間違いはないらしい。


 薔薇の開花は春。

 夏の今、薔薇は青々とした葉を茂らせているのみ。

 しかも株も小さくぱっと見ではただの雑木の茂みだ。これは気づかない。



「確かに薔薇ね。でもとても小さいわ。これ咲くとしたら花弁は青だと思う?」

「さぁ。どうでございましょう。もう薔薇の季節も終わってしまいましたからね、確かめようがありません」

「……掘り返してもらってもいいかしら」



 私はシャベルや鍬をもつ下僕達に作業を頼んだ。

 日々、屋敷の作業を担う彼らは慣れたもので、あっという間に土の山を作る。


 だが、それらしき物は発見できなかった。



「フィリィ、それ誰の墓?」

「え?」



 私は声を追う。

 いつの間にか笑顔のレオンが私の隣に立っているではないか。


 レオンは午後からのお父様移送の事務作業やらで同行できないと言っていたのだが……。



「レオン。オヴィリオさんの方はいいの?」


「うん。あっちは僕の部下に任せておいた。僕の可愛い婚約者が助けがいるかもって思ってね、来てみたんだけど。で、誰の墓なの?」


「……セナイダ・ヨレンテ様」



 お母様の墓だ。

 亡くなってからまだ数年。

 風雨にさらされている割には汚れていない墓標には『ヨレンテの輝ける青い星。女伯爵。永遠に美しさを留めおく者』と刻字されている。



「ね、フィリィ。おかしいね」

「何が?」

「その墓石よくみてごらん。セナイダ様が亡くなって何年か経っているけど、エリアナ様の墓石と変わらないくらいに綺麗じゃないか?」

「言われてみればそうね」



 墓石は苔むして行くものであり、劣化するものだ。

 数年といえども、どこかしら汚れてくるものなのだが……。

 お母様の墓には微かに汚れはあるものの大きなものはない。



「どうしてだと思う?」

「うーん。なんでだろう。誰かが掃除してくれているのかな」

「面白いね。フィリィ。墓石なんて磨かないよ?」



 その通りだ。

 カディスには墓石を掃除する風習はない。

 成すがまま時に任せるのが自然だ。



「僕はね、誰かが定期的に触っているんじゃないかと思う」



 レオンは声を顰め、



「墓、開けているんじゃないかな」

「は??? 墓をあばいているの??」



 なんてことを。

 死者への冒涜が行われていたということか??

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