第36話 嵐の予兆。

 ウェステ伯爵家で行われるハウスパーティの初日。晩餐は早めの宵のうちに始まることとなった。


 私は晩餐の行われる広間に向かう。

 広間までのわずかな間に多くの招待客や使用人とすれ違い、このパーティの盛大さに驚いてしまう。



(こぢんまりとしたものかと思ってたのに、意外だわ)



 今回の催しは社交シーズンは王都で過ごす貴族が多い中で、王都から離れたマンティーノスが会場という暴挙ともいえる。

 失敗するだろうとの私の予想に反して、ありたきの社交に飽きていた貴族たちには喜んで受け入れられたようだ。



「このパーティはアンドーラ子爵様とあなたのワガママの為に成されたようなものです」



 客室から宴会席までのエスコート役のホアキンが小声で言った。

 二人っきりであることにかこつけて、かつてのエリアナの婚約者は私に対し不快感を丸出しにする。



「私は今回の催しには反対でした。費用もかかる。それにあなたは家族皆に悲しみを思い出させるのです」



(自らが招いた悲しみでしょう? あなたも企みに加わっていたじゃない)



 私は心の中で毒吐く。

 私を殺さなければこんなことにはならなかったのに。



「あら無理を言いましたか。私があなたが仰るような存在なのかは分かりませんが、結果的に受け入れてくださった。安心しましたわ」


「はっ! サグント家の子息の願いですからね。ヨレンテが断れるはずがないでしょう」



 サグントは権勢を轟かせる侯爵家だ。

 要望があれば無理をしてでも対応せねばならないのが貴族だ。



「広間に着きました。席はこちらです。セラノ様」



 ホアキンは完璧な営業用の笑顔を作り、私を席に導く。


 私は愛想を振りまきながら失礼にならない程度に周りを見回した。

 広間の中央に置かれた長卓……二十人は座れるだろうか……がほぼ招待客で埋められている。



(お父様主催の初めてのパーティにしては上出来ね。まぁ近隣の土豪ばかりだけど)



 招待客はエリアナとしては見知った顔ばかりで新鮮味はない。

 マンティーノスに隣接する領からの貴族たちが六割。残りは他地区から招待された貴族たちといったとこか。



(でも有名ではないけれど商会を持っていたり、政界でそれなりに力がある人たちばかりね。いい人選だわ)



 お父様の気合の入り方がわかる。

 貴族というものは交流のない相手からの私的な招待に応じることはほとんどない。


 だがレオンと私が参加することを表明したからだろうか、

レオン目当ての招待客に加えて王都でしか見かけない大物もちらほら混ざっている。



(レオンの力ってすごい)



 けれど、それだけでこんな人数が集まるはずがない。お父様は無爵位。権力はない。



(このパーティのためにお父様はいくら配ったのかしらね)



 王都から招待された貴族達の中には資金ぶりが思わしく無いと噂されている顔もちらほらある。

 爵位を受け継ぐことが認められていないお父様にとって、名誉や名声は金で釣るほかないのかもしれない。


 ホアキンが足を止め椅子をひく。私は礼を言い席についた。



(ずいぶん上席ね)



 レオン(と私)がメインゲストなのだろう。用意されたのは当主の隣の席だった。

 私は横目で見渡し、位置を確認する。



(最高の環境だわ)



 壁側のこの席は私の演出にはうってつけに思えた。


 ウェステ伯爵家の絵画コレクションとともに歴代当主の肖像画が架けられた壁の前なのだ。



(ご先祖様が味方してくれているのね)



 肖像画は初代セバスティアンからエリアナまでの7代、当主に就任した記念に作らせたものだ。

 その世代で最も高名な画家に依頼したもので、どの絵も名品だ。


 さまざまな手法で描かれた絵だが、七枚の絵、全てに共通した特徴があった。


 主役である当主たちの黒髪と青い瞳。


『ヨレンテの顔』だ。


 盟約により繋がれた証である。


 その前にヨレンテの容姿を受け継ぐ私が座るのだ。



(私をこの席にするなんて。なかなかできないことだとおもうけど。当然、計算なんてないわよね)



 席を決めるのは女主人の仕事だが、継母は私の出自を確認することもなくサグント侯爵家の嗣子の婚約者だという理由だけでこの席を選んだに違いない。



(まぁ労せずともヨレンテの血統っていうことを皆に知らしめることができるわ)



 幸運だ。


 案の定、私が座った途端に隣の席の壮年の男性が話しかけてきた。



「失礼ながらお嬢様はヨレンテの一族の方でいらっしゃいますか?」


「いいえ、ルーゴ伯爵家の娘ですわ。リェイダ女男爵フェリシア・セラノと申します」


「あぁセラノ様の……。お嬢様は、その、エリアナ様のお母君様にとてもよく似ていらっしゃいまして、思わずお声をかけてしまいました」


「……私が6代ウェステ伯爵セナイダ・ヨレンテ様と、ですか?」



 私はわざとらしく振り返り、お母様の肖像画を凝視する。

 当代一の画家に描かせただけあり、まるで生きているようだ。

 キャンパスの中で優しく微笑むその姿は、私の記憶の中のお母様よりも少しばかり若く変わらず美しかった。



「そんなに似ているかしら」


「ええ。6代の伯爵様が蘇られたのかと思いました。びっくりするほど似ていらっしゃいます」


「そうですか。他人から見てもそうなのなら、私を見てオヴィリオさんがひどく驚かれてたのも納得ですわ……。初めて会った時に幽霊でも見たかのような反応をなさったの」


「致し方のないことでございましょう。お嬢様は本当にそっくりでいらっしゃいますからね」



 男性は顔を寄せ声を顰める。



「セラノ様の姿はヨレンテを揺るがすことになるでしょう」


「あら。どうしてかしら」


「あなたはヨレンテの血縁者のように見えます」


「……さぁどうでしょう。他人のそら似ということもありますわ」


「それにあなたのかんばせは悲劇を思い起こさせます。先代のエリアナ様は若くしてお亡くなりになられましたからね。私もその場にいましたが、あれは……」



 トンっと音を立て私と男性の前にワインの杯が置かれた。

 侍従に命じたのだろうか、向かい側の席から険しい表情でホアキンがこちらを睨んでいる。



「ファジャ卿、それ以上はお控えになられた方がよろしいかと。宴が始まります」


「あぁ失礼。……ではセラノ様、また後ほど」


「ええ。またお話を聞かせてください」



 私は軽く頭を下げて、口を閉じた。

 いい傾向だ。



(味方になってくれる人も多そうだわ)



 これこそ先祖の加護というものかもしれない。

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