第15話 レオンが望むものは?

 実績も実力もないフェリシアわたしにとって手っ取り早く自分の価値を証明する方法。


 それは権力者からの加護だ。



(ルーゴ伯爵家以上の家門、それか貴人から後見を受ければいいのよ)



 がっちりと身分差があるカディスの貴族社会。

 爵位が高く知名度のある人物からの後見は、未婚の女性にとってステイタスだ。



(フェリシアではなかなかその地位にある人物には辿り着けないものだけど、私にはレオンがいるわ)



 侯爵家の嗣子からの依頼を無碍にできる者などそうはいないはずだ。

 成功すれば伯爵も文句は言えないだろう。



「レオン様。ルーゴ伯爵おとうさまを唸らせる人物で、私の後見人になってくれそうな方を紹介してほしいの」



 正直なところレオンの父親であるサグント侯爵だとベストなんだけど。



「そうだなぁ。権力も地位もある人物でおすすめはうちの親だけど……。フェリシアとの婚約を快く思っていないんだよね。きっと受け入れてくれないだろうね」



 レオンはあっけらかんと笑う。



「え、ええ……?」



(侯爵、婚約に反対してるの?)



 またしても初耳だ。

 レオンがカロリーナではなくフェリシアを選んだこと、そして婚約したことは王家の認証はまだだとしても、両親公認ではなかったのか?



「フェリシアだからだめとか、そういうことではないから安心して。あの人たちは僕が決めたことが許せないだけなんだ。何をしてもどこの御令嬢を選んでも気に食わない人たちなんだよ」



 うーん。

 舅と姑に反対されている。

 ちょっとそれ結婚後の生活が平穏とは程遠いって言ってますよね?

 例え政略的な結婚だとしても最初から歓迎されていないのは流石に辛い。


 私の顔色が曇ったのに気づいたレオンが慌ててフォローする。



「とにかく。フィリィが気にしなくてもいいよ。きみがお嫁に来るまでには片付けておくからね。きみは僕が守るから安心しておいて」


「……分かったわ」



 レオンのことだ。有言実行してくれるだろう。


 それよりも優先されるのは遠い未来のことよりも目の前の事象だ。

 レオンが気にしなくてもいいということを考えても仕方がない。

 課題に集中しよう。



「サグント侯爵以外の方で伯爵を納得させられる立場にいらっしゃる方は、誰がいるかしら……。レオンはどの程度までお願いできるの? この方は無理とかある?」


「ないよ。きみが望むのならば大抵は叶えてあげられると思う」



 僕はこう見えても顔が広いんだと得意げだ。



「じゃあ……」



 エリアナの記憶を手繰る。


 ウェステ伯爵家はマンティーノスという国内有数の領を所有する貴族だ。

 権力がある故に政治的にも地政的にも繊細に対応せねばならない立場にあった。


 幼い頃から当主としての教育を受けていた私は、社交界デビューする前から次期女伯爵として社交界で行われる集い(舞踏会やら晩餐会等々)には積極的に参加させられていたものだ。



(社交界なんて神経を使うばかりで、楽しいことはほとんどなかったけれど)



 それでも貴族として生きていくには必須だ。

 そんなエリアナ時代に1番可愛がってもらっていたのが……



(王太后カミッラ様)



 先代の王妃殿下だ。

 ずいぶんお年を召されているが、まだ健在のはず。


 王太后様はエリアナのお祖母様の親友だったお方だ。

 祖母は若い頃カミッラ様の侍女を勤めていたらしい。

 二人は立場が違えども強い絆で結ばれ、終生心腹の友であった。

 その縁は祖母の死後も続き、ウェステ女伯爵になった私のことを何かと気にかけてくださっていたのだ。


 全ての条件を兼ね備えた方はカミッラ様以外は思いつかない。


 ただし。

 懸念されるのは、フェリシアがエリアナの祖父の私生児であるということ。

 時系列としては祖母の死後の出来事であるが、とても大切にしていた親友の夫の不始末を快く思ってくださらないかもしれない。



(好機があるとすればこの見た目ね。カミッラ様がほだされてくれたら上手くいくかもしれないわ)



 フェリシアが引き継いだヨレンテ家の特徴である黒髪と碧眼。

 王太后殿下が可愛がっていたお母様の瓜二つの容姿をどう評価されるかだ。

 拒絶されてしまうと二度と浮上できなくなるだろうが……。



(でもすでに崖っぷちだもん)



 怖いものなどないのだ。

 エリアナではなくフェリシアに成り代わった今、何を恐れる必要がある?



(絶対に殺された恨みを晴らすの)



 私は息を整え拳を握りしめた。



「レオン。決めたわ。私、王太后おうたいごう殿下にお会いしたい」


「は? 王太后殿下?」



 目を丸くし口を両手で覆うとレオンは声にならない声を漏らす。



「えらく大物じゃないか。うーん。いい選択だと思うけど、すごいところ突いてきたね」


「やっぱり難しいかな? そうだよね。王族の、それも王太后様なんて雲の上の存在だよね。レオンでも繋いでもらうなんて無理だよね……ごめん」


「誰にものを言ってる? フィリィ」とレオンは口元に笑みを浮かべ、私の唇をそっとなぞった。


「ほぼ隠居なさっている王太后殿下を表舞台に引っ張りだすのは骨が折れるってだけさ。できないわけじゃない」



 そう断言する傲慢にも思えるほどに確信に満ちた姿は、ただの貴族の坊ちゃんとは思えない。底知れぬ何かを感じる。



「信じていいのね?」


「当然。僕はね、きみが思っている以上に役に立つんだよ。ただね、すぐっていうわけにはいかない。準備をしないといけないからね」



 レオンは私の顔を両手で挟み、



「それと僕らの関係は商売だ。分かっているだろうけど、タダじゃないよ。僕も望むものをフェリシア、きみからもらうからね」



 と何の前振りもなくレオンは唇を重ねる。



「え? レ……オン???」



 レオンは微笑み「じゃあ帰るよ。準備が出来たら連絡する」と言い残して暗闇迫る伯爵邸を後にした。


 レオンの欲しいものって、何なのだろう。

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