第13話 ルーゴ伯爵家の一員とは認めない。
「レオン、ひどいわ……」
カロリーナは床にへたり込んだ。
華奢な体が大きく揺れ、嗚咽が漏れる。
「ついこの間まではお優しかったのに。誰よりもお優しかったのに。どうして豹変されてしまったのですか??」
「あなたの優しさの基準がどうなのかはわからないけれど、淑女には優しくするのが紳士のマナーだと思うんだが?」
レオンは
(あー、これは)
カロリーナからフェリシアに乗り換えたのか?
それともカロリーナがレオンの優しさを勘違いしていたということか?
顔面が素敵な男子に優しくされたら誰でも恋しちゃうのもわからないでもない。
だけど、レオンはきっと分かっていて利用している。
(レオンは人でなしなのね)
一体、何をやらかしたのだろう。
女性としては付き合いたくもないタイプの男性だが、フェリシアの婚約者である。
これからのことを考えれば、レオンとの婚約を解消するわけにもいかず痛み痒しだ。
「カロリーナ! ここで何をしているのだ」
扉が開くとともに、壮年の男性が現れた。
金色の髪にカロリーナとよく似た面差し。……ルーゴ伯爵に違いない。
伯爵は私とレオンを認めると、侍従に立ち上がることすら出来ない娘の退席を手伝うように指示し、横柄に着座した。
「アンドーラ子爵。娘が失礼をしたようですね。お目汚し、失礼いたしました」
「構いませんよ、伯爵。ヒステリーを起こしただけでしょう。女性にはよくあることです」
伯爵はちらりと私を見た。
フェリシアに何の興味もないのだろう。まるで使用人を選別するような乾いた眼差しだ。
「フェリシア。快復したのだな」
「はい、お父様。すっかり元気になりました」
私は立ち上がりドレスをつまんでお辞儀をする。
エリアナとしてもフェリシアとしても久しぶりに会う伯爵だ。礼儀だけはちゃんとしておかないといけない。
「頭を打ち瀕死であると聞いていたが、何とも無いようだな。めでたいことだ。ところで今日は何の用で
自分よりも目上のレオンの手前、したくもないのに相手をせねばならないといった風である。
この人もそうなのか。
血は繋がっていないが表向きは娘である私の訪問すら許せないのか……。
(妻の不義の子だもの。顔も見たくないのね)
しかも愛する妻はフェリシアを産んで亡くなったのだ。
伯爵にとってフェリシアは憎悪の対象でしかないのだろう。
相手から憎まれているってわかっていて対峙するのも勇気がいる。
でも。
一歩踏み出すしかない。
「お父様。今日はお願いがあって参りました」
「……言ってみなさい」
侍従が入れ直した茶をゆっくりと飲み、心を落ち着かせた。
なるだけ上品に、とびっきりの貴婦人のように振る舞う。
「この度、思いもよらない事故にあい死に臨みました。目覚めてから数日、人生を顧みたのです。何と実のない人生だったのかと反省いたしました。これからは本来ある人生を歩んでいきたいと思っております」
「本来ある人生?」
伯爵の手が止まる。
「はい。一人の女性として尊重される人生です。軽んじられることも蔑まれることもなく、安全な環境で自由に生活がしたいのです」
「……東の庭園が不満か。お前の立場からすれば十分だろう。それ以上を望むのは分不相応なことだ」
にべも無い。
「わかりました。では住環境は望みません。ただ一つだけ認めていただきたいのです。これだけを承諾していただければ、私は二度とお父様の前に現れません」
住環境はどうでもいい(どうせ結婚して出て行く場所であるのだ)。本題はこっちのほうだ。
私は背筋を伸ばし、
「私をルーゴ伯爵家の籍に入れていただきたいのです」
籍に入れてもらえれば、一人の人間として世間に認められることになる。
社交界にデビューすることも可能だ。
ウェステ伯爵家を取り戻すためには、まず貴族であることが必要である。いくらヨレンテの容姿であっても身分が平民のままでは意味がないのだ。
「おかしなことを言う。我が家の血を継いでいないお前を我が家門に入れろと?」
「はい。血は繋がっていませんが、法的には私はお父様とお母様の子ですから」
婚姻関係にあった夫婦の間に生まれたのだ。
何の問題があるだろう。
「天下のサグント侯爵家跡取りの婚約者が戸籍に載っていないことが公になれば、ルーゴ伯爵家としては大いにお困りになると思います。結婚の準備が始まる前に、はっきりさせておいたほうがお互いに都合が良いでのはありませんか」
「待て。フェリシア。お前は間違っている。子爵から婚約承諾をもらったのは、わずか2ヶ月前のことだ。その後にお前が事故に遭ってしまったのでな。王家への婚姻申請も止めている。現状、お前は正式には子爵の婚約者では無いのだ」
2ヶ月?
婚約したのは、そんなに直近だったのか。
しかも内定状態だったなんて……。
(聞いてないんだけど?)
私はレオンを睨む。レオンは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「しかし……そうだな。確かにお前の言い分も一理あるだろう」
伯爵は侍従に紙とペンを持って来させ、何かしらを書きつけた。
「フェリシア。例えお前が子爵にどれだけ愛されていようとも、今のままで伯爵家の娘にする気はない」
愚鈍で脆弱なフェリシアを家門に招き入れるわけにはいかない。
サグント侯爵家が王家から婚約許可を得るまでにルーゴの人間だと認めさせることだと、伯爵は私に告げた。
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