第48話 キメラ
リーガンは、レベッカの手を取るとむりやり車の中に引きこみ、車を物陰に寄せた。
「レベッカおまえ…」
レベッカが涙ぐみ、普通ではないのを見てさすがのマービンも黙ってしまった。
「ラッキー…」
愛していたもの、みんなでかわいがっていたものが、楽しい思い出とともに怪物となって襲ってくる。こちらも、向こうも、何の悪意もないのに…。許せない、許してはいけない…。
「ガルルルルル。」
キメラは一声叫ぶと、ミノタウロスに向かって走り出した、ライオンの牙が、鷲のくちばしが、トラの爪が、襲い掛かる。ミノタウロスは、体制を低くして角をつきだし、砂煙をあげて飛び込む。どちらもまったく負けていない、互角のぶつかり合いだ。
しかし次の瞬間、リーガンがあわて出した。車の外に、突然人が立っているのだ。
ガラスをあけて大声で怒鳴るリーガン。
「君、何してるんだ。早く逃げなさい!」
「私は、ヴァイオレット、森の王の使いよ…」
それは十歳ほどの美しい少女だった。だが、何か決定的なものが人間として欠けていた。彼女は巨大生物がぶつかりあうすぐ手前で、うれしそうに微笑んでいた。まるで、愛しい仲間といるかのように…。
マービンがまっすぐ目を見て、まるで幽霊にでも語りかけるように尋ねた。
「ヴァイオレットさん、森の王の使い…と言っていたけれど、わしらになんの用なんだね」
ヴァイオレットはにっこりほほ笑むと話し始めた。
「おじさん、いい人ね。今ミノタウロスが戦っている相手は、次の森の王の挑戦者だったのよ。森の王、クラーケンも認めていた強い生き物だったのよ。今ここで何匹もの強い生き物が戦っている。誰かがけしかけたみたいだったけど、結局はこうなる運命だったの。もし、ミノタウロスがキメラに勝ったら、森の王への挑戦を認めてあげる。それだけ強い生き物だと私も認めてあげるわ」
レベッカがきっぱり言い切った。
「ミノタウロスは強いわ。絶対負けないわ」
「だといいけれどね。キメラもそう簡単には負けてくれないわよ。それから、あなたたちもこんな近くにいたら命が危ないわよ。一応忠告しておくわ」
「命が危ないってどういうことなの…あれ?」
少女が少し身をかがめて視界から消えたと思ったらもう、どこにもいなかった。、
リーガンが困り果てた声でいった。
「一応この車は逃げ遅れた民間人の保護義務があるのですが…。どうしたらいいんでしょう」
みんな黙って顔をを見合わせた。するとカリバンが車外に出て来ると言いだした。
「ここは今とても危険ですから、私がひと回り見てきましょう。それでどうでしょう」
「頼んだわ。カリバンさん」
カリバンは、巨大生物のうなり声が響く車外へと見回りに行った。
ライオンの牙も、鷲のくちばしも、トラの爪も、昆虫の鎧を持つ、ミノタウロスに致命傷を与えられない。ミノタウロスの鋭い爪やハサミも、キメラの敏捷な身のこなしと、波打つ鬣に封じ込まれる。
やがて、キメラはさっと距離を取り、ヤマアラシのトゲをとばして顔面を狙ってきた。両手で顔面をカバーし跳ね返すミノタウロス。だがその間に尾の大蛇がミノタウロスの足に巻き付く。あわててふりほどこうとするが、大蛇はあっという間に下半身の自由を奪う。大蛇に動きを封じられたミノタウロスに向かって、今度は、顔面に熱放射攻撃だ。ライオンと鷲の口から、激しい熱戦が噴き出す。
「グオオ。」
苦しむみのたうろす、ピンチだ。
「負けるな。まず、蛇から抜け出すんじゃ。」
マービンの声が聞こえたのか、体中に力を込めるミノタウロス。
熱放射を一種運吹き出し、大蛇の締め付けが緩んだところにハサミがうなる。大蛇の体を切り裂いて、やっとのことで逃げるミノタウロス。変幻自在のキメラのペースに追い詰められた感じだ。
さらに鷲の羽を広げ、羽ばたくキメラ。ものすごい風が舞いおこり、毒の付いた羽が、ダーツのように空中を飛んで突き刺さってくる。
「わああああ!」
あおりを食ったのはマービンのトラックだ。突風に巻き込まれ、横倒しになる。レベッカは一瞬頭を打って気を失い。横倒しになった車内でみんな身動きが取れなくなる。
「レベッカ、リーガン、平気か」
リーガンのか細い声が聞こえる。
「ぼくは、平気ですが、荷物の下敷きになって、み、身動きがとれません」
「ああ、お父様、私たちどうなったの…」
マービンが悔しがる。
「うう、まずい、ドアがこのままじゃ開かない。なんとかせねば…」
だが、その時、横倒しになったトラックが、ゆっくり持ち上がり、元通りに立ち直って行くではないか。
「ああ、救助隊が来たのですかね。助かるぞ」
リーガンが喜びの声を上げたが、それをマービンが打ち消した。
「いや、違う、見ろ、ボロボロになって車を持ち上げてくれているぞ」
「ええ、本当だわ。すごい、カリバンさん!」
突風に吹き飛んだがれきにぶつかったのか、土埃にまぎれ、すっかり汚れきったカリバンが駆けつけて、車を持ち上げてくれたのだ。
「お怪我はありませんか、ただいま、トラックを復旧いたします」
ガタンと音がして、トラックは元通りになった。さらにカリバンは、トラックのドアを開け、倒れた荷物を戻し、みんなを助けたのだった。
「さすが、うちのマスコットロボットだ。お前は命の恩人じゃ」
「本当にありがとう。あ、ところでミノタウロスはどうなったの?」
二大巨大生物の戦いは、もう最終局面を迎えていた。キメラが優位のうちに戦いは進み、ミノタウロスは最期の賭けに出ようとしていた。
ミノタウロスはさっと距離を取り、体勢を低くして体に力を込めた。その途端、背中がモコッと膨らみ、何かが出てきた。
リーガンが、大きな声を出す。
「あれは…、ワイバーンの翼に似ている…。まさか?」
マービンが興奮してしゃべる。
「相手が一筋縄でいかないと分かったので、ここで、勝負をかける気だ。行け、行け!」「牛さん、やる気ね。応援しているわ」
「ガオオオオオオーン」
ミノタウロスが吠えた。その瞬間、角が少し伸び、鋭く前に突き出す。その途端、背中の翼からものすごい勢いで熱放射が噴き出す。
リーガンが感心する。
「まるで、ジェット機みたいだ。きっとワイバーンの遺伝子を取り入れたんだ」
「す、すごい、滑るように進みだしたわ」
大通りの真ん中を、まるで離陸するジェット機のように滑るように進みだしたミノタウロス。一撃でキメラのからだを貫くつもりだ。しかしキメラも負けてはいない。六本の足で思いっきりジャンップすると、飛びかかってきた。
「牛さあん」
レベッカの悲鳴が重なる。両社は空中で激突し、しかし勢いは完全にミノタウロスが上回り、鋭い角が、両手の槍が、ハサミが突き刺さる。、そのまま押し切って、キメラを突き刺したまま、着地した。キメラの体からは四方八方に熱放射が噴き出す。
「グワオオオオ!」
さらに熱放射のジェット推進で、キメラを突き刺したまま、暴走を始め、かなりのスピードで近くのビルの根元に突っ込んだ。
「ガルルルオオオオオン。」
ライオンの断末魔が響く、フラット立ち上がったミノタウロスが離れると、ものすごい爆発が起こり、キメラはバラバラになった。土煙の中に立つミノタウロス…。
「牛さあん」
リーガンはレベッカの求めに応じて、ゆっくりミノタウロスへとトラックで近付いていく…。
しかし、その時、確かにどこからか、船の霧笛のような音が響いてきた。遠くから、かすかに、しかし、ものすごい威圧感をもって。
「なんだ、もっとすごい怪物がでたのか…」
「あれが、森の王なの? クラーケンなの?」
すると、それをじーっと聞いていたミノタウロスが、突然その遥か遠い響きを追いかけるように、動き出した。
「牛さん、だめよ、行ってはいけないわ。リーガンさん、追いかけて。」
しかしトラックが、今まで通り近付くと、ミノタウロスは突然、うなり声をあげて振り向き、トラックを威嚇し、追い払うしぐさを見せた。
「牛さん、どうしたの…」
するとマービンがレベッカを止めた。
「今日はここまでだ。やつは言ってるんだ、ここから先は危険だからくるなと…」
遠い霧笛がもう一度鳴った。ミノタウロスは、マービン電気のトラックと別れて、北へと歩き出したのだった。
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