第22話 バリケード
数日後。ここは、市内で一番大きな病院、医療センターの中。
明るい廊下をリタが歩いている。ナースセンターで白衣の看護師さんたちに挨拶をして、奥の小児病室に入って行く。
母親と何か話している子ども。
おもちゃが飾ってある病室。
それらのベッドの脇をぬけて隅の寝たきりの少年に近づく。
「キース、キース、どう、元気。お姉ちゃんよ」
キースは看護師さんに抱き起され、弱々しく上半身を起こす。
「お姉ちゃん……」
「ごめんね、昨日は忙しくて来られなくて。ほら、あんたの好きなリンゴジュースとクッキーよ」
「クッキー?」
リタはおしゃれな缶に入った高級クッキーを差し出す。
「あんたが食べたがっていた、アンファンローヌのクッキーよ。すごいでしょ。」
「わあ、すごい、ありがとう」
リタが自慢げにふたを開ける。
「そっちのほうに配達の仕事があってね。一番高いのを買ってきたのよ」
キースはゆっくりと体を起こし、クッキーを一口かじる。
「痛ててて、まだ、かじると首が痛むんだ。ああ、でも、おいしい、とってもおいしいよ」
「よかった。また今度買ってくるからね」
キースがすまなそうに言う。
「こんな高いのじゃなくてさあ、ほら、角のパン屋のフランスパン、あととなりの肉屋の手作りコロッケもいいな」
「はいはい、今度また買ってきてあげるから」
キースは姉に無理して高いお金を払わせないようにわざと言ったのだろう。でも、この子は知らないんだ。あのパン屋さんも、肉屋さんも、自分たちの街が今、どんなになっているのかを…。
「キース、お姉ちゃん、お花を新しいのと取り替えて来るから、ちょっと待っててね」
リタは、なぜか目をうるませて、花瓶の花を取り替えに廊下に出る。
そこで水を出していると、ふと廊下に、レベッカの母親テレサが歩いているのに気づく。しかも寂しげである。
「レベッカのお母さん? どうしたのかしら」
近寄るリタ。テレサはリタを見つけると、目に涙をためてそっと近づく。
大きな病室
個室にレベッカが寝ている。寝汗をかいてうなされている。
そこにドアが開いて、花を持ったリタとテレサがやってくる。
「ごめんなさいレベッカ。事故にあったって聞いてはいたんだけれど、こんなに大変なことになっていただなんて…。」
テレサが静かに語りだす。
「ケガはたいしたことなくてそれできちんと連絡もしなかったんだけれど…。、精神的にひどいショックを受けたみたいで、意識が正常に戻らないのよ」
レベッカがうわごとを繰り返す。
「ラッキー、ラッキー……」
リタが母親のテレサに確かめる。
「ラッキーって、あのシェパード犬のことですよね」
「ええ、レベッカが小さい時からかわいがっていた。それがあの日、公園で行方不明になって、それを探しに行って、何かが起きたのよ。取り乱したレベッカから携帯が入ったので、すぐにかけつけたら、怪我をして倒れていて……」
「警察は?」
「それが捜査を始める前に避難命令が出て。あのあたりは封鎖地域でしょ。今、軍の車両以外は入れないって言うし……」
リタが、枕元に近付く。
「ベッキー私よ、リタよ、ベッキー。お花持ってきたわ」
レベッカはまったく反応しない。ただ、犬の名を呼ぶだけ…。
「うう、うう、ラッキー……」
リタ、真剣に、考え込む。
「やっぱり、ここでジーッとなんてしていてはいけない!やっぱり、こんなことは間違っている。お母さん、ベッキーは私がきっと何とかしますから。絶対なんとかしますから……」
リタは決意を新たに窓から外を見る。
そこには、大きなバリケードが組んであり、その向こうには無人の街がひろがっている。
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