第61話 エルフとの迎撃3

 俺は、両手を歌川に向けた。

 そうすると、歌川が俺の背後に回って来る。

 俺は右手の魔法陣で短剣を受け止めようとしたのだが、歌川が軌道を逸らした。


「ふ~ん。最低限合格の動きと言ったところだな。殺し合いの経験は、済んでいる感じだ。今までで一番早いかもな……」


「……俺の情報は、持っているみたいだな」


 歌川の表情が変わる。

 短剣を引いて、一度距離を取った。


「推測できたかよ?」


「……まあ、多分。ここまで情報をくれればね」


 また、歌川が笑い出した。


「あはは、そうかよ。それでどうする気だ? もう俺は、この先の展開知ってんだよ。それでも抵抗する気かよ?」


 自分で答えを言っていやがる。

 俺が想像したのは、〈タイムリープ〉系のスキル……だけど、どうやら当たりのようだ。


 未来の情報を得ていると思う。

 だけど、目の前にいる歌川は、俺とは異世界でそれほど関わっていないのかもしれない。

 今の俺の詳細な情報を知られていない可能性がある。言動からの推測だけど。

 それならば、不意打ちで行けるだろう。

 俺は、左右の魔法陣を前に出して、防御の構えを取った。

 しかし俺の動作を見た歌川は、意外なことを言い放った。


「あ~。収納魔法だったな。しかも、かなりオリジナルの。殺傷力も高くて、オークを撃退。それと、不可能と言われた治水工事成功とか。噂が立つくらいには、有名だぜ?」


 俺のことを知っている?

 いや……、なにかを狙っている?


「う~ん。どうすっかな~。 向後って有能なんだよな~」


 周りのエルフ達は、警戒を解いていない。臨戦態勢のままだけど、歌川は気にもしてもいない。正直レベルが違うのだろう。歌川が、本気を出す前に決めないと、このエルフの里が終わる。

 俺は、カウンターを狙うしかない。自分から攻撃しに行っても躱されるのが落ちだ。

 それに、警戒していれば不意打ちくらいなら避けられる。


「よし! 決めた!」


 なにかが決まったようだ。


「この里は、残すことにする。代わりになんだが、向後! 近いうちに俺の仲間が会いに行くからさ、協力してくれ。悪い話じゃないだろう?」


 最悪にしか取れないのだけど。

 協力する気がないのも、知られていそうだな。

 俺は、歌川が好きじゃない。それと、仲間……か。


「なにをするか教えて貰えないと、協力するとは言えないんだが……」


「向後にとっても、悪い話じゃないさ。世界規模の話に乗れるんだぜ?」


 ほう、世界規模? 歌川は、色々な情報を持っていそうだな。

 拘束して聞き出したい。


「……それで、さっきからなにをしているんだ?」


「やっと効き始めたか。ちょっと耐性高すぎるよ。体質なのか?」


 歌川がふらついた。瞬時にエルフ達が動く。

 その周囲を、エルフの槍の穂先が埋めた。

 歌川は、諦めたのか、尻もちをつくように、その場に座る。


「まあ、収納魔法を利用した毒の散布かな?」


「はっ。そんなスキルも持っていたのか……。"初見殺し"の異名は伊達じゃねぇな」


 初見殺し? 幾多の戦場を経験すれば、そういう異名も付くのか?

 実際は、風上に立って、濃度100%のアルコールを散布し続けただけだけなんだけど……。気が付かれた場合は、左手の魔法陣を使い、気化したアルコールを液体に戻して、酒浸しにする予定でもいたのだけど、そこまでは必要なかった。

 まあ、この果樹園の中では、匂いですら気が付かなかったと思う。甘い匂いが充満しているし。

 単純に酔わせて、立てなくしただけだけど、樹木に囲まれた閉鎖空間であれば、効果的と言えた。防風林となり、一定時間であれば、空気も滞留している。


「……」


 歌川は、抵抗を見せない。歌川の技能スキルが『死に戻り』だった場合は、殺した場合に、この時間軸では二度と会う事はないのだろうけど、魔法のある世界なんだ。予想外の方法で、再度俺の前に現れる可能性もある。

 視線が合っても、歌川の笑顔は崩れない。余裕だな……。


「俺はさ、向後に会うと、この後どういうルートを取っても上手く行かないんだわ。バタフライ効果ってやつ? この後、直接的にしろ間接的にしろ、互いに干渉し出すんだ。この後の俺は、目的を達成できないって事を知ってるんだ。これは、お互い様なんだけどな。

 つまり、ここでどちらかが死ぬしかないんだよ。でも、向後は今上手くやれているんだろう? 表情から分かるよ。つう訳で、今回は俺が引かせて貰うわ」


 意味が分からない……。だけど、俺と歌川は出会わない方が良かったみたいだ。それと先ほどの言葉からの推測になるけど、俺が今エルフの里にいるのは、本来ありえない事なのか? 歌川は、俺を避けたかったみたいだし。


 俺のこれまでの異世界での生活は、確かに充実していた。

 今は……、強すぎるとも感じている。

 歌川は、なにかを企んでいる。そして、この後俺がなにをすべきかも遠回しに言っている。

 分かっている。歌川は最強クラスの技能スキルの保持者なんだ。

 悔しいが、選択肢がないな。

 従おう。俺は、心を静めた……。


 俺は、右手の魔法陣で歌川に触れた。

 歌川が瞬時に消える。


「トール。先ほどの敵は? いや、敵というか……、知人だったようだが」


「俺の収納魔法の中です。時間回帰系の技能スキル持ちみたいだったので、拘束させて貰いました。

 まあ、物理的に"収納"したので二度と出て来れないでしょうけどね。時間の停止した世界で永遠に眠って貰いたいと思います」


「……黒幕は?」


「吐かせるのは無理と判断しました。多分、ここにいる全員でかかっても歌川には勝てません。最悪、里が消えます……。次に来る奴に期待してください」


 エルフさんは、不満なようだ。

 だけど、貴重な情報源を自ら手放してしまったのも事実だ。


「……なんとか、記憶だけでも"開放"できないかな」


 ため息と愚痴が出た。自分で言っておいてなんだけど、かなり無理のある内容だな。

 世界最強の一角を崩したんだ。喜んでもいい場面だとは思う。だけど、俺の知らない所でなにかが起きているとも思う。

 そして、前の世界でのクラスメート……。予想はしていたけど、俺だけではなかった。それが確認できた。

 しかも、敵対関係という最悪な状況でだ。


「情報が、足りていないんだよな」


 独り呟き、空を見上げた。

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