第31話 治水6

 次の日に、俺も王都に呼び出された。

 ただし、王城ではなくスミス家だ。


「事業の撤退ですか?」


「うむ……。ここまで手伝って貰って悪いのだが、予想外にできが良すぎてね。

 それと、対岸の農地の被害が甚大だ。

 今は冬場で種を蒔いていなかったが、あの地が水没すると国民の半数が飢えることになる」


「そもそも、『できるわけがない』という前提での事業ではなかったのですか?」


「痛いところを突くね。まあ……、実際のところそうなのだが。

 ある程度で良かったのだよ。それをあそこまで使えるようにするとはね……」


 家長のダニエル様の隣にいる、セリーヌ様も困惑の表情だ。


「賠償とかありますか?」


「それはない。事前の取り決めだったからね。

 端的に言うと、スミス家を取り潰す言い訳が欲しかっただけなので、事業の成否は関係ないのだよ」


「無駄な労役ですね……」


「まあ一応、成功ということで、王家より多額の報奨金が出た。それと、スミス家の取り潰しはなくなったよ」


 ダニエル様は、そこだけはいい笑顔を見せた。貴族が見せる貼り付いた笑顔ではない。本音が出たみたいだ。

 王族の問題に首を突っ込む気はないのだけど、国が亡ぶ前兆かもしれないな。

 王都には留まらない方が良さそうだ。

 最悪、内戦に突入すると思う……。


「俺の前の世界での知識になりますが、中州に城を築くと高い防衛力を発揮するそうです。他の農地との兼ね合いもあるかもしれませんが、もしまだあの土地を使う気があるのであれば、農地以外を検討してください」


 ダニエル様が、顎に手をやる。


「……ふむ。覚えておこう。農地以外の活用方法を考えた方がいいのだな」


 人の意見に耳を傾けてくれる人みたいだ。スミス家は、主として申し分のない家だな。俺は、この人達に買われた事自体が、幸運だったみたいだ。

 突然の異世界転移だったけど、何もしていない俺に幸運が舞い降りたと考えるべきか……。収納魔法も含めて。


「それで、トールの功績を認めたいと思う。まず、奴隷契約の解除からだね」


「……お願いします」


 その後、奴隷契約した時に使用した紙が出て来た。

 それにダニエル様がなにかを書いて俺の前に向けられる。


「う。……熱い。痛い」


 首の入れ墨みたいなのが反応した。

 数分後には、痛みが消え、入れ墨も消えていた。


「これで、トールは自由の身だね。異世界召喚者として、この世界を楽しむといいよ」


 ため息しか出ない。

 功績を上げたらお払い箱なのか? この世界は、どうなっているんだ?


「それでなのだが……、新しくスミス家と契約して貰えないだろうか?」


 そう言って、ダニエル様が硬貨と思われる物をテーブルに置いた。

 ここで考える。再契約するか否か……。

 今の俺であれば、生きていく分には問題ないと思う。

 最悪、山の中でのキャンプであっても数年は生きられる自信がある。

 俺の収納魔法はそれくらい有用だ。


『昔の俺であれば、誰も知り合いのいない土地に移ったんだろうな……』


 ここで袖を掴まれた。

 横を向くと、エレナさんが不安そうに震えている。

 俺は天を仰いだ。


「ヴォイド様の開拓村の事業を終わらせたいと思います。

 余りにも中途半端でしたので、心残りがあります。

 その内容で、再契約させて貰ってもよろしいでしょうか?」


 その場にいた全員の表情が明るくなる。


「うむ。前金として金貨10枚を出そう。王家に認められたら、さらに追加で報酬を出す」


 そう言って、テーブルにさらに硬貨が置かれた。価値が分からないのですけどね……。


「エレナさんは、もう開拓村に戻りますか?」


「え……と。ダニエル様の指示次第なのですが」


「ゴホン。しばらく王都観光でもしたらどうかな? 部屋も用意するよ。今は雪の季節で移動も大変だろうし」


 ……なにか企んでるな。それだけは分かる。

 面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。

 少し考えて、テーブルの上の硬貨を受け取った。


「王都観光は、今日だけで十分ですね。

 少し出歩いて来ます。今晩泊めて貰い、明日開拓村へ向かいます。もしくは宿屋でもいいかな」


「……そうか。それでは、今日は豪華なディナーとしよう。

 セリーヌ配下の作業者達も呼んで、盛大なパーティーとしようか」


 皆がわき立つ。ソワソワし出した。


「資金は大丈夫なのですか?」


「ああ、王家より多額の報奨金が出た。今日くらいは使いたいと思う」


 ふむ……。台所事情は苦しそうだけど、お金の使い方は間違っていないな。

 ここで、エレナさんがソワソワしているのに気が付く。


「エレナさん。今日は時間ありますか? それともパーティーの準備に参加しますか?」


「え……と」


 侍女なのだ。料理とか作りたいのだと思う。

 だけど、セリーヌ様が割り込んで来た。


「エレナは、トールの案内をお願いします」


「……はい」


 少し葛藤があるみたいだ。

 でも、今日は俺に付いて来て貰おうと思う。

 少し、傲慢かもしれないけど、それくらいは働いたと思うので、我がままを言ってもいいと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る