第4話 移動1

 今俺は、競売で買われて、移動中だ。目的地は、まだ分からない。


「おはようございます」


「おはよう……」


 この10日間で、簡単な会話だけはできるようになった。

 まあ、例文を100個暗記しただけだけど。

 発音が難しいけど、英語みたいに母音が複数あると理解できれば、それほどでもなかった。

 長い間、他人とは話さない生活をしていたので、喉が枯れていたのも悪かったな。舌の動きも悪かったけど、言語だけは理解しなければ始まらない。

 俺としては、結構頑張ったかもしれないな。

 それでも、意思疎通できるというのは、かなり安心する。


 話を聞いて、今分かっているのは、これから開拓村へ行くと言うことだけだった。

 要は、未開発の辺境に行くらしい。


 俺を買った貴族の男性は、ヴォイド様と言うらしい。見た目は20歳くらいだけど、俺の予想は当てにならない。まあ、金髪のイケメン貴族かな?

 侯爵家……それなりに高地位の貴族の三男で、お家の事情から辺境の開拓を引き受けたのだとか……。

 人手不足のため、人材確保に来たのだけど、そこで俺を見つけたらしい。


 開拓村は、とても不人気であり、奴隷くらいしか集まらないとも聞いた。

 家から支給される資金にも限りがあり、最安値の俺を買った……と。

 オークションに出品される、"異世界人"は珍しい〈スキル〉持ちが多いので人気があるのだそうだ。

 ただし、俺みたいな〈ハズレ〉もいる。

 ヴォイド様は、その〈ハズレ〉を買いに来たということらしい。

 そして、俺が買われた……と。


 まあ、最悪ではないかな。

 異世界転移させられたのは、悪かったけど。

 そう言えば、競売の時に、俺以外に黒目黒髪はいないかと聞いたら、見かけなかったと返って来た。

 ただしこれだけで、俺だけであるとは言い切れない。〈言語理解〉を持つ女性に聞いても、無視されたし。

 俺が選ばれた理由……。生き延びられれば、調べることもできるかもしれない。

 まあ、今は置いておこう。


 開拓村へは、まだまだかかるらしい。休憩と食事の為馬車が止まった。

 火を起こして、鍋料理の準備を始めたのだ。全員が、それぞれの仕事を始めた。

 だけど、物資不足みたいだ。特に燃料がなく、薪集めに苦労している。


 俺は、切り株を"収納"した。

 そして焚火の前で、"開放"する。粉々になった、木片が出てきた。


「……燃やしてください」


 まだ、複雑な単語は覚えていない。『薪』とはなんと発音するんだろう?

 だけど、全員が驚いている。

 まあ、切り株の掘り起こしなど、かなりの労力がかかるはずだ。それを、魔法で一瞬でできる。


 形を保てない収納魔法……。


 使い方次第だと思う。

 その後、食事を頂いた。

 ヴォイド様も俺と同じ物を食べるんだな……。





 それからと言うもの、ヴォイド様の侍女の一人が俺の教育係となった。いや、監視役かな?

 川沿いに進んでいるのだけど、飲料水にするのには煮沸消毒している。


「水を確保してください」


 少し話をしたのだけど、俺にも仕事が与えられるようになった。収納魔法で水を確保する。俺の魔法は、バケツの代わりにもなるな……。

 護衛は、一人だけ残り二人は食料の確保に向かったのだそうだ。

 ここで聞いてみる。


「食料は、足らないのですか?」


「あなたを買った代金で、食事代もなくなりました……」


 そこまで資金難に直面しているのか? 仮にも貴族だろう?

 かなりの疑問が残る。

 しばらく待つと、護衛の騎兵が、鹿を狩って来た。

 血抜きをしてから、皮を剥いでいる。結構グロいな……。

 その後、また鍋料理だ。移動中は、鍋料理なのかな?

 無言で食べる。塩味しかしないけど、今の俺は奴隷なんだ。不満など言えない。


「……味はどうかな?」


 不意に声をかけられた。

 ヴォイド様からだ。

 侍女を見ると、目で速く返事をしろと言っている。


「美味しくはありませんね」


「はは、そうだよな。異世界人は、舌が肥えているらしい。

 餓死を選んだ者もいると聞いたことがあるよ」


 流石に調味料が少ないと思うけど、疑問も残るな。異世界人が呼べるのであれば、文化が花開いてもいいはずだ。

 食事など真っ先に改善されるだろうに。

 目の前の食事を見る。

 まず、胡椒が使われていなかった。肉は獣臭い。トマト等のうまみ成分もなかった。


 それと、貴族のイメージが崩れた。

 奴隷に直接話しかけるなど、貴族の威厳が損なわれると思うのだけどな……。

 だけど、騎士も侍女達も何も言わない。無言で食べている。


 その後、少ない会話で朝食が終わり、移動が開始された。

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