第60話 父のドラマ
目を覚ましてしばらくは、ぼんやりと周囲を見ていた。
見ると言うほど意識をしていたわけでもなく、ただ視界に入ってくるだけ。
外の音も聞いていれば、ここが病院だと何となくわかってくる。
「起きましたか?」
女性の声。
「
「……はい」
「気分が悪かったりしませんか?」
「あちこち、痛い、です」
「吐き気なんかは?」
「……ありません、たぶん」
話している間に相手が女性看護師だと理解する。
意識を取り戻した僕の体調を確認して、安静にしていて下さいと言って出ていった。
しばらくしてから医師らしい人が来て、やはり似たような質問をする。
丈夫な体に産んでくれた親御さんに感謝ですね、なんて言って出ていった。
そんなことを感謝したことはなかった。
病気やケガをすると健康の有難さがわかると言うけれど本当だ。
亡き母を思って目を閉じたら、そのまま眠ってしまった。
次に目を覚ましたのは人の気配を感じて。
見れば、ずいぶんと痩せた印象を受ける初老の男性が部屋にいた。
僕の記憶より、だいぶ痩せた。
「……父さん」
「久しぶりだな、司綿」
ゆっくりと頷いて、怪我をしていない僕の足の辺りを労るように軽くぽんぽんと撫でる。
その手も、僕の記憶よりずいぶんと小さく感じる。
ニート時代を含めて、父をまともに見るのはずいぶんと久しぶりだ。
「元気そうでないのは残念だけどな」
「……ごめん」
心配をかけて、ごめん。
ひどい迷惑と苦労をかけて、ごめんなさい。
「ごめん、僕は……僕のせいで……」
「謝るのは父さんの方だ」
今度は横に首を振りながら、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
「お前の無実を証明してやることもできないで、十年以上も……情けない父親だ」
「そんな、こと……」
疑われても仕方ない人生を歩んでいた。
誰に悪意があったにしても、僕がもっとしっかりしていれば違ったかもしれない。
責任が父にあるなんて言えない。
「舞彩さんからだいたいの話は聞いた」
舞彩。そうだ。
こんな状況で僕は病院に運ばれたけれど、舞彩は大丈夫なのだろうか。詩絵は。
「話を聞いて父さんなぁ、嬉しかったんだぞ」
「……」
「司綿、お前」
手を伸ばして、まるで子供にそうするように頭を撫でた。
「女の子を守ったんだってな。あの夜も」
「……」
「よく頑張った。父さんと母さんの、自慢の息子だ」
泣いた。
とめどなく涙が溢れて、止まらなくて。
正しいことをやった。頑張った。
そう認めてもらえたことがただ嬉しくて、嬉しくて。
病室の天井を見上げたまま、声もないまま涙を流し続けた。
◆ ◇ ◆
「今日の夜には緊急会見だそうだが、ニュースはこれ一色だからな」
落ち着いた僕に状況を説明しようと、父さんが小さな端末でネットニュースを検索する。
病室のテレビというのは患者の持ち込みらしい。Wi-Fi環境があるから今どきは必要としない人の方が多いのだと。
――卑金代議士の息子で地方県議会議員の、
――第一報を伝えた海外メディアでは、既にこれが本人の肉声と99%合致すると検証されており。
――会話記録にあるガモウという人物については、同県内で同日に二度の衝突事故被害者に該当者が。
「……これは」
「
「兄さん?」
父母と同じく僕のせいで多大な迷惑をかけてしまった兄。
僕のことを怒っていると思っていたけれど。
「あいつも、お前が無実だって……直一が言い出したんだ。お前が刑務所にいる時に」
「兄さんが僕を……」
許してくれた。信じてくれた。
絶望と諦めの中に沈んでいた僕のことを、無実だと。
「それから色々と調べ直したり、
「父さんが……
「刑事ドラマみたいだろう?」
にっと笑う。
なるほど。中二病的だと思ったけれどそうではなくて、昭和の刑事ドラマの印象だったのか。
だとすれば。
「兄さんが……そうか、兄さんがフクロウだ」
「当初は、干溜の娘が何を考えてお前のことを探っているのかわからなかった。お前が無実だとすれば……」
「うん」
父と兄から見れば、詩絵と舞彩は僕を牢獄送りにした干溜埜埜の娘。
敵かもしれないと警戒したのはわかる。
「詩絵が僕の住所を知っていたのは?」
「こちらから流した。お前を囮にすることになってしまうが、相手の内側に入り込むきっかけになるかもしれないと」
「……」
「悪かった。その時点ではもう楚嘉姉妹が干溜と関係が悪いとはわかっていた。まさか強引に押しかけるとは思ってもいなかった」
出所した当日に押しかけ同棲なんて、誰も予想できない。
せいぜいが少しずつ接点を、という程度だと考えたのは無理もないか。
「お前にとって良くないことなら、父さんのアパートに連れて帰ろうかと様子を見に行ったんだ」
「……」
「手を繋いで洗濯機運んでいるところを見たら、なぁ……」
「やめてくれ」
見られていた。
父親にそんな光景を目撃されていたと聞かされ、とてもバツが悪い。
渋面になる僕と苦笑いの父。
「てっきり父さん、あの子がお前のお嫁さんだと思っていて……だから
「ああ……あぁ、それで……」
スナックで詩絵が娥孟と鉢合わせた時、
父が詩絵の危機を救ってくれた。偶然ではなく。
「……詩絵は?」
聞いてみる。
答えは、僕の考える最悪よりは良かった。
「今は留置所だ」
「そう」
早く退院して会いに行こう。
あそこは何もなくて、悪いことを考える時間ばかり余らせてしまうから。
◆ ◇ ◆
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