第47話:あなたの誕生日まであと10日
7月10日土曜日。私ははるちゃんと夏美ちゃんと共に、誕生日プレゼントを買うためにショッピングモールに来ていた。16日が森くんの誕生日、20日が海菜の誕生日。星野くんの誕生日は2月22日だが、はるちゃんは付き添い。
「はー……この解放感……たまらん……」
「テストの後が土日って最高だよね」
「なー」
昨日までテストだった。私はいつも通りの手応えだったから特に心配はないが、久我くんが一教科終わるたびに青ざめた顔をしていたのが気になってしまう。大丈夫だろうか。まぁ、大丈夫じゃなくとも、夏休みに彼と遊ぶ約束をしているわけではないため、私にはあまり関係ないのだが。
「夏休みまであと10日だね」
「なー。早いよな。ユリエル夏休みなんか予定ある?」
「特には……」
「花火大会とか行かんの?王子とさ。毎年8月の第二土曜日にやってるじゃん」
確かにあるが、ほとんど行ったことはない。一緒に行くような友人は居なかったから。幼い頃に母と行った記憶がおぼろげに残っているくらいだ。
「あたしは毎年はると一緒に行ってる。今年はまぁ、雨音と行くけど」
「私も望くん誘おうかな」
「ただなぁ……あいつ、可愛いからさぁナンパされんか心配……」
「彼氏目線じゃん。てか、ナンパされても森くんなら大丈夫でしょ。腕掴まれても投げ飛ばしそう」
「それはちる」
満ちゃんは最近、しつこく言い寄ってくる男子を片っ端から投げ倒しているらしい。満ちゃんのことを気になっていると言っていた男子が『投げられるからやめておけ』と止められていた。浮き始めているが、本人は『今更誰にどんな評価されようが、よっぽどのことがない限りお前らは私を見捨てないだろ?だから噂になったって関係ないよ』と笑って『それに、なんかあったら教祖様がなんとかするし』と続けた。教祖様というのは海菜のことらしい。確かに、信者のように海菜を盲信している人はそこそこいる。言い得て妙なあだ名だ。
しかし……海菜と花火大会か……。浴衣を着るとしても男性用なのだろう。彼女にはやはりそっちの方が似合う。いや、似合いすぎてちょっと……。
「……花火大会って、私服で行く? 浴衣?」
「あたしらは毎年浴衣着てるよ。今年も浴衣着る」
「……浴衣男子って破壊力高くない? 望くんが浴衣着てきたら私、死ぬかも」
「王子も絶対似合う。ユリエルは浴衣着るの?」
「そうね。行くならそうしようかしら」
「……浴衣姿のユリエル、絶対エロい」
「エロいとか言わないで」
「ごめんごめん。ついでだし浴衣とか水着とか見ようぜ」
「プレゼントが先だよ。なっちゃん、絶対本来の目的忘れるから」
「うぃーっす」
海菜からはネックレスと香水を貰った。自分用にも香水を買っていたから、香水は候補から除外するとして、ネックレスはいいかも知れない。
「雨音、何がいいかなぁ……やっぱコスメ? ユリエルはどうするの?」
「ネックレス貰ったから……私もネックレス返そうかなって思ってる。あと、香水も貰ったけど、自分用にも買ってたから……」
「香水か……それいいな。てか、もしかして今その香水つけてる?」
「えぇ」
「通りでなんか良い匂いすると思った。大人の女って感じ。ちょっと抱きついて良い?」
と聞きながら、許可を出す前に横から抱きついてくる夏美ちゃん。
「やば……エロい女の匂いする」
「……他に表現ないの?」
「香水といえば、オーダーメイドのお店最近流行りだよね」
「香水作ってくれんの?」
「うん。推しをイメージした香水作ってもらえるってヲタクの間で話題になってる。私も作ってもらったことあるけど、凄いよ。ほんとにイメージ通りの香りが出来上がるから」
「……ふーん」
「……な、なんですか」
「……いや、ちょっとキモいなって」
「さ、さすがに望くんをイメージした香水は作ってないからね!」
「何も言ってないじゃん」
はるちゃんならやりかねない。いや、海菜もそういうことしそうだ。……まぁ、私も人のことは言えないが。
「ユリエルが貰った香水はオーダーメイド?」
「市販のものよ。ここの香水専門店で買ったって」
「ふぅん……ちょっと見に行っていい?」
「えぇ。行きましょうか」
香水専門店に向かう。途中、アクセサリーショップを見つけた。二人に断り、先にそちらに寄ることにした。
「いらっしゃいませー」
店内で二人と別れて奥に進み、ネックレスのコーナーを見に行く。
「あ……」
そこで、今私がつけている、海菜から誕生日プレゼントで貰った百合のネックレスを見つけた。彼女はここでこれを買ったのだろうか。そう思いながらネックレスを眺めていると
「あら……お客様もしかして……そのネックレス、彼氏さんからの誕生日プレゼントですか?」
女性店員に声をかけられた。彼氏ではないが、面倒なので訂正せずに肯定すると店員は「やっぱり! 先月、同じネックレスを買って行ったお客様がいらしたんですよ」と少々興奮した様子で語り始めた。
「お返しですか?」
「えぇ。今月誕生日なんです。百合が私の誕生花なので、誕生花で返そうかと思ったのですが…」
ひまわりのネックレスはないし、あっても彼女には似合わない気がする。他にもピンクのブーゲンビリアやトルコキキョウが誕生花だと聞いているが、どんな花か分からない。
「誕生花ですか……おしゃれですね」
「あの人はひまわりが誕生花なんです。……ひまわりには"あなただけを見つめる"っていう花言葉があるんですけど、その言葉通り一途な人で……」
と、語りかけてしまったところで、思わず惚気てしまったことが恥ずかしくなる。謝ると「ラブラブですね」と笑われてしまった。恥ずかしい。
「あ、では誕生石のネックレスはどうでしょうか。今月が誕生日ということでしたら、誕生石はルビーなので……こちらですね」
値段は税込で八千円。予算は彼女と同じく一万円に設定している。お釣りが二千円。
「……じゃあ、これにします」
「はい。お買い上げありがとうございまーす」
ネックレスを買って夏美ちゃん達と合流する。海菜からは二つ貰ったから私も何かもう一つ付けたい。
「二人は何買ったの?」
「あたしはイヤリング。蝶々の」
夏美ちゃんが取り出したのは蝶々の形をしたイヤリング。鮮やかな青色の蝶々だ。
「森くんに?」
「うん。あと香水付けようかな」
「はるちゃんは?」
「私は特に何も。ゆりちゃんは?」
「ネックレス。ルビーの」
「高そう」
「予算内だから大丈夫よ。さぁ、次行きましょうか」
香水の専門店に向かい、森くんに似合いそうな香水を選び、それを買い終わった頃に夏美ちゃんのお腹が昼の時間だと訴えた。
「どっかでご飯食べよう。お腹空いた」
「そうね」
レストラン街へ向かい、適当なカフェに入る。
注文を待っていると、ふと隣の席から視線を感じた。ちらっと見るとストローを咥えた一人の男性と目が合った。藤井先輩だ。すぐに逸らされ、見るなと言わんばかりに手で顔を隠す。
彼の向かい側には空美さんが居た。デートなのだろう。そっとしておこう。
そう思った矢先
「あれ? みぃちゃん先輩?」
夏美ちゃんが空美さんに気付いて声をかけてしまった。その声で空美さんも私達に気づき「偶然だねー」とにこにこ笑いながら両手を私達の方に伸ばして振る。藤井先輩は少し不満そうに肘をついてそっぽを向いてしまった。それを見て夏美ちゃんがハッとする。
「すみません。デートの邪魔でした?」
「ん……あぁ、今日はデートじゃないよ。うみちゃんの誕生日プレゼント買いに来ただけ。今は二人だけど……あ、来た来た」
空美さんが手を振った方に注目する。男性二人が手を振りながら近づいてきていた。一人は見覚えがある。海菜と同じ店でバイトをしていた海菜の従兄弟だ。もう一人の男性も見覚えがあるような気がするが、はっきりとは思い出せない。
「お
「久しぶり、みぃちゃん、まこちゃん」
「あれ? 君は……」
席に座った海菜の従兄弟——空美さんのお兄さんが私に気づき「こんにちは」と微笑む。会釈をして挨拶を返す。
「カズくんの知り合い?」
「私の後輩ちゃん達だよ。で、うみちゃんの彼女さん」
空美さんが私を手で指す。
「あぁ。海菜の。初めまして。僕は海菜の兄の
あぁ、なるほど。以前、海菜から兄の写真を見せてもらったことがある。だから見覚えがあったのか。
こちらもそれぞれ自己紹介を返す。
「……てか、顔面偏差値やば。まこちゃん先輩除いたら芸能人の集まりじゃん」
「おい。さりげなく俺をディスってんじゃねぇよ」
「みぃちゃんとカズくんはともかく、僕は普通だよ」
「湊さん、俺は?」
「……あははー」
藤井先輩の問いをへらへらと笑ってかわす湊さん。顔はあまり海菜に似ていないが、その笑い方や柔らかい雰囲気は少し海菜に似ているかも知れない。
「ちなみに、そこのちっこい子は望くんの彼女さんです」
空美さんがはるちゃんを手で指す。どうもと照れ笑いするはるちゃん。藤井先輩は知らされていなかったのか、戸惑うように空美さんとはるちゃんを交互に見る。
「あはは。私もこの間たまたま望くんとデートしてるところ見かけて、そこで初めて聞かされたから」
「青春してるねぇ……」
「お兄さん達は恋人居ないんすか?」
「僕は居ないけど、カズくんは居るよ。高二の頃から付き合ってる彼女が」
「えっ、なのに彼女さんじゃなくて従兄弟と同棲?」
「彼女はまだ高校生だから。どちらにせよ、成人するまでは同棲はさせないって彼女の両親に言われちゃってるし……」
「……未成年と付き合ってるんすか……」
「未成年と言っても、一つしか変わらないよ。俺もまだ未成年だよ」
夏美ちゃんから訝しげな視線を向けられ、苦笑いする和希さん。見た目は成人しているように見えるが、そういえば三つ年上だと言っていた。私が先月16歳になったばかりだから、誕生日を迎えていなければまだ18歳だ。
「お兄、老けてるもんね」
「大人びてるって言ってくれないか……」
老け顔というわけではないが、雰囲気や声のトーンが落ち着いているからだろう。大人の余裕があるというのだろうか。対して海菜のお兄さんの湊さんは、なんだか可愛らしい雰囲気だ。僕という一人称のせいもあるかもしれない。そういえば以前、湊さんと海菜はあまり似てないと藤井先輩が言っていた。そうだろうか。顔以外はなんとなく似ているような気がするが。じっと観察していると目が合い、なぁに? と優しく微笑まれてしまった。やっぱり、笑った時の雰囲気が似ている。
「……海菜のお兄さんなんだなぁと思いまして」
「海菜の兄だよ。僕と海菜、似てる? あまり似てないってよく言われるんだけどなぁ」
「雰囲気が似てます。優しそうな雰囲気が」
「……小桜さん、海菜のこと美化しすぎじゃね?」
藤井先輩が苦笑いする。
「優しそうなだけだろ。腹ん中は真っ黒だぞ。あいつ」
分かっている。私は彼女の醜いところも、ちゃんと見ているつもりだ。
「心配しなくても私は、彼女の優しいところしか見ていないわけじゃないですよ」
私は彼女の信者ではない。崇拝しているわけではない。一人の人間として—対等な立場の人間として愛している。
だから、彼女の醜い一面を見ても、よっぽどのことではない限り失望したりはしない。
「……なるほどね。海菜が惚れるわけだ」
湊さんが優しい顔をして呟く。続けて「小桜さんはあのクソ野郎には勿体無いな」と藤井先輩。口は悪いが、海菜に対する愛は十分伝わる。
「藤井先輩、海菜のこと大好きですね?」
「……あんた、憎たらしいところがあいつに似てきたな」
そう言ってふいっとそっぽを向く藤井先輩。「今、まこちゃんを弄るうみちゃんと同じ顔してたよ」と空美さん。
「夫婦は似てくるってほんとなんだね」
はるちゃんがニヤニヤしながら呟く。
「……誰が夫婦よ」
そんな意地悪な顔をしていただろうか。心外だ。
「じゃあね、百合香ちゃん達」
「またねー」
食事が終わったところで空美さん達と別れ、さて、残る予算は二千円だ。
雑貨屋で予算内に収まるものを探していると、ふと手のひらサイズの植木鉢に収まるミニサボテンを見つけた。値段は五百円。彼女の家の庭の花壇を見ると手入れされているのがよくわかる。ガーデニングが好きらしい。観葉植物をプレゼントするのはいいかもしれない。
「サボテン?いいじゃん」
「海菜ちゃん観葉植物好きそうだもんね」
「えぇ。これにする」
数あるサボテンの中から、まんまるとして可愛らしいサボテンを選ぶ。
「サボテンかぁ…」
はるちゃんが意味深に呟く。何?と問うと、別にとニヤニヤした。
「ふふ。海菜ちゃん花言葉好きだもんね。きっと喜ぶよ」
「花言葉……」
気になってレジに行く前に調べてみる。サボテンの花言葉は……
「……枯れない愛」
貰った海菜の憎たらしいにやけ顔が浮かぶ。
だけど……まぁ、あの顔もなんだかんだで嫌いではない。
「……買ってくるわね」
「あ、結局買うんだ」
丸いミニサボテンを持ってレジに向かう。
これで誕生日プレゼントは決まった。ネックレスとサボテン。誕生日まであと10日。彼女の喜ぶ顔が楽しみだ。
と思うと同時に。
『私の誕生日には君を頂戴ね』
という彼女の言葉が蘇ってしまった。
彼女の誕生日まであと10日。プレゼントはネックレスとサボテン——そして、私。
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