第31話:一日目・昼
数時間バスに乗り、途中で休憩を挟み、昼前にようやく目的地に着いた。野外センターに荷物を置き、制服からジャージに着替えてこれから昼食を作る。
昼食はカレー。もちろん、自分達で作る。野外学習の醍醐味だ。
「と、いうわけでまずは薪割りからやるから各班、体力に自信があるやつ一人か二人ずつ来てくれ」
小中の野外学習はそこまでしなかった。本格的だ。
私の班は私、海菜、満ちゃん、それから久我くんと加瀬くん。
「俺、薪割り行きたい。残っても戦力外なんで。あと、薪割り楽しそうだし」
「知っての通り体力ないので残らせてください」
薪割りなんてしたことないが、大変なのは分かる。料理が得意なわけでもないが、薪割りよりは戦力になるだろう。私も残りたいと主張すると全会一致で「残った方が良い」と返ってきた。
「じゃあ久我くんと満ちゃん、薪割りお願いね」
「あ? ちょっと待て、普通じゃんけんだろ」
「……満ちゃん、適材適所って言葉知ってる?私はどっちに行っても大丈夫だけど、君はこっちに残って何ができるの?」
静かな怒りが空気を凍らせる。珍しく怒っている理由を聞くと、小学生の頃の野外学習で、満ちゃんが米を洗おうとして全て流してしまったという事件があったのだと海菜は語る。結局他の班からご飯を少しずつ分けてもらったそうだ。
「……今は米くらいは洗え「こっちは私達に任せて薪割り行っておいで」…はい」
満ちゃんの言葉を途中で遮り、笑顔で圧をかける海菜。相当根に持っているのが伝わってくる。普段は強気な満ちゃんも流石に気圧されてしまい、大人しく久我くんと薪割りに行った。
「…確かに米無しカレーは勘弁してほしいかも…」
「私も二度とごめんだよあれは。で、泉くんは普段から料理するの?」
「うん。うちは母子家庭で三人姉弟だからね。家事はほとんど姉弟三人でやってるよ」
私も母子家庭——ではないが、それに近い。しかし自分で料理をし始めたのは最近だ。手伝ってはいたが、一人ではさせてもらえなかった。いや、一人でやるからと主張しなかった私も悪い。
「そっか。じゃあお米任せても大丈夫だね」
「大丈夫…だけど…今の話聞いた後だとなんかちょっとプレッシャー感じちゃうから鈴木くんにお願いしていいかな…」
「あはは…はぁい」
「私は野菜の皮剥きするわね」
「…じゃあ俺は先に肉切っちゃうか…」
それぞれ分かれて作業を始める。普段からやっていると言うだけあって手際が良い。海菜もすぐに米を洗い終わり、私の剥いた野菜を切り始めた。
隣でとんとんとんとん…と素早い包丁捌きを見せる海菜のことが気になってつい盗み見をしてしまう。すると目がばっちりと合ってしまった。
「百合香、早く剥かないと私、暇しちゃうよ?」
小馬鹿にするようにふっと鼻で笑いながら優しい声で言われてしまい悔しくなりにんじんに視線を戻す。
「…まーだーかーなー」
「プレッシャーかけないで」
「ふふ。ごめん。玉ねぎ貰うね」
彼女が玉ねぎの端を切り落として一個ずつ皮を剥いている隙ににんじんをまな板の上に置き、次のにんじん取り掛かる。しかし剥き終わった頃には海菜は既に暇そうに待っていた。
渡すと「お疲れ様」と笑って慣れた手つきでにんじんを乱切りにする。あとはじゃがいもだけだが、酸化して色が変わってしまうので火がつくまでは剥けない。
「暇になっちゃったね」
「…鈴木くんって、本当に何でもできるね」
「そんなことないよ。君みたいにギター弾けないし」
「…ベースが弾けるなら弾けるでしょう」
「えっ、鈴木くんベース弾けるの?」
「音楽部の見学の時に弾いてたわよ」
「ちょっとだけね」
「うわ…絶対似合う…てか…ずるいなぁ…どうせ他の学校も出来るんでしょ?」
「んー…リコーダーと…あと…あ、ピアノはみぃちゃんから教えて貰ったからちょっと弾けるよ。ちょっとだけね」
空美さんはドラム担当だが、校歌斉唱の時や見学の時にピアノを弾いていた。…そういえば、海菜の初恋の人もピアノが弾けると言っていた。やはり空美さんが初恋の人なのだろうか。
「みぃちゃん…あぁ、安藤先輩?従姉妹なんだっけ」
「うん。そう」
「先輩もハイスペックだよね」
「みぃちゃん?うん。音楽の才能はあると思う。絶対音感持ちだし、曲作れるし。私は絶対音感ないし、曲も作れない」
「…俺もだよ。先輩達は五人中三人が絶対音感持ちだけど」
五人中三人というと半数以上だ。絶対音感を持つ人の割合がどれほどかは知らないが、それほど多いものではないと思う。
「加瀬くんはギター始めてどれくらいなの?」
「三年弱。中学入ってから始めたんだ。姉さんが高校でバンド始めて、それに影響されて、姉さんから習い始めたんだ。…鈴木くんはベース弾けるって言ってたけど、誰から習ったの?」
「父さん」
「…もしかして、親も何でもできる感じ?」
「母さんは割と何でもこなしちゃうけど、父さんはあんまり。兄貴も不器用だし、私は母さん似なんだろうね」
顔も雰囲気もよく似ている。…チャラそうなところとか。けど、両親ともに優しそうな人だ。海菜と同じ優しくて柔らかい雰囲気を纏っている。兄には会ったことないが、きっと兄も優しい人なのだろう。
「お。薪割り班返ってきたね」
海菜の視線を追うと、薪を担いだ満ちゃんが近づいてくるのが見えた。久我くんは疲れ果てたのか俯きながら歩いている。座り込んでしまった。満ちゃんがそれに気づき、彼が抱えていた薪も追加して担いで小走りで近づいてきた。
「火も自分達で起こせって」
「えぇ…マジか…やり方教えて貰ったの?」
「うん。ちょっと待ってろ。すぐつける」
そう言いながら満ちゃんは手際良く薪を組み立てていく。組み立て終わったところで、立ち止まって俯いて肩で息をしている久我くんの方を見て、舌打ちをしてから彼の元へ走り、小さな紙袋を奪って戻ってきた。
その中に入っていたのは真っ直ぐな円柱の細い木の棒と、穴が空いた木の板。
板を足で押さえて、穴に棒を差し込んで、棒を挟んだ手を擦り合わせて回す。よく見る原始的な火起こし方法だ。
何度も擦り合わせていると、1分もたたないうちに煙が出てきた。出来上がった火種をおが屑と一緒に麻布で包み、薪のそばにおいて息を吹きかける。薪に火がついた。思わず拍手をしてしまう。
「うわっ!ついてる!はやっ!」
ようやく合流した久我くんが荒い呼吸をしながら叫ぶ。よほど疲れたのか座り込んでしまった。
他の班から視線が集まる。ざっと見た限りではまだ火がついているところはない。
「お疲れ様、久我くん」
「私の方が働いた。労え」
「はいはい。お疲れ様」
「…月島さん…体力底なしすぎない…?俺もう駄目…あとは…頼んだ……ガクッ…」
そのまま後ろに倒れ込み、目を閉じてしまう久我くん。満ちゃんは汗はかいているものの、久我くんほど疲れ果ててはいないようだ。『私の方が働いた』というが、二人の様子を見たら久我くんの方が働いた感がある。
「二人ともお疲れ様。そのまま休んでて」
早速、火の上の金網に米の入った飯ごうを乗せ、隣の金網の下の薪にも火を移し、米が炊けるのを待つうちにカレーの調理を始める。ここからしばらくは一人で十分だ。海菜に任せ、ご飯の様子を気にしつつ、軽量カップに水を用意して彼女の側に置き、調理をする姿を横から見守る。満ちゃんは久我くんの側に座って休憩を始めた。加瀬くんも一言断って、座って私達の様子を見守る。
「百合香も座ってていいよ」
「…大丈夫」
「ふふ。私の隣がいいって?」
「言ってない。ちゃんと手元見て。焦げるわよ」
「ふふ。はぁい」
海菜の言う通りだが、それを認めるのは悔しい。
「…なんかさー、二人並んでると夫婦みたいだね」
久我くんが私達の方を見て呟く。それを聞いて海菜が「だって」と私を見てニヤニヤする。今朝妄想していた彼女との結婚式を思い出してしまい、身体が熱くなる。
「ふふ。真っ赤。可愛い」
私を揶揄う彼女のにやけ顔を無理矢理鍋の方に向け直す。
するとちょうどタイマーが鳴った。飯ごうを火から降ろす合図だ。手伝うよと加瀬くんが駆けつけて新聞紙を敷いてくれた。
トングを使い、新聞の上に飯ごうを降ろし、ひっくり返してから15分のタイマーをセットする。
「…あー…お腹空いてきた…」
空を見上げたまま久我くんが呟くと、ぐぎゅるるる…と彼の方から音が聞こえてきた。注目すると、恥ずかしそうに顔を隠した。
「鈴木のところ早いな。みんな火起こしに手間取ってたのに」
様子を見に来た三崎先生が鍋を覗き込みながら言う。手にはライターを持っていた。どうしても火を起こせなかった班は先生達がつけてまわっているらしい。
「私が一発でつけてやりましたよ」
自分自身を親指で指してドヤ顔をする満ちゃん。
「はははっ。流石月島。で、そこに倒れてるのは誰だ?久我か?」
先生が苦笑いしながら「大丈夫?」と声をかけると、久我くんは寝転がったまま「生きてまーす」と手を振った。通りすがりの付き添いで来たカメラマンの男性がその様子を撮影する。久我くんはシャッター音に気付くと、勢いよく起き上がってカメラに向かって笑顔を浮かべてダブルピースをする。
「良い笑顔だねー」
「ありがとうございまーす」
「先生も入ってください」
「あ、はい。ありがとうございます」
三崎先生も久我くん達に混じり写真を撮る。
「先生ー!ちょっと来てくださーい!」
「おー!どうしたー!じゃあみんな、頑張ってな」
三崎先生が居なくなると、カメラマンは回り込んで私達にカメラを向ける。すると海菜は片手で鍋をかき混ぜながら私の腰を抱き寄せて頭を寄せた。
「あははっ。ラブラブだねぇ」
「ふふ。ありがとうございます」
カメラマンが撮ってくれた写真は後日販売される。今撮られた写真が並べられるかと思うと…。
恥ずかしくて仕方がない。
「…馬鹿」
「ふふ」
満ちゃん達の冷めた視線が突き刺さる。
「バカップル、カレーまだー?」
「バカップルって言わないで」
「バカップルじゃん。人目も気にせずイチャイチャして」
「…海菜が勝手にくっついてくるのよ」
「あはは。ごめんね。カレーはもう出来るよ。ご飯も多分そろそろ…」
タイマーが鳴る。ご飯はこれで出来上がりだ。タイマーに反応して久我くん達がやってきて、頼まなくてもご飯を盛り付け始めてくれた。
「俺ちょっと多めにして良い?めっちゃ働いたし」
「私の方が働いた」
「たしかにそうだけどさぁ…」
「ユリエル、ご飯少なめ?」
「えぇ。少なめで」
満ちゃんがこれくらい?と見せてくれたご飯の量は一口サイズだった。流石に少なすぎる。
「悪い悪い。冗談。これくらいか?」
くすくす笑いながらご飯を足す満ちゃん。
「えぇ。ありがとう」
「俺も同じくらいで」
「泉くん…いっぱい食べないと大きくなれないぞー?」
ペシペシと加瀬くんの頭を叩く久我くん。
「…5㎝しか変わらないくせに偉そうに…」
「…いっぱい食べたって大きくなれないやつはなれないんだよなぁ」
ご飯を山盛りにしながらため息をつく満ちゃん。あの山は自分の分だろうか。…ちゃんと他の二人の分を考えて盛っているのだろうか。
「…月島さんは胸に栄養全部いってるからじゃね?」
「うわ、セクハラ。キモっ。そんなんだから童貞なんだよ」
「…今のは俺も悪かったけど、童貞って言うのも充分セクハラだと思う」
「DT」
「意味変わんねぇじゃねぇか」
火を止めた海菜が、すっ…と私の耳を両手で塞ぐ。以前も童貞がどうのこうの言っていて、知らなくて良い言葉だと理解しつつも興味本位で調べてしまったから意味はもう分かる…なんて言ったら海菜に引かれてしまうだろうか。いや…自分の声を録音して『使っていいよ』なんて言うくらいだから別にそんなことで引いたりはしないか。
なんてことを考えていたらあの日のことを思い出してしまった。
『百合香…愛してるよ』
という囁き声と、布擦れの音。あの時海菜はあの音声をどんな顔で録音していたのだろうか。考えると、身体が芯から沸騰するように熱くなる。
「三人とも、ご飯の盛り付け終わった?カレー出来たよ」
私の耳を塞いだまま呆れるような声で海菜が彼らに問いかける。すると満ちゃんが親指を立てて盛り付けたご飯を持ってきてくれた。
「やったー!ご飯だー!」
久我くんの喜びの叫びと共に彼の腹の根もぐぎゅるるる…と叫ぶ。
「ふふ。お腹空いてるんだねぇ。頑張ったもんね。たくさんおたべ」
微笑ましそうにそういう海菜は小さい孫を見るおばあちゃんのようだ。
「ばあちゃん、私、大盛り」
「はいはい。たくさんお食べ」
満ちゃんのボケにツッコミを入れずに乗っかって、おばあちゃんのような声を出しながら満ちゃんのご飯にカレーをかける海菜。…どこから出しているのだろう。
「ばあちゃん、俺もいっぱいかけてー」
「はいはい」
「…俺は普通で」
「これくらいかい?」
「うん。…なんか本当におばあさんと接してるみたい…」
「…おばあちゃん、私は少なめで」
私も乗っかってみる。
「相変わらず少食だねぇ…お腹空かないかい?」
つっこまない。まるでどこかのおばあちゃんが海菜に憑依してしまったみたいだ。
「…元の海菜に戻って」
「ふふ。ごめん」
私の一言でおばあちゃんは抜け、すっと元の海菜に戻る。切り替えの速さが少し怖い。
「そういや鈴木くん演劇部だっけ」
「うん」
「役者の人がさ、たまに役が抜けなくなるって言うじゃん?あれってマジであるの?」
「あー。人によるよ。私はあんまりないけど、入り込みすぎる人は結構なりやすいと思う。望とか」
「…てか、お前は普段から演技してるようなもんだろ」
満ちゃんが言う。確かに海菜は、みんなの前では笑顔の仮面をずっと被っている。人前で感情的になることはほとんど無い。それ故に不気味だと言われることも多いが、本当は繊細で人間らしい人だ。その人間らしい一面を—笑顔の仮面で隠したいじらしい素顔を、私の前では素直に見せてくれる。私は彼女のそんなところが愛おしいと思ってしまう。同時に、みんなが知らない—恐らく星野くんや満ちゃんは知っているが—弱い海菜を見ると優越感を覚えてしまう。弱っている彼女が好きなんて、少々性格悪いかもしれないが。
「時には自分を偽ることも生きていく上では必要なんだよ」
笑顔の仮面をかぶったまま言葉を返す海菜。彼女が言うとなんだか重い言葉だ。
「…鈴木くんはさ、昔から自分が同性愛者だって公言していたわけじゃないの?」
「自覚してからはまず親に相談した。…で、好きだった人に告白して…満ちゃんと望に話して…好きだったお姉さんの今の恋人に話して…最初はそこまでにしておくつもりだったんだ」
「どうして公言し始めたの?」
「あれこれ言われるより、異性愛者に擬態する方が疲れちゃうから。自分で言うのもなんだけど、男子からもモテるじゃん?私。めんどくさいから先に君たちはどうあがいても恋愛対象外だから諦めてくれって主張しておこうと思って」
カレーを食べながら他愛もない話をするように淡々と語るが、どこか空気は暗い。
女性しか恋愛対象にならないと公言している今でも彼女に告白をする男子はいる。それに対して海菜は、彼らを傷つけないようにやんわりと断っているのだが、過去には『試してみたら変わるかも』と言ってきた最低な男も居たらしい。それに対してどう返したのかは知らないが、満ちゃん曰く、その彼に土下座させていたらしい。以降彼は海菜に対して怯えるようになってしまったとか。
私もたまに男子生徒から告白をされる。海菜と付き合っていることを知らずに告白する人も居るが、知っていて告白してきた人もいた。
どこから広まったか知らないが、私が前に男性と付き合っていたことを知っていて『男でもいけるのになんで女と付き合ってるの』なんて最低な質問をぶつけてきた人もいた。
その時はたまたま通りかかった柚樹さんが助けてくれたが、今でも思い出すと腹が立つ。私には海菜の性別なんて重要じゃないのだ。男性でもきっと好きになっていた。それくらい好きなのだ。
「人から恋愛感情を向けられるって割とストレスだよなぁ。私は誰かを独り占めしたいほど好きになったことないから…独り占めしたいほど好きって言われると気持ち悪いって思っちゃうんだよね。男性からの好意は特に」
「女性からの好意は平気なの?」
「んー…最近私に殺意向けてくる女の人が居るんだけど…」
「殺意!?」
「ちょ、待って、何でいきなり怖い話すんの。好意だって言ったじゃん」
サラッと出た殺意という単語に戸惑う加瀬くんと久我くんだが、海菜は平然としている。むしろ楽しそうに続きを促す。
「…その人は色々あって恋にトラウマ抱えてるんだ。だから恋を知らない私に恋の苦しみを味合わせてやるつって付き纏ってくるんだけど…」
「逆恨みじゃん。怖っ」
「むしろ私は恋を知りたいんだ。例え死ぬほど苦しい恋でも良いから経験してみたい。だから私はその人の八つ当たりに付き合うことにしたんだ」
「…えっ、何?どっちも狂ってんの?」
「まぁ聞け。その人は私に恋をしてるんだ」
彼女がそう言った瞬間、シーンとテーブルが静まり返る。
「…どう解釈したらそうなるんだよ。自分好きすぎだろ」
「私が勝手にそう思ってるわけじゃねぇよ。本人から言われたんだよ。『貴女なんて好きになりたくないのにわたしの心はわたしの言うことを聞かない』って」
「…なるほど…好きになりたくないのに好きになってしまったと」
「うん。まぁ多分あれだ。『私はこんなに好きなのにどうしてあなたは私を好きになってくれないの!』みたいなやつだ」
「…それ『あなたを殺して私も死ぬ!』パターンじゃね?」
「おう。私が殺されたら真っ先にその人を疑ってくれ。よろしく」
へらへらと笑いながら縁起でもないことを言う満ちゃん。久我くんが本気で怯えてしまっているが加瀬くんは「その人の気持ちちょっとわかる気がする」と呟いた。
「い、泉ぃ!?」
「いや…ごめん。殺したいとまではいかなかったけど…俺も…恋愛感情なければって思ったことあるから。…あの頃の俺だったらきっと、月島さんを羨んでた」
「…私からしたらお前らが羨ましいんだけどな」
「うん…ごめん」
「いいよ。恋の苦しみを知った人間からしたら、恋の苦しみを知りたいなんて嫌味だろうなってのは分かるから」
それは逆も然りなのではないだろうか。だけど、満ちゃんは決してその彼女のことを悪くは言わなかった。
「そうだねぇ…私も失恋したばかりの頃は満ちゃんが羨ましくて仕方なかったよ。世の中の全てを憎んでた。でも、みんなが支えてくれたから今私はここで生きてる。きっとその人も、絶望の底で必死にもがきながら誰かが引っ張り上げてくれるのを待ってると思う」
「…うん。…分かってる。私はあの人を助けたい。…だから側にいる」
「…やっぱりそれは愛だと思うわ」
やっぱそうなのかなぁと満ちゃんは苦笑いする。恐らく満ちゃんが語ったのは実さんの話だろう。
「…月島さん、その人に伝えないの?愛してますって」
「…あの人が素直になるまでは言わない。そういう約束だから」
お互いに好きなのに言葉にしない…なんだか付き合う前の私達みたいだ。
「…私が居ない間寂しがってないかなぁ…食べ終わったらちょっとLINKしてやるか」
その後、食事が終わると彼女は自撮りをしてスマホを少し弄り始めた。
しばらくしてバイブ音が鳴る。それを合図にスマホの画面を見て笑う彼女は優しい顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます