第1005話 帰りましょう

「ちょっと霊の前辺りで立ち止まって、鞄の中を何か探しているような振りでもしてくれる?

急いで結界を張るから」

碧に声を掛ける。

探し物したり待ち合わせしてるっぽくしてれば多分通路の端に立ち止まっても文句は言われないだろうが、ぶつかられたりして邪魔が入ったら面倒だ。なので認識阻害に忌避感を混ぜた結界をちゃちゃっと設定して、通行する人が意識せずに避けるようにしてしまいたい。


それなりな腕の退魔師が通り掛かったらバレるけど、『見鬼魔力視の力がある』程度な素人にうっかり目撃されて変な動画をアップされたりするよりはマシだろう。


退魔師だったらきっと車で移動することの方が多いし。

まあ、仕事以外の日常生活だったら退魔師でも普通に電車で移動していそうだけど。


「了解〜」

碧が軽く言って、ガサゴソと通路に背を向けてバッグの中を携帯か鍵でも探しているかのように漁り始めた。


と言う事で、認識阻害結界に忌避感を混ぜ込んで展開。


認識阻害の結界ってそこがあると思わないから入ろうとしないんだけど、よそ見していると避けようとはしないからうっかりした人が突っ込んで来かねないんだよね。

忌避感を感じるようにすると無意識にそこを避けるので、突っ込んでも来ない。

忌避感だけにするとそれを感じない距離からだったらこっちを見つめるのを阻害しないので、コンビ技結界が一番良いと言うのが前世で習った方法だ。


まあ、前世では結界なんぞ張らなくても騎士団の人間が横に立って邪魔な通行者を威嚇して寄せ付けない事の方が多かったんだけどね。

とは言え、騎士団の人間を引き連れて人の目に付くように動くのが最善な策じゃない時にはこう言う方法もあるよと言う感じで習ったのだが・・・ある意味、王族クソッタレの目に留まらずにサボりたい時なんかになかなか良かった。


呼ばれれば夜中だろうが直ぐに出頭しなきゃいけなかった私だが、目に付かないと意外と忘れていてくれる事も多かったんだよね。

勤務時間中は側で護衛も兼ねて待機してろって言われる事も多かったので、存在感を限りなく下げる為と云う言い訳でこの結界は良く使った。


生まれ変わっても慣れた結界は手早く展開できたので、碧も探すフリが態とらしくなる前に終わった。

「お待たせ〜」


「ども。

では、こんにちは。

私は碧と言うの。

名前を聞いても良い?」

碧が霊に話しかける。


『・・・高橋 絵奈よ』

話し掛けられてちょっと戸惑ったような様子だった霊だが、ゆらゆら揺らめくのをやめてもう少し姿をはっきりさせて碧の方を向く。


「こんにちは、絵奈さん。

私は凛よ。

ちなみに、どこに行こうとしていたのか聞いても良い?

何だったらお手伝い出来るかもだし」

2人を認識出来るのかも試す為にも続けて声を掛けてみる。


ぼ〜っとした霊だと目の前の一人しか認識しない事もあるんだよね。

絵奈さんはその点は大丈夫だったのか、もう少しこちらを向いて軽く頭を下げた。


『こんにちは。

どうも、電車の中で死んじゃったみたいなの。

ずっと動いたり止まったりしている電車の座席にぼ〜っと座って居たんだけど、なんかふわっと温かい風が吹いた感じがして少し意識がはっきりして動けたから、電車を降りたの。でも、中々思う様に動けなくって。

なんか最近はまた体が重くて意識が薄れる感じがしてきたから、必死で頑張っているんだけど』

話している間にまた体をゆらゆらと動かし始めながら絵奈さんが言った。


このゆらゆらは動こうとか意識をしっかり保とうとか努力している結果なのかも。


もしかしてお盆の時期って、マジであの世との境が曖昧になって霊が動きやすくなるとかってあるんかな?

まあ、多くの人間が信じればそれなりに霊的な効果を持つ事はあるからねぇ。

今時の日本人がどれだけお盆の事を信じているかは知らないけど、昔からの蓄積である程度は効果が発現するのかも。


しっかし。

よく見ると目の下にがっつり隈があるっぽいし痩せ細っているしで、これは過労死ってやつかね?

終電間近・・・じゃないにしても夜遅くて座れるぐらいまで働いていたせいで座席で座って亡くなったのが直ぐに発覚しなくて、電車に地縛霊っぽく居付いちゃったのかな?

もしくは早朝に出勤しようと乗っていた列車で亡くなって夜まで発見されなかったか。


過労死って夜に亡くなる人が多そうなイメージだけど、どうなんだろ?

まあ、今更知ったところであまり関係はないけど。


「どこに行きたいの?」

碧が尋ねる。


家に帰りたいって言うならまだしも、会社に向かいたいって言うなら思い直すように説得したいところだね〜。

仕事を終わらせたいなんて言っても今更だし、酷使した上司や会社へ復讐するのもカルマ的に良くないし。


『実家に帰ってお母さんとチャコちゃんにお別れを言いたいの』

絵奈さんが言った。


チャコちゃんねぇ。

ペットだよね、多分。

娘とか姪っ子の可能性もゼロじゃないけど、あだ名的にあまり人間の名前として元の名前を思いつけない。


「もう少し情報を教えてくれたら、お母さんのところへ連れて行って夢の中で会わせてあげられるかも。

チャコちゃんは・・・上手くいくかどうかは不明だけど」

猫や犬って夢を見るんだっけ?

死んで霊になっていればそれなりに意思疎通が出来るんだけど、生きているのは上手くいくか微妙なんだよね〜。














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