第998話 意外と平気?
依頼主は品の良い初老の女性だった。
「別に蟻なんてちょっとぐらい居ても構わないのですけどねぇ。
増えすぎたら塵取りで集めて庭の池にでも捨てれば魚達が喜んで食べてくれるし。
そのうち機会があったら今までみたいに近所の神社でお祓いしようと思っていたのだけど、誰かが返しの転嫁先にされていたら可哀想だから、退魔協会に頼む事にしたの」
おっとりと頬に手を当てながら言われた。
「今までみたいに?」
碧が聞き返す。
「虫や小動物を使った嫌がらせはそれなりに良くあるから。
放っておいたらいつの間にか無くなっているし、家や服に害が及ぶわけでもないし、蟻なんて可愛いものよ?」
おっとりと微笑みながら依頼主が言う。
うわお。
虫や小動物を使った呪詛って嫌がらせなんだ??
まあ、確かに実害があまりなくて呪いというよりは嫌がらせかもだが・・・返ってきたらかなり嫌じゃ無い??
それとも呪詛そのものも期間限定型にする事で呪詛返しもある程度我慢すれば消える様にしてるんかな?
期間限定で虫(や鼠)に襲わせる程度な呪詛なら対価も軽いだろうし、嫌がらせとしてはお手頃かも?
これが蟻じゃなくてGだったりしたら精神的ダメージはかなり大きいが。
それとも戦後を生き抜いた様な(多分)依頼主の世代ならGでも平気なのかな?
・・・考えてみたら、この依頼主って何歳ぐらいなんだろ?
白髪混じりだけど姿勢がいいから初老だと思ったが、考えてみたら『戦後を生き抜いた』ってぐらい自我がある状態で1945年前後を過ごした人間ってもう80歳ぐらいになるよね。
それは初老とは言わないか。
いや、『戦後』が実際に終戦直後とは限らないのかも?
政府が『もう戦後じゃ無い』とか何とかを白書に書いたのがいつだったんだろ?
確かベトナム戦争とか朝鮮戦争の戦争特需で日本の経済ががっつり成長したと教わった気もするが。
まあ、今時だとスキンケアと食生活に気を配ればかなり長く若々しさを保てるって話だからね。
この依頼主も実際にマジで戦後を生き抜いたのかもだし、そうじゃなくても単に私が思っているよりも地方の良家の奥様は強いのかも。
幸い(?)依頼主の呪詛は転嫁はされていない様だったから普通に神社で厄祓いするだけでも良かった様だが、どうやら呪詛が返しが転嫁されているか否かは退魔協会の調査員は調べないか、調べても教えないポリシーらしい。
まあ、調査員の数を考えると全員が転嫁を見極められる可能性は低いし、急に一部だけに負担が集中したら仕事が回らなくなる。転嫁の見極めはそう言う依頼があったら出来る人間を送るってだけにして、調査段階では調べないのかな。
じゃあ、呪詛を返しますかと言おうとしたところで、依頼主のタブレットから通知音がしてきた。
「ちょっとごめんなさいね」
こちらに声を掛けてから依頼主がタブレットを触れる。
『お母様!
まだですの?!
さっさとあんな虫だらけな家を壊してしまってマンションを建てましょう!
銀行からお金を借りれば資産価値を相殺できるから相続税対策になるし、是非ともいい条件でお金を出したいって言っている金融機関もいくつもありますのよ!』
「もしもし」と言う依頼主の言葉を消し去る様な勢いで向こうから声が聞こえてくる。
チャットアプリの通話機能を使っているらしいが、タブレットでやるとデフォルトでスピーカーモードになっちゃうから話が丸聞こえだね。
それなりに年な親に向かって相続税対策に住んでいる家を潰してマンションにしろって・・・酷くない?
本人が相続税対策をどうしようと相談して来たならまだしも、この口ぶりだと勝手に娘の方が押し切ろうとしてる感じだ。
この依頼主の住んでいる家ならきっと由緒があって歴史的にも色々と話の種になりそうな逸話もありそうなのに。
さっさと潰してマンションって・・・なんとも夢がない。
まあ、戸建てに住むよりはマンションが良いっていう考えは分かるが、人口が減り続けている日本の地方都市で無理にマンションを建てる意味ってあまり無くない?
相続税が払えないって言うならありかもだが。
それに立派な屋敷って使用人がいなければ維持も大変だろうし、今じゃあ使用人として働こうとする人を探すのも一苦労かも?
でも。
感じ悪いの〜。
「紗子、あの家は先祖代々私たちの一族が伝え守ってきた遺産の一部なのよ?
それを潰してマンションのするなんて、私が生きている間は無いわ。
絢子はあそこに住むのも良いわねって言っているから、貴女にあそこの面倒を押し付けるつもりはないし、安心して?」
依頼主が応じる。
いやぁ、その娘さんがギャアギャア言っているのかって旧家の屋敷の維持を押し付けられるのが嫌だからではなく、単に資産を現金化しやすい形に変えてさっさとその分け前にあり付きたいからでしょ?
お屋敷じゃあ共有財産にしたら面倒すぎるが、分譲マンションを建てれば所有権を部屋ごとに割り振れるから子供の間で財産をすっきり分けやすくなる。
生前贈与を求めてくるか、最低でも金融機関かデベロッパーから何か見返りがあるんじゃ無いかね?
そんな事を考えながら聞いていたが、埒があかないと思ったのか依頼主がさっさと話を打ち切った。
どうやらこれは母娘間でリピートされている話題らしい。
「取り敢えず、今はお客様がいるの。
また後にして」
プチッと通話を切った依頼主が小さくため息を吐きながらタブレットを置き、こちらに向いた。
「そう言えば、この呪詛なんだけど。
どの程度の期間続くか、分かる?」
おや?
短いなら呪詛返しをしないつもり?
まあ、蟻なんぞ塵取りで集めて魚の餌にすれば良いと言うこの老婦人なら大して苦にせずに耐えられそうだけど。
「う〜ん、詳細は分かりませんが・・・1ヶ月から3ヶ月程度ではないでしょうか」
じっくりと呪詛を観察してから答える。
強度的にはその程度だと思うが、ある意味どの程度蟻が寄って来やすい所にいるかとか、神社等に行く回数とかにも左右されそうだからしっかり終了日を断言出来る訳では無い。
「そう。
まあ、その程度なら我慢して貰いましょう。
返しちゃって頂戴」
にっこり笑いながら依頼主が言った
おやぁ?
誰が呪詛を掛けたのか、分かっているのかな?
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