第78話 否定の証明

残念(?)ながら2件めは霊障が無く、それを確認するのに1時間近く掛かった。

折角効率のいいスタートだったのに。

そして3件めは・・・一見霊障ではない様子だったが何か違和感がある。


「なんかあるよね?」

碧も部屋の中を見回しながら首を傾げる。


「はっきりと瘴気が漂っている訳じゃあないし、霊も居ないっぽいけど何か変だよね」

私も相槌を打ちながらゆっくりと念入りに各部屋を見ていく。


『クルミ、人が入れない様な隙間に何かないか、確認してくれる?』

『了解にゃ!』


「霊が居ないなら霊障は無いのでは?」

青木氏が我々の態度に微妙に首を傾げながら尋ねる。


「否定の証明って要は思いつく限りの選択肢を全部潰すだけなんで、必ずしも絶対じゃあないんですよ。

それでもさっきのところは基本的な霊障の原因を確認したらほぼ『無し』と言い切っても大丈夫だと私も碧も感じましたが、ここは反対に何をやっても否定を証明し切れてない感じで・・・。

霊も瘴気も視えないのでよっぽど巧妙に隠されているか、ごく僅かなのか。

ちなみに、ここってどう言う経緯で訳あり物件になったんですか?」

家の中を確認しつつ青木氏に聞く。


「ここを借りた人が連続で失職したり、体調を崩して田舎に帰ったり、離婚したりでもう何年もちゃんと更新まで住む人が居なくて、持ち主が気味悪がってね。

霊障鑑定の噂を聞いて是非やって貰ってくれって頼み込んで来たんだ」

ふうん。

それなりにいいローケーションで日当たりも間取りも悪くない。

これなら確かに妥当な家賃だったら直ぐに借り手が見つかりそうだが、それが次から次へと微妙に不幸な目にあって出て行かれると、持ち主にしても気味が悪いだろう。


素知らぬ振りをして売らなかっただけ、良心的だ。

とは言え、原因らしき物はどの部屋にも見当たらない。


『あったにゃ!』

クルミが台所の方から呼びかけて来た。


さりげなくそちらへ行き、クルミの分体が興奮した様に上下にぶんぶん動いているシンクの下を覗き込む。


何やら怪しげな小石が転がっていた。

家の中に小石がある事に違和感はあるが、それ程目立つ物ではない。

植木鉢から転げ落ちたと言えなくも無いサイズだ。

台所にあるのは変だけど。

しかも何故か影もないのに暗くなっていて見つかりにくくなっている。

滲み出ている瘴気も、直視していなければ見逃しかねないほど少ない。


「何これ」

しゃがみ込んで取り出した私の掌にある石を見て碧が首を傾げる。


「微妙に不明?

霊障を起こしているのは確実だと思うけど、媒介なのか呪いの本体なのか分からない」


魔力で防御結界を紡いだ掌に乗せていても微妙にピリピリしてくるから、それなりの悪意が籠っている。

ただ、誰かを狙った物なのか、単なる悪意の凝縮した物なのかは分からない。


極端に魔力が籠っている訳ではないので、握り潰して離散させる事も可能だが・・・誰かを狙った呪い系だと呪詛返しが起きてしまうので下手をすると二次被害が生じかねない。


「それって持ち出して道端に捨てたらどうなります?」

横から覗き込んだ青木氏が尋ねる。


「単なる悪意の固まった物だったら通りすがりの人を躓かせたり、交通事故に合わせたり、喧嘩をさせたりといった感じですかね。

呪具モドキだったらそのうち誰かに取り憑いて目的の人物のところまで運ばせて害を加えさせる可能性が高いかも?」

このマンションから離れた場所に捨てれば少なくともこの物件の霊障は消えるが、青木氏がそれをすると言うのならちょっと今後の付き合いには細心の注意が必要だね。


「人を躓かせるのと交通事故ではかなり被害度が違いませんか??」

青木氏が顔を引き攣らせて聞き返す。


「転んだ先に車が来たら交通事故ですよ。

暫くは歩行者がちょっと躓く程度でしょうが、そのうちタイミングがどんどん危険になっていって最終的には人が死ぬ様な交通事故になるでしょうね」

碧が答える。


悪意は人の不幸を喰らって育っていくので、人を転ばせて満足して離散するなんて事はほぼ起きない。

まあ、転ばせた際に偶然に道に蹴り出されて車に轢かれて砕けたなら、力が分散されて離散する可能性はあるが。


「う〜ん、どうしましょうかね?」

青木氏が小石を見つめて眉を顰めた。


「ここの持ち主がターゲットの可能性もゼロでは無いって説明して、呪詛だった場合の追跡・解除も含めた対処を私に依頼したいって退魔協会にコンタクトしたらどうでしょう?

呪詛返しになるかも知れない依頼は流石に協会を通して受けた方が無難なんで」

さっさと源之助の元へ帰りたいのか、あっさり碧が妥協案を挙げた。


白龍さまと言う超大型助っ人がデフォで付いてくる碧の場合、基本的に指名依頼は本人が事前承諾していないと出せないのだが・・・退魔協会に通常依頼を出すのでは見落とされて二度手間になるかもと不安を持たれると青木氏の説得に時間がかかると思ったのかな?


まあ、良いけどね。

そろそろ源之助が昼寝から起きそうだし。





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