第65話 石碑
「・・・散々迷惑を掛けた相手なんだから、怒りを収めて貰う為にもう少し懇ろに弔うのが常識ってもんじゃ無いの?」
ほぼ誰も通らないっぽい荒廃した感じの砂利道を登った先にあったのは、『適当に岩を置いただけでしょ』と言いたくなる様な『石碑?』だった。
50年前にここに悪霊の複合体を封じた退魔師が『怒りをおさめて穏やかに眠れる様、心を籠めて弔う様に』と指示したらしいのだが、石碑と言うのも微妙な大き目な岩がただ置いてあるだけ。
細い砂利道が雑草に埋まっていないのも、抑えきれない怨霊の怒りが霊障となって周囲の生命を枯らしているからでしかない。
ある意味、霊の怒りの教科書的な見本と言えるかも知れない。
はっきり言って、何も生えていないオープンな空間に岩があるから石碑に見えると言うだけだ。
これ絶対適当にそこら辺の岩を拾って持ってきただけでしょ!
酷いね。
「まあ、悔い改めてちゃんと心を込めて祈る様な人間だったらここまで悪霊を育てないんだろうね」
溜め息を吐きながら碧が応じる。
可哀想な被害者や水子霊を消滅させずに、ゆっくりと眠りの中で怒りを溶かして成仏すればいいと期待した50年前の退魔師の思い遣りは完全に裏目に出たっぽい。
こんな殺風景な場所に放置されるだけなら一瞬のうちに浄化された方がまだ良かっただろう。
「ここも、最初に封じた時はもう少し穏やかで休める様な場所だったんだろうねぇ」
20メートルぐらい先の普通な風景を見ながら思わずため息が漏れる。
「水城シニアの娘はまともそうな人に見えたけど、ある意味彼女が安寧を祈っても神経を逆撫でするだけかも知れないし、シニアが心を入れ替えてまじめに祈るなんて思えないから、ここは一気に浄化しちゃおう」
そっと石碑に手を合わせていた碧が言った。
「だね。
本当に碧がやるんで良いの?」
私でも除霊は出来るし場合によっては説得する様な感じの円満(?)な浄化も出来るケースもある。
だが、基本的に私の除霊は魔力で抵抗を禁じ、悪霊のエネルギーを消し去ると言うちょっと荒っぽい形になる。
碧の場合は霊力を込めて安寧を願う祈りを捧げると、辺りが明るくなって霊が居なくなるらしいのでもう少し穏やかな形である可能性が高い。
祈る相手の神様が本当に居るのか、微妙に不明だが。
白龍さまなら居るのは確定なのだが、『消し去るのは良いが、穏やかに成仏して欲しい場合は儂に祈るのは勧めない』と代々の藤山家の愛し子は言われてきたらしく、成仏用の祈る神様は別にいるとの事だった。
こちらには会ったことは無いらしいが、色々祈ってみてこの神様が一番穏やかな雰囲気で霊が消えると言うのが藤山家の試行錯誤の結果だとか。
退魔も試行錯誤出来るなんて、流石歴史のある旧家だ。
話を聞いて『何それ??』と密かに思ったが、今回見せて貰えるのでちょっと不謹慎だが楽しみだ。
こっそりワクワクしながら見ていたら、碧が石碑の前に立ち、一度お辞儀をしてから跪いて両手を少し上向に開き何やら祝詞っぽいものを唱え始めた。
何を言っているのかは分からないけど。
どうも私って聞き取り能力が劣るのか、分かっている内容じゃ無いと言葉を聞き取れないんだよねぇ。
ガヤガヤしている飲み屋とかでも他の人の言っていることが分からなくて、適当に笑って誤魔化す事が多いし。
でも、私では無い存在にはちゃんと碧の祝詞が聞こえているのか、徐々に周囲の濁った穢れが薄れて明るくなる感じがしてきた。
おお〜。
マジで魔力(もしくは霊力)でのゴリ押しではない、もっと穏やかな浄化だぁ。
こんなのが本当に可能なんだねぇ。
もしかして黒魔道師時代も、神殿での祈りをちゃんと信心のある神官がやればこんな感じになったのだろうか?
神なのか単なる上位的存在なのか知らないが、穏やかにこの世から離れるのを助けてくれる優しい存在の様だ。
やがて祝詞が終わり、碧が頭を深く下げてから立ち上がった。
「凄いね。
すっきり穏やかに昇天したよ」
元はと言えば、ロクデナシに魅了の力で誘惑されて道を踏み外す羽目になって命を落として悪霊化した女性の魂と、生まれる事すら出来なかった赤子の魂の集合体なのだ。
力ずくで来世へ押し出されるのでなく、穏やかに昇天して次へ向かえて本当に良かった。
「そう?
祝詞に集中していると光に埋もれちゃう感じで周りが見えなくなるんだよねぇ。
終わったら霊がいないんで除霊は出来てるのは分かるんだけど、本当に穏やかに昇天出来てるのかちょっと心配だったんだ」
どうやら碧は家族が気を使って優しい嘘をついているのかもと心配していたらしい。
「マジで、私が誰かに嵌められて悪霊化したら碧に祓ってもらいたいぐらいだった。
まあ、私の将来設計的には老衰か交通事故でさっと気楽に死ぬつもりだから、悪霊化は無いと期待してるけど。
取り敢えず、これからは八つ当たりとか逆恨みとかで悪霊化した自業自得系は私、無辜の魂が苦しんで悪霊化しちゃった場合は碧が祓う事にしない?」
負担が偏る様だったら要相談だが。
退魔の仕事を続けるなら、無辜の魂を優しく祓える手段があるのはマジで有り難い。
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