第13話 飲ませ過ぎは、ダメ。

『男を知ればツンケンしにゃくなるだろうだって』

鹿の角はある程度魔力との相性が良いとは言え、何分小さいのでピンバッジに憑けたクルミの分体もかなり省エネ版になってしまった。


お陰で距離が遠くなると念話が出来ないし、ちょっと言葉も足りない。

もしも探偵業っぽい事を本格的にやる事になったら、鹿の角よりも魔力を保持できる素材を探した方が良さそうだ。


『何をどうやって、誰が男を知るって?』

新宿のそばにある小さな公園に皆で集まり、やっと遠藤あの女も到着してクルミの分体から話を聞けるようになったので、ちょっと先に夜景の写真を撮りたいと言って皆から離れて適当に携帯のカメラで写真を撮りながらクルミから集めた情報を聞き出す。


『八幡先輩や碧ちゃんや凛とか、手当たり次第に酒を飲ませて上手く潰れたら『らぶほ』?に連れ込もうって』

はぁ??

マジか!


『何か薬を使うような事を言ってた?』

デートレイプ・ドラッグを使っている様だったら誰かの様子に変調が現れたら即座に警察を呼んでリサーチ派を全員刑事告発してやる。

本人達も酒を飲み過ぎたかの様に口が軽くなる自白用の術を掛けておけば、馬鹿な事を口走って警察に逮捕されてくれるだろう。

なんと言っても碧や私はまだ未成年なのだ。

酒に薬や睡眠薬等を混ぜて飲ませるのは完全にアウトだろう。

『先輩に飲むよう強要されて怖かった』と言って不法行為として告発すれば警察だって対応せざるを得ない筈。


『飲み物にウォッカを混ぜるって』

故意で計画した犯行だと断じられる薬は流石に使わないか。


計画を思いついて唆したであろう遠藤あの女は確信犯だろうが、乗った他の男達は酒で仲良くなって一緒に楽しい事をする程度にしか考えていないのかも知れない。


とは言え。

ふざけるな!


報復に関しては取り敢えず後回しだ。

皆を何とかして助けないと。


慌てて碧や八幡先輩がいる方に戻ってきたら、碧はちょっと怯えた表情をしつつもまだ素面っぽかったが、八幡先輩は既に狙われたのか、顔が真っ赤になっている上に上半身をゆらゆらと揺らしている。

目の焦点も合ってなくない、あれ?


ウォッカが入っているにしても、こんなに早く酔うものだろうか?

遠藤あの女が遅れたせい『親睦会』が始まってから既に30分ぐらい経ってはいるが、上級生なのだから一気飲みをさせられるとも思えないが。

取り敢えず後でしっかり見直せる様、サークルの皆が飲んでいるシーンの写真を撮りまくり、対処法を考える。


状態異常解除の術も一応あるが、白魔術でなく黒魔術での状態異常解除なので体内には酒がそのまま残る。それでは10分もしたら再び酩酊状態・・・もしくは怪しい薬による状態異常が再発してしまう。

体内の残留物質を上書きするような術も込める魔力次第では可能だが、肝心の魔力が足りない。


ここは取り敢えず、体内から出させるか。

『状態異常:嘔吐!』

手当たり次第に検証派の皆に状態異常の術をかける。


吐かせるのが一番無難だし・・・これだけの人数が吐けば『親睦会』もお開きになるだろう。


「ごめん、ちょっと飲み過ぎたみたい」

突然、八幡先輩が立ち上がって、木陰の方に駆け込んだと思ったら嘔吐している音が響いてきた。

それに釣られたのか、他の検証派メンバーも次々に口を押さえて木陰に駆け込み吐き始めた。


「大丈夫?!

皆一斉に吐き出すなんて、食べ物のどれかが悪くなっていたんじゃない?!」

大きな声を上げながらまだ開いていなかったペットボトルを開封して、戻ってきたメンバーに水を飲ませる。


「ちょっと集団食中毒かも知れないから、救急車を呼んだほうが良いかも」

顔色が多少青ざめている碧が提案してきた。


いいねぇ。

食中毒って本来は食べて直ぐではなく何時間も後に症状が出る事が多いらしいから、ついでに救急車の人にでも悪戯で滅茶苦茶強い酒か変な薬を飲み物に混入されたのかもと言っておけば、そちらも調べてくれるだろう。


薬は無い可能性が高いにしても、未成年もいる親睦会で本人の知らないところで強い酒をこっそり混ぜて飲ませたなんて言うのも十分顰蹙ものだ。

上手くいけば、大学側か警察から何か注意か警告をして貰えるかも知れない。


「そうね、他の人にもこれから異変が起きるかもだから、調べてもらった方が安心だね」


考えてみたら、遠藤あの女が遅れてきたのって自分が酔っ払わなかった言い訳の為?

・・・他の奴らに何としても真相をバラして貰いたいところだね。


◆◆◆◆


桜のお花見シーズンからちょっとずれていたお陰か、救急車は5分もしないうちに現れた。

吐いた後もまだ体調悪げにぼうっと座っている検証派の皆と、気不味げにそれを見ているリサーチ派。

遠藤あの女は心配そうな表情を造っている割に時折ジロリと取り巻き連中を睨んでいる。


酒を一気に飲ませ過ぎだバカめと思っているのか、変な事を言うなよと釘を刺しているのか。

取り敢えず、全員の口を軽くしておこう。


『状態異常:自制心抑制解除』強度は弱めに、継続時間は長めに。

ちょっと酔っ払って自制心が弱まる程度だが、酒も飲んでいるのだ。

自白術の様な強制力は無いが、考えた事を殆ど全て口にするだろうから、調査官にうっかり何かをバラしてくれると期待しよう。


「飲み会が始まって30分ぐらいの時点で、急に皆が吐き始めちゃって。

食中毒ってもっと時間が掛かるとは聞いていますが、ちょっと異常だと思って集団食中毒かも知れないって電話で言ったんです」


吐いた連中がまず救急車で運ばれて、残りのメンバーと食材・飲み物も取り敢えず病院へと言う事で待たされている間に、救急車側の責任者っぽい男性に状況説明をしておく。


「確かに30分で吐き始める食中毒というのはあまり考えられないね。

ちなみに吐いたのはこちら側に座っていた人達だけかい?」

メモを取りながら男性がレジャーシートの右側を手で示した。


「ええ、そうです。

ちょっとウチのサークル、最近意見の相違があってギクシャクしていたから分かれて座っちゃって。

仲直りしようって事でギクシャクしちゃった相手のグループから今日は声を掛けられたんです。

熱心にお酒を勧めて盛り上がっていたから、これでサークルも前みたいな良い感じに戻るかなぁなんて思っていたんですけど。

・・・もしかして、私たちのお酒に何か混ぜられていたんでしょうか?」


さりげなく説明しながらリサーチ派の方を見る。

リサーチ派でも、単に実践が面倒なだけの怠け者と、遠藤あの女のハードコアなシンパとでそれなりに我々に対する温度が違う。


どうやら怠け者派は単に酒を楽しみに来ただけなのか、何も分かっていない様な混乱した顔でお互いにアワアワと話し合っていた。

まあ、今時だったら飲み会で急性アルコール中毒を引き起こしただけだって大問題だからね。


「・・・菌に関して調べる際に、混入された物が無いかも調べさせておこう。

君と・・・あそこの女性は全く酔っていないように見えるが、強いのかね?」


「私は酔っ払う前に先に写真を撮りたくって、乾杯の時も飲まないでそのままグラスを下げて撮影の為に抜けたんです。

遠藤さんは・・・今回の親睦会に我々を誘ってきた本人なのですが、何故か遅れて来たのでまだお酒を飲む時間が無かったのかも?」


しまったなぁ、酒に全く手をつけてないから私も疑われてる?

とは言え、変に思考誘導して私への疑惑を消したせいでリサーチ派まで見逃されたら困る。


まあ、どうせ魔術による嘔吐なんてこちらの世界では証明できないんだ。

素知らぬ顔をしておこう。










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