第3話

「つかまれた腕が今も時々痛む。その痛みを……いっちーも知ってるんじゃないかと思って」


「……。それがなに?」


 ようやく振り返ってくれた。


「鬼と戦ったことのない女の子なんていないでしょ。みんな誰かしら遭遇したことあるし、それなりに応戦してる。別に珍しいことでもなんでもないし、普通に騒いだりしてないだけでしょ」


「そうだよ。それは分かってるよ。だけどあたしは……」


「仲良しの、他の友達に頼めばいいじゃん」


 いっちーの目は、あたしの目を見ようとしていない。


「その方が楽しくやれるでしょ」


「いっちーなら、本気で戦ってくれそうな気がした」


 手に持つこん棒を握りしめる。


あたしはそれを正面に構えた。


「共感してくれる友達なら沢山いる。あたしがほしいのは、一緒に戦ってくれる人。あたしと勝負して、負けたら空手教えて」


「素手の私を相手に木刀まがいのもの振り上げて、なに言ってんの?」


「勝負!」


「……やんない」


 いっちーは再びあたしに背を向ける。


「じゃ、いっちーの負け。あたしの勝ち。教えて」


 彼女の膝がわずか曲がった。


その低い姿勢からの不意打ちの回し蹴り。


こん棒でなんとか防いだものの、それはあたしの手から弾き飛ばされた。


「わーお。カッコイイ」


「勝ったから教えない」


「あたしが負けたんじゃん。負けたから空手教えて」


 拳が飛んで来た。


それを避けたのに、続けての繰り出される足蹴り。


だけど、さっきの攻撃でいっちーの足の長さは分かったから大丈夫。


パッと脇へ避ける。


左からの突きを肘で受け止め、素早くそれをつかんだ。


「いっちーはさ、鬼、知ってるでしょ」


 すぐに振り払われる。


後ろに飛び退いた。


靴先が鼻をかすめる。


「だからみんな会ったことくらいあるって!」


 止まらない連続攻撃を受け止める衝撃で、手首から下の骨がビリビリと響く。


防戦一方では本当にこのまま押し切られそう。


間合いを見計らって距離を取る。


「ちょっと待った!」


 そう叫んでおいて、あたしは素早く制服のブレザーを脱ぐと床に投げ捨てた。


ブラウスの袖ボタンを外す。


「何? 本気でやんの?」


 身構えるいっちーの前で、その袖をめくった。


剥き出しになった腕を見た瞬間、彼女の動きはピタリと凍り付く。


「このアザがどういう意味か、分かるよね」


 左の二の腕は、あたしが昔鬼につかまれたところ。


その気配を感じると赤黒く浮かび上がる。


いまでも時折うずく痛みに、あたしは目を閉じた。


「鬼に会ったことがある人は沢山いても、このアザが浮かび上がる人は、そんなに多くはないんじゃない? あたしは同じ傷を持つ仲間を探してる」


 あたしはいっちーの目を見つめた。


「ねぇ、やっぱあたしと鬼退治に行かない?」


「そんなもん見せられたって、どうしようもないでしょう!」


 語気を強めそう吐き捨てる彼女は、また背を向けた。


「同情はするしかわいそうだとは思うけど、そんなもんで私を脅さないで」


「脅してない」


「私には出来ないの!」


 そう叫ぶ彼女はうつむいた。


窓からの夕陽が差し込む。


廊下の床に長い影が伸びていた。


「その傷のことは誰にも言わない。そんな卑怯なことはしないから安心して」


 いっちーは歩き出す。


「ねぇちょっと待ってよ、いっちーてばさ!」


 追いかけようとしたら、彼女は走り出した。


いっちーのくせにあたしより足が速い。


「待って! いっちーは何がダメなの?」


 階段を飛び降り、廊下を駆け巡る。


あちこちを探してみたけど、もう明るいミルクティー色の髪は見当たらなかった。


「くっそ……」


 絶対に彼女は仲間になってくれる。


てゆうか仲間になってもらう。


どうしてなのか分からないけど、あたしはそう感じているし、そうだと信じられる。


なのになぜかふと、教室でいつも独りでいる彼女の横顔を思い出す。


いっちーを悪く言う奴なんて、ここにはいない。


本当に心からいい子だって、みんな知ってる。


それなのにどうして、彼女は独りでいることを望むのだろう。

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