第2話

 昼休みの終わりを告げるチャイムの音が響く。


教室に戻らなくてはならない。


あたしはやっぱりいっちーの後を追いかけて教室に戻った。


よく分からない色んなモノが詰め込まれたロッカーに、彼女の突っ込んだこん棒が突き刺さったままだった。


それをまた落っこちないように、もう一度押し込む。


彼女はそんなあたしを見て、フンと鼻で笑った。


そんな挑発的な態度に、あたしはますます確信する。


放課後になるのを待って、振り上げたこん棒の先をいっちーに向けた。


「あたしに教えてほしい」


「は? なに?」


「空手」


「こん棒じゃん」


「うん」


「こん棒だよね」


 もう一度うなずく。


いっちーはガタンと立ち上がった。


「こん棒って鬼退治の見習いクラスだし、空手でもないし」


「そうなの?」


 いっちーはあたしを見下ろす。


「ま、なんでもいいから、一緒にやろ」


 彼女の眉間のしわは、より一層深くなった。


「バカにしてんの? それともあんたが本気のバカ?」


「あー、もしかしたらそうなのかも」


 いっちーは無言で通学用のリュックを背負った。


わざとらしく肩をぶつけてくる。


そうやってあたしを押しのけると、廊下へ出て行ってしまった。


「だって、鬼退治用の刀くれそうな人、知らないんだもん。いっちーなら知ってるんじゃないかと思って」


 その声が彼女に届いたのかどうかは分からない。


鬼退治協会はその役目を終えたとして、公式には活動を停止している。


新たな刀が鬼退治用として認定されることはない。


残された刀を受け継いだものだけが、鬼退治をする者として認められる。


「私だって、そんな人知らないから」


 それだけを言い残して、いっちーは姿を消してしまった。


一人取り残されたあたしは、ざわつく放課後の教室でついため息をつく。


「なにあの態度」


「もも。いっちーなんか誘うのやめなよ」


 はーちゃんとしーちゃんは呆れたような表情を見せた。


「ううん。あたしはいっちーがいいの。きっといっちーなら最後まであたしに付き合って、やってくれる」


 いっちーの頑なな行動に、あたしはますますそれを確信する。


「なんでいっちー? どうして?」


「ん?」


 そう尋ねた2人をあたしはみつめた。


「いっちーはさ……。なんか、あたしに似てる気がするんだよね」


「全然違うよ」


「いっちーはああ見えて真面目だしちゃんとしてるし優等生だよ」


「ももは違うじゃん」


 あぁ、うん。まぁね。


いっちーがオカタイ優等生なのは知ってる。


「ねぇ、ももにとって鬼退治ってさ……」


 あたしは二人の心配に、首を横に振った。 


「ううん、信じて。大丈夫よ。つーかマジで護身術みたいなのも習いたいし」


 こん棒を肩に担ぎ直す。


「それに、いっちーを説得出来ないようじゃ、どっちにしろこの先ムリだって思ってるから」


 あたしは教室を出る。


速攻でフラれたのは、ちょっとショックだったけど、きっと彼女には届く。


必ず来てくれる。


作戦は考えた。


校庭の隅のこん棒振っても大丈夫そうな場所を見つけると、そこにリュックを置いた。


 ネットの動画で見つけた素振りをマネしてみる。


縦に振って、横に振って、斜めに構えて気合いを入れる。


遠くで野球部の集団がランニングをしている。


吹奏楽部の楽器の音と、絶え間ないかけ声が聞こえてくる。


ちょっとこん棒を振り回しただけで、もう腕がだるい。


この軽やかな笑い声は、どこから聞こえてくるんだろう。


お日さまはいつまでも暖かくて、あたしは芝生の上に寝転がった。


やっぱ基礎体力からだな。


それもスマホで検索。


「やっぱやる気ないじゃん」


 校舎の陰から顔を半分だけのぞかせていたのは、いっちーだ。


「なに? なんか用?」


 返事はない。


「だって疲れたんだもん」


「そういうとこ!」


 あたしはニッと微笑む。


やっぱり来た。


何だかんだで、気にはなってるんだよね。


面倒見はいいんだから。


「心配して見に来てくれたんだ」


「……。忘れ物を取りに来ただけ」


 いっちーの顔は真っ赤になっている。


あたしは笑いそうになるのを我慢しているのが辛い。


照れているのを隠すために向けた彼女の背は、校舎の陰に消えた。


すぐに後を追いかける。


放課後の誰もいない廊下に、あたしたちの足音だけが響いている。


「あたしね、鬼を見たことがあるの!」


 どこまでも続く長い廊下の真ん中で叫んだ。


いっちーの足が止まる。


彼女の背を見つめながら、あたしは疼きはじめた腕を押さえた。

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