1-19 「どうして貴方がここに?」
「……ん? ノア君わざわざ来てくれたんだ?」
「何か手伝うこと無いかなって思ったんだけど…………相変わらずアグレッシブな人だな」
「ね。あ、じゃあ貼り紙止めておいてくれる? それでそのまま馬車に戻ってて。俺も戸締りしたら直ぐ行くから」
そう頼まれ画鋲と共に貼り紙を渡される。それらを受け取って頷き、教会の外に出て扉に紙を貼る。この貼り紙でいいのだろうか……と思う気持ちは拭い切れなかったが、逸る気持ちもあり馬車が待っている道に駆け戻る。
「悪ぃ! 後もう一人帰って来たらまたよろしく!」
御者に声をかけて馬車に乗り込むと、そこには下唇を噛み締め俯いているユスティンの姿があった。自分が乗り込んで来たことに気付いたらしく顔を上げる。昨日よりも目力の無い青い瞳がこちらを向き微かに見開かれた。
「どうして貴方がここに?」
「イヴェットは僕とアンリが支払いしてる時に連れ去られたんだよ。そんなもん見たら誰だって心配する、今日学校休みだしイヴェットを連れ去った馬車は工業区に向かったしアンリが何か策あるみたいだし、僕も手伝いに来たんだよ。悪ぃか?」
「いえ……歓迎します。今日は、ですけど。通報はしたんですか?」
説明を受けたからかユスティンの表情に若干余裕が出てきたように見える。反応したくなるのを堪え、横に座らずに立ったまま話を続けた。
「ポピーの店長に頼んで僕らは飛び出たから見てねぇけど、まあしてくれたろ」
「そこは見てくださいよ」
「すみませんねぇ……」
声を抑えながら返し、早くアンリが来てくれないかと開けっ放しの扉を見つめる。沈黙が続いた頃、作業服姿の青年が入口に現れた。
「運転手さん有り難う御座います。改めて、工業区の……丁度中央にある大きな交差点、あそこまでお願いします」
御者に行先を伝え、首からゴーグルをぶら下げたアンリが箱に乗り込んできた。立ったままの自分と座っているユスティンとをチラッと見た後ユスティンの隣に腰を下ろす。
「アンリ、先程は殴って申し訳ありませんでした。少々おかしくなっていました」
「だろうね。気にしないでいいよ、忘れないけど」
隣を見ることなくアンリは言い、立ったままの自分を見上げ「ちゃんと捕まっててよ」と忠告してきたので、窓際に備え付けられている手摺り棒を握り締める。今は立っていることにしたが、詰めればアンリの横に座ることも出来るので箱馬車は複数人が乗るのには便利だ。
「で。イヴェットさんが工業区に連れ去られたのは本当ですか? 先程ノアさんがそんな事言ってましたけど」
前のめりで詰め寄られたアンリはアンバー色の瞳で御者との連絡口を一度見た後、作業服のポケットから掌サイズの板状の物を取り出す。箱に収められた基板やコイルが目立つそれは赤銅色をしていた。
ピンと来た。声が変わり始めた頃、授業で作ったことがある。
「ラジオ?」
「正解。そして俺は昨晩、イヴェットちゃんが愛用している懐中時計に、盗聴機能付き発信器を仕込んでね」
「盗聴ぅ?」
変な声が出た。が、アンリは気にした様子もなく続ける。
「今の時代、発信器はどうにか作れても昔みたいなレシーバー型受信機は作れない。だから懐中時計に仕込んだ発信器の電波を正確に受信出来る方法はないんだけど、そこそこ絞り込める方法ならある。それがこの、ラジオを使った方法だよ」
揺れが大きくなり始めた馬車の中手摺を握り直し、アンリの手の上にある箱を見下ろした。
「発信器から発信された電波は、このラジオで受信出来るようにした。と言っても、百メートル以内のだけどね。発信器と受信機が近付いていないと、盗聴機能で拾える音は拾えなくなるし、ノイズ音すらしない。イヴェットちゃんが連れ去られてすぐ聞いたら、工業区のアジトに連れてって夜まで待機、って男達の声が聞こえたからイヴェットちゃんは工業区に居る筈。後はラジオを使って特定していけば居場所を絞れるよ」
「ん……凄いじゃんか!」
授業を受けているような気分に襲われながらも感心し、当然何の音も聞こえない木製イヤホンを耳に当てる。だからアンリは割合落ち着いてたし人手が必要だったんだな、と思った。
「事件が怖いから買ってみたんだけど、まさか仕込んだ六時間後に連れ去られるとは思わなかったよ」
「手がかりがあるなら良かったです。少しだけ安心しましたよ。ですが……」
苦笑いを浮かべるアンリを、ユスティンがじろっと睨む。その視線に気が付いたアンリが口角を僅かに上げた。
「発信機の部品はお店で買ったし、これは無線傍受法にも抵触しないよ。イヴェットちゃんのプライベートを覗き見する趣味は無いし、事件が落ち着いたら外すつもりだった。お前の嫌いな悪いことはしてないよ? まぁ人前で言いたくはないけどさ」
「……なら何も言いません、けど……総合プラスチック製品って物凄く高くありません?」
「……総プラ製品は蒸気船で余裕で世界一周出来るくらい高いぞ」
離れているとは言え両親が客船員なので、そういう例えを良く聞いていた。視線の先に座っている青年がますます分からなくなる。
「具体的には言わないけど高かったね、おかげで通帳が寂しくなったよ。まぁ、イヴェットちゃんの為だって思えば別に」
「……アンリそんなにイヴェットさんのこと好きだったんですか? まさか恋愛感情があったり!?」
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