61話目 私は甘えない

 毎週日曜に幸は1週間分の食材を買いだめする。


 今日がその日曜だから、幸の行きつけのスーパーに一緒にきている。


 ここにくると、心が躍ってうずうずしてしまう。


 なぜなら、スーパーにはチョコ、キャラメル、かりんとう、ドーナッツ、まんじゅう、カステラ、ケーキなどなどの、たくさんの甘いものがあるから。


 その気持ちを我慢できずに幸のことを見ると「いいよ」と言ったので、早足でお菓子コーナーに向かう。


 物心ついた頃から母さんにお菓子は1日1個と言われていた。


 店内にあるたくさんのお菓子から1つ選ぶのは苦難。


 周りにあるお菓子を眺める。


 なんだと、最近よく買っているチョコが20パーセントも増量して値段はそのまま。


 このチョコは、外はふわふわして柔らかくて中は液体でとろとろしていている。


「頬がとろけてしまうほど美味しい」


 思わず言葉に出してしまった。


 周りを見渡して幸がいなくて安心する。


 もしいたら恥ずかし過ぎて死んでいた。


 春限定とポップで書かれた下にピンク色のお菓子がたくさん並んでいる。


 この時期になると苺系のお菓子がたくさん出て買いたくなるけど、酸味が強過ぎるのがあるから注意しないと。


 前に1度大人の苺チョコを買って食べた時は吐き出して、その後しばらく涎が止まらなかった。


 量を食べたい気分だからいつも買っているチョコに手を伸ばそうとしてやめる。


 隣を通り過ぎた子どもが持っていた小さめなホールケーキに半額シールが貼られていたから。


 ケーキが半額になっていることに衝撃を受け、お菓子コーナーからケーキが置いている場所に移動する。


 並んでいる小さめなホールケーキの種類は苺ショート、モンブラン、チョコ、ティラミスが並んでいて全てが半額。


 これなら、いつも買っているチョコと値段があまり変わらない。


 チョコケーキを手にしていると、幸と鈴木という男子が外に出て行くのが見えた。


 そういや最近男子が私にちょっかいを出すことがなくなっている。


 嫌な予感がして2人の後を追いかけると、男子が幸に向けてナイフを振り下ろそうとしていた。


 全力で走って男子の腹を蹴る。


 私は男子の所に行き何でこんなことをしたのか聞いたが、意味の分からないことを言ってくる。


 このままにしておいたら幸やもしかしたら愛にも迷惑がかかる。


 鈴木はここで消しておかないと。


 力を込めて背中を蹴るが、鈴木の笑顔は増すばかり。


 頭に血が上り本気の蹴りを頭に入れようとしていると。


「じゅんちゃんのおかげで怪我をしてないから! だから、落ち着いて! 大丈夫だから!」


 背中に安心する温かさを感じてもう少しで鈴木の頭に届きそうだった足を地面に下ろす。


 幸に手を引っ張られながらこの場所を去る。


 私の家に着くまでに何も聞かずに手を引っ張ってくれる幸に何ができるか考えたが、何も思いつかない。


 玄関から出て行こうとする幸に言う。


「今日、ご飯はいらない」

「じゅんちゃん、大丈夫?」


 振り返った幸は心配そうな表情をしている。


「大丈夫だけど、食欲がない」

「なら、冷えても美味しい卵焼きを作るから後で持っていくね」

「……おう」


 幸はいつも不器用な私のことを考えてくれて優しくしてくれる。


 本当の兄さんみたいでもっと甘えたくなるけど、私の所為で幸は大怪我しそうになった。


 下手したら死んでいたかもしれない。


 私は幸に甘える資格なんてない。


 部屋に行きベッドの上でうつ伏せになる。


 ふと思った……私が幸の近くにいてもいいのかと。


 今回初めて幸を巻き込んだが、目つきが悪く男子より身長の高い私はこれからも喧嘩を売られてまた同じことが起きる可能性が高い。


 母が死んで寂しくて怒りがこみ上げていた私を救ってくれた幸と愛にできることは、2人から離れることしかない。


 幸が鈴木に刺されそうになった次の日から幸、愛の2人と距離をとる。


 愛は最近一緒にいる時間は少ないから大丈夫だが、問題なのは幸。


 幸はクラスも一緒で席も隣。


 幸が何度も話しかけてきたのを無視するのが本当に辛くて泣きそう。


 すぐに我慢の限界がきて、家に引きこもる。


 こうすれば、幸の顔も、愛の顔も見なくてすむ。


「じゅんちゃん! 何か辛いことあったの? お姉さんが何でも解決してあげるからここから出ておいで!」


 大声で名前を呼ばれて目を覚ます。


 ドアの向こうからは久しぶりに聞く愛の声がして、縋りつきたくなる。


 でも、私はそうする権利はない。


 伸ばしかけた手をベッドに下ろす。


 声が聞こえないように毛布を被って両手で耳を塞ぐ。


 しばらくして、耳から手を放すと愛の声が聞こえなくなっていたから毛布から顔を出す。


 近くにあるリモコンで部屋の電気をつけて、壁にかかっている時計をみると8時30分。


 昨日の昼から何も食べてないからお腹が空いた。


 この時間は父さんがリビングにいるかも。


 父さんが道場に行く時間まで待っていようと思っていると、ドアノブが動く。

驚いて「誰だ!」と叫ぶ。


 幸の声が聞こえてきて怒鳴ったことを謝る。


 鍵を開けてほしいと幸に言われた。


 今会ったら絶対甘えてしまうから、1人になりたいと心にもないことを言う。


 愛の時のように毛布を被って両手で耳を塞ぐ。


 これで私は大好きな幼馴染を守ることができる。


 私が1人になるだけで、幸と愛が幸せになるならそうするべき。


 ……嫌だ! 1人になりたくない。


 幸か愛が近くにいないと寂しくて死にそうになるほど私は弱い。


 今すぐ部屋の鍵を開けて、助けてほしいと泣き叫びたい。


 幸なら一緒に悩んでくれて、解決策を考えてくれる。


 ……でも、私にはできなかった。


 包丁を前にして顔を青くして震えている幸が頭の中に浮かぶから。


 2度とあんな顔大切だと思っている人にさせたくない。


 必死に目を瞑る。


 このまま寝てしまえば幸もいなくなる……鍵が開く音が部屋に響く。


 訳が分からず混乱していると足音が近づいてきて、ベッドが軋んで、目の前から毛布が消えた。


 次の瞬間、体が浮いて目の前に幸の顔がある。


「組手をしよう」


 幸に起き上がらされた。


 状況が理解できずに固まっていると幸が殴ってきたので避ける。


 気が抜けていても、避けられるほど幸の攻撃は遅かった。


 幸は殴り続けてきて疲れた私は肩を殴られた。


「体を動かせば嫌なことを忘れるよ! だから一緒に遊ぼう!」


 幸が息を切らしながら微笑むのを見て、前に倒れる。


 殴られた痛みでとか疲れたとかではなく、幸の言葉を聞いて安心したから力が抜けた。


 幸に抱きしめられると、石鹸の優しい香りがする。


 一生懸命励ましてくれた幸に、「……おう」と1言しか返すことができなくて悔しい。


 幸は私と一緒にいるために行動してくれたのに、私にはそれができない。


 だから、私は2人を守れるぐらいもっと強くなろう。


 そのためには、幸と愛に甘え過ぎないようにしないといけない。




 目を覚ますと大量の汗をかいていたから、部屋の電気をつけてベッドから下りる。


 あまり夢を見ないけど、休日になると怖い夢を見ることがある。


 今日は月曜なのに嫌な夢を見ていて、内容もだいたい覚えている。


 原因は、鈴木を学校で見かけたから。


 眼鏡をして、雰囲気が違っていたがあれは絶対に鈴木。


 鈴木の歳は一緒で同じ制服を着ていたから探せばすぐに見つかる。


 幸と愛が被害を受ける前に、学校にこれないようにしよう。


 まだ起きるのには早い時間。


 寝たらまた嫌な夢を見そうだったから幸の家に行く。


 幸から預かった鍵で開けてリビングに入る。


 正直に言えば、幸の隣で寝たいが甘えたら駄目。


 ソファに転がり目を瞑ると心が落ち着くが眠ることができない。


 立ち上がってドアに耳をつけて幸が近くにいないことを確認する。


 足音はしないからキッチンに向かい、幸が毎日つけているエプロンを両手で摑み私の顔へ。


「スーハ―」


 至福過ぎる。


 もう1回。


「スーハ―」


 家に持って帰って毎日匂いたい。


 幸せ過ぎてトリップしそう……足音が聞こえてきて、どんどん近づいてきている。


 エプロンを急いで元の場所に戻して、音を立てずに走ってソファに寝転がり目を瞑る。


 ドアが開くことがしてから少しして、頭に温もりを感じた。


 その温もりは私のことを優しく撫でてくれて……楽しい夢が見られるような……気がした…………。

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