47話目 大きな幼馴染と前髪で顔が隠れている女子

「神絵師様、お元気になられたのですね」


 昼休みに僕達が1階の廊下を歩いていると、漫研部のたれ目女子が声をかけてきた。


 愛は凄い速さでたれ目女子に抱きつく。


「こうちゃんとじゅんちゃんの前で神絵師様って呼んだら駄目だよ」

「すいません。わかりました。それでは何て呼べばいいでしょう」

「らぶでいいよ」

「神絵師様を名前で、呼び捨てで、呼ぶことなんて絶対にできません。矢追さんって呼ぶのは駄目ですか?」

「いいよ。らぶが漫研部に入っていることは絶対に言わないでよ」

「……」


 愛と垂れ目女子は小声で話しているけど、僕の目の前にいるから話の内容が全部聞こえてくる。


 月曜に垂れ目女子に漫研部に招待されて、愛が漫研部だとばらしている。


 そのことがあるからたれ目女子は愛に答えられずに固まっているんだな。


 本当のことを言えば愛に嫌われるかもしれないし、嘘を吐けば崇めている人を騙した罪悪感がある。


 たれ目女子に助け舟を出す。


「初めまして。らぶちゃんの友達だよね?」


 たれ目女子は呆然と僕を見ている。


「久しぶりにらぶちゃんは学校にきたから、友達と一緒に食べるといいよ」


 純の手を優しく引っ張って、この場を後にした。


 何か聞きたそうにしていた純は何も聞かずに、僕についてきてくれた。


 愛の体調を考えて今日は部活を休む。


 それを剣に伝えるために僕達は調理実習室に向かう。


 部室をノックすると「いいですよ」と言われたので、部屋に入ると剣は弁当を食べていた。


 剣は純に顔を向けると震えながら机の下に隠れる。


「……待ってください」


 用件を伝えて去ろうとした僕達に剣がおずおずと言う。


 小さな声だけど、どうにか聞こえた。


 僕達が立ち止まると「すーはー」と深呼吸する声が聞こえてきた。


「……お昼は食べましたか?」


 さっきより声が小さく何を口にしているのか分からなかないから、聞き返すともう1度深呼吸してから。


「お昼は食べましたか?」

「まだ食べてないよ」

「ここで食べて行きませんか?」

「じゅんちゃん、どうする?」

「こうちゃんはここで食べればいい。私は別の所で食べる」

「……ちょっと待ってください」


 剣は純の近くまで歩いてくる。


「……わたしと一緒に食事をしませんか?」

「私が怖くない?」

「……優しい目をしているあなたのことを怖がるなんてありえないです」

「……おう」


 純の口角が少し緩んでいることに気づく。


「私もここで食べる」

「そうだね。そうしようか」


 剣の前に僕が、僕の隣に純が座る。


「…………わ、わたしの名前はは音倉剣でです」


 純の方に顔を向けて、どもりながら剣が言う。


「聞こえなかったから、もう1回言って」


 純の言葉に頷いた剣は「すーはー」と深呼吸をする。


「わたしの名前は、音倉剣です」


 声が上擦るけど、大きな声だったのではっきりと聞こえた。


「私の名前は小泉純」

「純さんですね。よろしくお願いします」

「よろしく」


 短い自己紹介が終わり、僕達が弁当を食べ始める。


 会話はないけど、気まずい雰囲気はないから無理に喋らない。


 全員が弁当を食べ終わり廊下に出た所で、ここにきた理由を思い出す。


「今日部活休むね」

「分かりました」

「ランイ教えてもらっていい?」

「……いいんですか?」


 剣の唾を飲みこみ音がした。


「いいよ」

「ちょっと待ってくださいね。すぐにスマホって、ポケットの中にないです。使わないからいつも鞄の中に入れたままです。取ってくるので待っていてください」

「明日の部活のときでもいいよ」


 剣は僕の話を聞かずに走って、数秒後に戻ってきた。


「家族以外の連絡先を交換するのはドキドキします。連絡先ってどうやって交換すればいいですか?」

「僕がやっていい?」

「はい。お願いします」


 剣のスマホでランイのアイコンを探すけどない。


「剣はランイをやってないの?」

「ランイって何ですか?」

「メールを手軽にできるものって考えたらいいよ。ランイのアプリをダウンロードしていい?」

「はい。お願いします」


 ランイのアプリをダウンロードして、僕と剣のランイのIDを交換した。


 スマホを渡すと、僕の隣にいる純におずおずと剣が近づく。


「……小泉さんの連絡先聞いていいですか?」

「スマホ持ってない」


 ショックを受けたのか項垂れる剣に、純の言葉に補足説明する。


「じゅんちゃんのスマホは鞄の中に入っていて、今は待っていないんだよ」

「おう」

「そうなんですね……今度教えてもらっていいですか?」

「……おう。いい」


 不器用な性格同士が絡む百合もありだな。


 純と剣を見てそう思った。



★★★



 学校が終わってすぐに帰宅していると、公園の前で愛が立ち止まる。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 公園で遊ぼう!」


 愛の額に手を当てると全然熱くないし、顔色もいい。


 まだ外は暑いけど愛が無理しないように注意して見ていればいいな。


 愛の希望で鬼ごっこをすると、1分も経たずに愛は倒れそうになる。


「らぶちゃん、僕が疲れたから休憩しようか?」

「全然、時間、経ってない、よ」


 肩で息をしながら愛が答える。


「私も疲れたから休憩したい」

「こうちゃんと、じゅんちゃんが、休みたいならいいよ」


 純は愛の手を引いて木陰になっているベンチに向かう。


 愛と純は結構汗をかいていたのでコンビニに飲み物を買いに行くことにしてそのことを2人に伝えた。


 公園から見えるコンビニに行き、濃いお茶と抹茶ミルクと水を買って公園に戻る。


 2人はベンチに移動していて、純の膝の上で愛が寝ている。


 愛の大量の汗が純の膝の上に落ちて、スカートに水玉の跡がついていく。


 見惚れていると、純と視線が合う。


「……もっとこういうの見たい?」


 純は愛の頬をゆっくりと撫でた。


「うん。見たい」


 反射的に答える。


「……私にできることなら何でもする」


 今できる最高なシチュエーションを考える。


 愛の頬と純の頬を引っ付けて、2人の汗を合わせてほしい。


 根拠はないけど、とてつもなくエロくなる自信しかない。


 でも、口にしたら確実に引くだろうな。


「らぶちゃんの頭を撫でてほしい」


 純は愛の髪にそっと触れ、起こさないように優しく撫でる。


「じゅんちゃん喉かわいてない?」

「少しだけ」


 袋から抹茶ミルクを取り出して純に差し出すと受け取る。


 パックの抹茶ミルクにストローを刺そうとするけど、左手で愛を撫でていて片手ではうまく刺せない。


 ストローを口にくわえて刺そうとして曲がる。


「じゅんちゃん貸して」


 純から容器をもらいストローを刺して、飲み先を純に向けると純は不思議そうに見ている。


「らぶを撫でてたら飲みにくいから、僕が持っててあげるよ」


 耳を少し赤くした純はゆっくりとストローに口を近づけて飲む。


 喉がかわいていたのか、息継ぎをすることなく一気に飲み干した。


「らぶ達がいるぞ」


 愛が起きるまで休憩しようと思い純の隣に座り水を飲んでいると、聞き覚えのある子どもの声がした。


 公園の出入口を見ると、公園でたまに遊ぶようになった坊主頭の小学生と数人の男女の小学生がいる。


 小学生は僕達の周りに集まる。


「今日も遊んでくれるの?」

「鬼ごっこしようぜ。今日こそ、じゅんを捕まえてやる!」

「やろうやろう!」


 騒ぎ立てる小学生に坊主男子が言う。


「らぶが寝ているから、おれたちだけで遊ぼう」


 坊主男子の言う通り小学生達は僕達が座るベンチから少し離れた所で遊び始めたが、坊主男子は動こうとしない。


「お前はこいよ」


 そう言い、小学生の群れの方に走る坊主男子。


 僕は男子が苦手で嫌い。


 小学生だとしてもそれに当てはまる。


 でも、愛が大切にしようとしている人、愛を大切にしようとしている人にはできるだけ優しくしたい。


 面倒に思いながらも立ち上がり、坊主男子の後ろを追いかけた。

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