41話目 小さな幼馴染とママチャリ
黒板に書かれている数式をノートに写していると、体育の女の先生が教室に入ってきた。
そう言えば、昼休みの後の愛のクラスの授業は体育だったな。
「百合中幸はいるかな?」
「はい。僕ですけど」
「すぐにきてほしいんだけど、いいかな?」
「分かりました。すぐに行きます」
先生と早足で外に向かう。
「らぶは元気だよ! だから、体育するよ! 保健室に行かないよ!」
運動場に着くと、木にしがみついている愛が足をバタバタさせながら叫んでいる。
「準備体操をしている時に倒れたから、保健室に連れて行こうとしたけど」
先生は愛の方に視線を向けて苦笑いした。
「らぶちゃんのことは、矢追さんのことは僕に任せて、先生は授業に戻ってください」
「助かるわ。ありがとうね」
少し離れた所から心配そうに愛のことを見ている愛のクラスメイトの所に先生は走っていく。
先生は僕の方を見ながら何かを喋ると、愛のクラスメイトは安心した表情を浮かべて準備体操を始めた。
愛の所に行き話しかける。
「らぶちゃん、保健室に行こう」
僕の方に顔を向けた愛は目を見開き木から手を離す。
「注射が怖くて保健室に行きたくないとかじゃないんだからね!」
小学校の時に保健室の先生が話した、保健室で大人しくしてないと注射が天井から落ちてくる話を愛は今も信じてる。
強がっているのは僕に対してお姉さんぶりたいから。
「らぶちゃん頭痛くない?」
「痛くな……ちょっと痛い」
「こんなに暑い外で、頭が痛いまま体を動かしていたら倒れるかもしれないから保健室に行こうよ」
「らぶは頑張れるよ!」
「無理をしてらぶちゃんが倒れたら僕は悲しいよ」
「……うん」
しゃがんで愛に背中を向ける。
「僕の背中に乗って」
「歩けるよ!」
「お姉さんのらぶちゃんに弟の僕は頼られたいな。おんぶしたいな」
「いいよ!」
愛が背中に飛び込んできたので受け止めて立ち上がる。
常に体温が低いから冷たくて柔らかい感触が伝わってきて、暑い今の時期はいつも以上に気持ちよく感じる。
保健室のドアの前にくると愛が言う。
「こうちゃん、今日は保健室休みだから帰ろうよ!」
「中を覗いて保健室の先生がいなかったら呼んでくるから大丈夫だよ」
「……うん」
ドアを開けると保健室の先生が椅子に座って何かの書類らしきものに目を通していた。
「どうしたの?」
先生は僕達に気がつき声をかけてきた。
「らぶちゃん、矢追さんが体調悪いのでベッドで休ませてもらっていいですか?」
「そうなの。矢追さんをこっちに連れてきて」
先生の所まで移動して、先生が座っている椅子の前に愛を座らせた。
先生が白衣に手を入れると愛の全身が震える。
体温計だと分かると震えが収まる。
繋いでない手で先生から体温計を受け取った愛は、体温計を脇に挟む。
「37・1度だから大丈夫だよ! 体育の授業に戻るね!」
保健室を出て行こうとする愛の手を摑む。
「らぶちゃんの普段の体温は35度だから十分に熱があるよ。先生、らぶちゃんをベッドで寝かせていいですか?」
「寝かせてあげたいんだけど、体調を崩した子達が今日は多くて使えるベッドがないのよ」
申し訳なさそうに先生が言う。
普段ベッドが使われていない時はカーテンがされていない。
今日は保健室にある2つのベッドにカーテンがされていた。
「どうしても体調が悪いなら、矢追さんの家族に迎えにきてもらうはどうかしら?」
「矢追さんの母親はいると思うので連絡してみます」
琴絵さんに連絡するためにスマホを教室に取りに行こう。
愛の手を離すと、僕の手を愛が摑む。
「こうちゃん、どこ行くの?」
「教室に行くだけだよ。琴絵さんに電話したらすぐ戻ってくるから」
「……らぶもこうちゃんと一緒に行く」
「らぶちゃんは体調が悪いからここでいてほしいな」
「らぶもこうちゃんと一緒に行くの! 絶対に行くの!」
1度言い出したら引かないことを知っているから、一緒に行くしかないか。
「担任の先生に矢追さんの家の番号聞いてかけましょうか?」
「はい。お願いします」
先生は保健室を出て行き数分して戻ってきた。
「すぐに迎えに来てくれるって矢追さんのお母さんが言ってたわ」
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
愛と隣同士で椅子に座ってから10分ぐらいが経つと、保健室に琴絵さんが入ってきた。
「矢追の母です。いつも娘がお世話になっています」
「いえいえ、矢追さんと関わるとこちらまで元気になるのでお世話になっているのはこちらの方ですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
先生から僕の方に視線を向けた琴絵さんは愛の手を握る。
「幸君、愛ちゃんの面倒見てくれてありがとうね。愛ちゃん帰るわよ」
「らぶちゃん気をつけて帰ってね」
「うん! こうちゃん! ばいばい!」
琴絵さんは僕に片手を振る愛を連れて保健室を出て行く。
愛は恐怖していた保健室から出ていけて安心したような顔をしていた。
教室に戻る途中、帰ったはずの愛が勢い良く抱き着いてきて倒れそうになったがどうにか踏ん張る。
「こうちゃん! こうちゃん! こうちゃん!」
「どうしたの?」
「こうちゃん! ママが酷いの!」
眉を吊り上げて大きな瞳をいつも以上に大きくして激怒していた。
事情を聞いても「ママがひ酷いの!」としか言わないから、愛を残して琴絵さんを探す。
琴絵さんは靴箱から少し外に出た所にいたのですぐに見つかる。
隣にはママチャリがあって、後輪の方にチャイルドシートがついている。
「幸君! 幸君! 幸君! 愛ちゃんが酷いのよ! ママチャリの後ろに乗せようとしただけなのに、ママなんて嫌いって言うのよ!」
愛と琴絵さんが喧嘩をした理由が分かったから、愛をここに連れてくる。
「らぶは赤ちゃんじゃないよ! そんな所に乗りたくないよ‼」
愛はチャイルドシートを指差しながら叫ぶ。
子ども扱いをされるのが嫌いな愛からすれば当然の反応。
「大丈夫よ。らぶちゃんをチャイルドシートに乗せるけど、手で押すから法律違反しないわ」
「こうちゃんはらぶをママチャリに乗せるのは反対だよね?」
「幸君はママチャリに愛ちゃんを乗せるのはいいと思うわよね?」
目前に2人の顔が近づいてきて鬼気迫るものを感じた。
「歩いて帰ってらぶちゃんが疲れたらサドルに乗って琴絵さんに押してもらうのはどうかな?」
動揺しながら答える。
「それならいいよ! ママ、嫌いって言ってごめんね!」
「気にしてないわ! 帰りましょう! 幸君ありがとうね!」
「こうちゃん! ばいばい!」
2人が見えなくなるまで立ち止まって見送る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます