6 君は誰……?


 美月が、目を覚ます一週間程前……



 アルベルトは、美月を抱き上げて荷馬車から出ると、検問所の中にある簡素な作りの仮眠室のベッドに美月を、そっと下ろした…

 1メートルにも満たない、小さな身体は、持ち上げた瞬間に壊してしまいそうな位、軽くて小さかった…美月を寝かせてから、彼女の顔をそっと覗くと、少し苦しそうな表情を浮かべながら眠っている。


 「可哀想に…」


 とても怖い思いをしたのだろうと、眉を顰めたアルベルトはこの幼い少女の気持ちを考えると胸が締め付けられる様に痛んだ。

 

 アルベルトは、起こさないようにそっと、美月の髪を撫でてから仮眠室を後にした。


 

………


「おい!この部屋をしっかり警護しろ!絶対に、誰も中に入れるなよ!」


「「はいっ!!」」



 アルベルトは、仮眠室の近くに居た、2人の団員に、扉の前の警護を指示すると、足早にで御者の男が取り調べられている部屋へと向かった。


 


***



「おい、話しは聞けたのか?」


 古びた扉を押し開けて少し乱暴に中に入ってきたアルベルトはそのままドカッと椅子に腰掛けて団員に尋ねる。


「はい!今現在、事情を聞いておりますが大体の話は聞いてあります。こちらがその、調書になっております!」


「ちっ…違うんだ…!俺はただ…雇われているだけで…」


「そんな事は分かってるんだよ!!それよりもお前の雇い主の事だ!!」


 焦ったような、御者の男の声を遮りながら不機嫌そうに話すアルベルトは、調書を受け取ると、それを見ながら怪訝そうな顔をした後、御者の男を睨みつけた。


 取り調べで分かったのは、荷馬車の持ち主は、ミシェル・ノーランド。


 ノーランド侯爵と婚姻関係を結んでいるので、侯爵の位を所持している女性で、その他に、獣人や平民に至るまで様々な人間と婚姻関係を結んでいる女性のようだ。


 とにかくキレイなものが好きで、男、宝石、洋服に至るまで、とてもこだわりがあり、欲しいと思ったものに対しては、手に入れるのに手段は選ばない女性だ。


 第一夫の侯爵も、ミシェルの意見には絶対に逆らわない為、ミシェル自身を止める人が在らず、ミシェルの行動は、日増しにエスカレートするばかりだった。


 自分のコレクションを増やすのに、夫の侯爵の財産だけでは足りずに、自身で闇オークションを開き、そこでまた新たな交友関係を広げていたらしい。


 美月の事が発覚したものの、やはり大した罪には問えないらしく、ミシェルの件は、夫の侯爵が罰金を支払ってお終いになるらしい。


 きっと、懲りないミシェルによって、また、同じような事が起こると皆が予想しているが、この国の現状では、どうする事も出来なかった。


 その後、取り調べや諸々の手続きをしてる間に、アルベルトは、ルイと美月を連れて公爵家を訪れるのだった……




***




「おい!クロードは居るか!?」


 アルベルトは、公爵家に入るなり、少し焦ったように執事の男に尋ねた。


「クロード様なら、執務室でお仕事をなさっておいでです。お呼び致しますか?」


「あぁ…頼む!少し、込み入った話があるから、なるべく早めに呼んできてくれ。俺は、この子を客間に寝かせてから、横に居る獣人の子供を連れて、応接室に向かう、お前は、コイツに何か軽い食べ物と飲み物を用意してやってくれ!!」


 アルベルトは、簡潔に述べると執事の男に指示をだす、執事は、側にいた使用人に応接室の準備を頼み、自身もクロードを呼びに執務室へ向かうのだった。



***



 客室に入ったアルベルトは、美月をベッドの上にそっと下ろすと、労るような目つきで美月の寝顔を見つめ、起こさないように、優しく髪を梳くように、頭を撫でてから静かに部屋を後にした。


 そのまま、側に居るルイを連れて、応接室へ向かう途中に、クロードと一緒になったので、軽く、ルイを紹介しながら応接室に入っていく。


 重厚な作りだか、清潔感のある応接室に置いてある、皮張りのダークブラウンの2人掛け用のソファーにルイを座らせる。


 使用人が、軽食とお茶の準備をしているので、終わるのを待ち、使用人達を下がらせると、クロードと話し始めた。


 応接室の中は、ルイの前に、細長い木製の年季の入ったテーブルがあり、テーブルを挟んで、向かいにアルベルトとクロードが並んで、同じようなソファーに座り、クロードの後ろに執事の男が控えている。


 アルベルトは、クロードに今までの経緯を簡潔に話し出し、話し終わると、労るような眼差しをルイに向け優しく話しかけた。


「それで…君が知っている事を、詳しく知りたいんだけど、話せるかい?」


 ルイは、美月と出会ってからの事を、思い出せる限り彼等に話し出した。


 ルイが気付いた時には、突然、もう一つの檻の中に美月が居て話しかけられた事。


 美月が、森で倒れていた所を捕まって、檻に入れられたが、それ以前の記憶がなく、自分が何歳で誰かもわからない事。


 美月はミシェルに迫られたが、断ったところ折檻されるようになり、徐々に喋らなくなっていった事。


 今まで約1か月くらいの間、監禁されていた事。


 ルイの分かる範囲の事を、全て話し終わると、アルベルト達は難しい顔をしながら、腕を組み黙り込んでしまっていた。


 暫くの間 沈黙が続いたが、今の空気を変えるように、クロードは、執事に美月の様子を見に行くように促した。


 執事が、戻って来るのを待つ間に、ルイに食事を食べるようすすめ、自分達もお茶を飲みながら一息つく…

 少し冷めてしまったが、優しい香のハーブティーが、彼等の昂った気持ちを落ち着けてくれて、少しだけ冷静になれた気がしていた……



………



 ある程度の時間が経ち、ルイが食事を終えた後、保護された安心感と満たされたお腹によってホッと息を吐き、大人しく彼等と共にお茶を飲んでいると、慌ただしい足音と共に勢いよく扉が開いた!!


 扉を開けた執事の男は、ドアノブに手を掛けたまま、ハアハアと息を切らし肩を上下に揺らしながら焦ったようにクロード達に話しかけた。


「た…大変ですよ……!!!アルベルト様が連れて帰って来た子供は…男の子じゃなくて…女の子です!!!」


……


……


……



「「「……はぁ???」」」


……


……


……


3人の声が揃った!!




 暫くフリーズしていた3人だが、逸早くクロードが我に返ったが、未だに動揺が隠しきれず何かを考えるように、斜め上を向きながら片手で額を押さえるとブツブツと喋りながらアルベルトに確認をする。


「まさか…そんな訳ないだろ……女の子が産まれたなんて届け出、最近出てたか?王都周辺の領地で、そんな話は聞いた事がないぞ!アルベルトは、何か騎士団で聞いてるか?」.


「いや……そんな話は、無かったと思うが…なぁ…ジュリアス…お前…あの子は、本当に女だったのか…?きちんと確認したのか…?」


 アルベルトも動揺を隠せずに、目を左右に彷徨わせたが、ジュリアスと呼んだ執事の男性にしっかりと再確認する。


 ジュリアスと呼ばれた、執事の男性は、ジュリアス・ファルスターと言う名前で、肩の少し上まである淡い紫色の髪を片側だけ髪を編み込んでいる。


 瞳の色は、黒で、どこか深い闇を抱えてそうな冷めた瞳をしている。


 身長は、クロード達ほど高くはなく、細身で、冷たい印象だがキレイな顔立ちの男だ。


 しかも、クロードとは父親違いの兄弟なのだが、父親が平民だった為、幼い頃から、クロードの友達兼、側近として共に育った。


 年の近い3人は、子供の頃から一緒にいる事が多かった為、幼馴染のような気安さがあるのものの、今は主従関係がある為に、ジュリアスの方は、敬語を徹底している。


 だが、他の2人はあまり、その事を気にしてい無いようだった。


 現在は3人とも、同じ屋敷で過ごしている。


「えぇ……確認致しました…。魔法で細かい傷を治し、体調などを整えた後、洗浄魔法を、かけただけでは可哀想なので、リラックス効果のある、ハーブ入りのお風呂に入れてあげようと思い、着衣を脱がせたところ…女の子でした…!!とっ…とにかく早く知らせなければと思い…とりあえず、着替えだけさせて急いで報告に参りました!」


焦っているジュリアスは矢継ぎ早に話すとクロード達に軽く頭を下げた。


……


……


「ルイ…お前は、知らなかったのか?」


アルベルトの問いかけにルイは、焦った様な顔をして、手をブンブンと振りながら、慌てて否定した。


「しっ…知らないよ!!知る訳ないだろ!!本人だって否定してたし……。そうだよ…!だって俺…初めて会話した日に聞いたんだ…。会話の端々に、私って言うから、女みたいな喋り方だなって…。そしたらアイツ、慌てて否定したんだ!俺も…違和感を感じたのに…まさか、本当に女の子だなんて…思う訳ないだろ!アイツもバレたらマズイって、思ったから黙ってたんじゃないのか?それとも…記憶が無いって言ってたし本人も気付いてないとか……?」


焦りすぎたルイは、少々的外れな意見を出しているが、本人は至って真剣な様子だ!!


「でも…あの子…多分4〜5歳位だよな?そんな小さな子に、そんな事出来るか?」


 クロードの尤もな意見に皆は押し黙る。


 

 とりあえず、美月が目覚めないと、何も分からない彼等は、美月が目を覚ますまでの間に、出来る限りの事をしておこうと行動を開始する。


 まず、アルベルトは、自身の騎士団を使い、男女問わず、行方不明の子供の届け出が出ていないか、慎重に調べ始めた。


 クロードの方も、美月の事で、何か分ることはないかと調査を始め、それと同時に、万が一、美月の親族が見つからなかった時の為に、必要な書類の作成や、その為の法律の勉強などを開始した。


 ジュリアスは、美月を客室ではなく、美月専用の部屋へ移す準備をしながら、美月が起きた後に、困らないよう、洋服や小物などの手配をする。


 その間にも、美月の体調に変化が無いか細かく気を配っていた。


 だが、ジュリアスが、美月の部屋を用事する時に、少々問題が生じ、部屋の準備に想像以上に時間がかかってしまっていた。


 クロードは、自身の公爵邸なので責任があると、自分の部屋の横に、美月の部屋を指定したが、アルベルトは、自分が助けたので責任があると、自分の部屋の隣を指定。


 ジュリアスもジュリアスで、自分が面倒を見るので、自分の部屋の近くがいいと、言い出し、ルイさえも、ずっと一緒にいたので、起きた後も、近くにいた方がいいと、謙虚だが、しっかりと主張した。


 結局、揉めに揉めた結果、全員が、部屋の配置を変えるという、とても、面倒くさい状況に陥った。


 最上階にある、広めの部屋に、美月を移動させると、その右隣にクロード、左隣にアルベルト、向かいの部屋にジュリアス、美月の部屋の中にある、メイドの為の休憩室の小部屋にルイが移動して来る、という大規模な屋敷内の引っ越し作業が、行われる事となってしまった。


 移動自体は、魔法で行う為に、そこまで大変では無いが、部屋の配置を決めるまでに、美月が目を覚ますギリギリまでかかってしまったいた。


 そうこうしてる内に、やっと美月達の移動が終わり、皆が落ち着いた所で、静かに美月が目を覚ましたのだった……

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