11
オグルはじっと界を見つめる。何かを探る様な、そんな表情だった。
嘘、とはどういうことだろうか。
「咲ちゃんのこと、今日知ったんでしょ? 咲ちゃんも咲ちゃんだよ。なんで嘘をつくのさ。あとさ、界お兄さんって魔法使いでしょ。でも僕たちよりも弱い魔法使いだ。それは明白だよ。きみのオーラは微弱で、安定しているようには見えるけど、お兄さんって
全てお見通しということだろうか。
言い終えると、オグルはにこりと界と咲次郎に微笑んだ。界はその微笑みを見て背中に悪寒が走った。
「悪かったって。ちょっとした
負けじと咲次郎は笑ったが、その目は笑っていない。
「もう~。まあ良いよ、それが咲ちゃんだもんね」
この二人の笑い合う姿を見るだけで何か良からぬものを見てしまっているのではないか、良からぬ人に出会ってしまったのではないかと錯覚する。
「それで、界お兄さんはなんでここにいるの?」
オグルは界の隣の椅子に飛び乗った。
「えっと、」
言葉に詰まると、オグルはふふ、と笑って「街のこと調べて回ってるんでしょ?」と言い、咲次郎にジュースを入れるよう頼んだ。その姿はただの子供のようだった。
「ええ、まあそうですね」
「あとさ。それやめてよ」
「え?」
「いい子ぶってもバレちゃうよ」
「…………は?」
またじっと界の方を見つめる。
「…………」
探りを入れられる視線はされていて気持ちのいい物ではない。界はやめろと言うように手で払った。
「分かった」
「ふふ。それで良いよ。その方がお兄さんらしいもんね!」
「会って数分で分かるのか、そんなこと」
「分かるさ。僕はお兄さんよりも何倍も生きているからね!」
咲次郎からジュースを受け取り、嬉しそうにそれを飲み始める。
――年上、ってことか? まさか、ララのように成長が止まった魔法使いか?
界はオグルを見定めるように下から上へと視線を移動させる。まるで小学生のような背丈だ。その見た目の時の
「そんなにじろじろ見ないでよ~えっちだな~」
「は?」
「僕のことそんなに気になるの?」
「あんたみたいな子供の魔法使いは、せいぜいあそこの司書の双子くらいしか会ったことがなくてね。何者なんだ? 二人とも」
界は咲次郎の方を見る。咲次郎は一瞬目を合わすもすぐに目を逸らした。
「じゃー僕が教えてあげるね! 咲ちゃん、上にお兄さん連れてっていーい?」
「ああ」
「じゃあ行こっか!」
ジュースを飲み干すと、界の手を引いてカウンターの奥の部屋に続く階段を上って行った。
二階はシンプルなデザインの居住スペースとなっていた。キッチンや二部屋ほど同じ造りの部屋が並び、一部屋五、六畳ほどの広さで、界にとっては狭い空間に思えた。その中の一部屋に入っていき、部屋の中央に置かれている椅子に界を座らせ、オグル自身はベッドに座り込んだ。高さの調整の為か、自身のトランクを尻の下に敷く。
「えっとね、じゃあ一から話すね!」
「ああ」
界が頷くと、オグルは淡々と話し始めた。
「僕と咲ちゃんはもともとドイツにいたんだ。その時代のドイツのことはあまり覚えてないんだけど、咲ちゃんと出会う前は先生っていう、……まあ、僕と咲ちゃんの魔法とかを教えてくれる先生であって、二人にとっても育て親みたいなものかな。その先生と二人で過ごしていたんだけど、ちなみに言うとね、先生と出会う以前のことは覚えてないよ。どこで生まれて、どこで育ったのか。いつ先生と出会ったのかとか、全く覚えてないんだ。でね、ある時戦争が起こって、咲ちゃんの両親は戦死してしまって、その父親と知り合いだったって言う先生は咲ちゃんを引き取ることにしたんだ。咲ちゃんの方が弟弟子なんだよね。静かな子でね、最初は喧嘩をする事もほとんどなかったんだ。大体どっちかが我慢していたみたいな感じで、それを先生はちょっと心配していたみたいだけど。それから咲ちゃんは成長して、どんどん大人になってって、それから意見の食い違いとかが起こるようになったんだけど、やっぱり喧嘩らしい喧嘩はなくて。喧嘩をするときは大抵先生が審判を務める“決闘”っていう形で先生に教わった魔法を使って、ある種の“喧嘩”をしたかな。それをするといっつも僕は負けるんだけどね」
「え?」
「ふふ。言わなかったっけ? 僕の方が弱いんだよ」
目の前に座る少年の話を静かに聞いていた界だったが、あまりの衝撃的な言葉に反応してしまった。やはりそういうことだったのか、と内心納得していた。魔力の強い魔法使いの方が、逆に魔力の扱い方が上手いのか、と。
「先生にいつも泣きついていたよ。僕の方が長く先生といたのにって、ね。でもそれはやっぱりその時成長し続けていた彼だったから、僕は負けたんだと思う。同じく成長が止まっていてそれなりに魔力量も同じだったら互角だったかもしれないね。でもね、楽しかったんだよ。三人で過ごすの。先生が旅するのが好きだから、よく三人で色んな街を転々としたりしてね、先生はその先でよく顔見知りを作っては仲良くなったり、助け合いをしたりしてね。それなりに充実していたんだ。ただ、やっぱり楽しいことって続かないよね。ここからは最近の話さ。咲ちゃんがドイツから出るって言ったんだ。お酒が好きだから自分でお店を持ちたいって言ってね。それが本当のことかどうかは僕には分からなかったし、今も分からないけど、それで先生が了承したんだから僕はそれでいいって思ってるよ。また先生と二人きりで、平和な日々を過ごせると思っていたら、今度は先生がいなくなったんだ。先生は、……僕に何も言わずに出ていったんだ。置き手紙も無かったよ。だから、咲ちゃんがいるはずのフランスに来たんだ。一人で生きていくのには慣れていたから、それなりに困ることはなかったんだけど、……やっぱりさ、楽しいとか幸せとか、そういうのを知ってしまったから、……少し、寂しかったんだ」
ふと俯いた。その顔は寂しそうに笑っていた。
先程までの元気が嘘のように部屋は静寂に包まれた。
「なーんて。界お兄さんったら黙り込んじゃって! あっははは!」
遣る瀬無い気持ちになっていた界はオグルの笑い声にイラっとした。
「まあまあ。でも嘘なんてついてないから良いでしょ。これが本当。そうそう、魔法だけど、二人とも黒の魔法使いなんだよ! 咲ちゃんとっても強いのに魔法使いだっていうのを隠してるんだよね。オーラも隠しちゃってさ」
「隠せるものなのか?」
「隠せるよ。僕は難しいけどね! あっ。お兄さんの方がへたっぴだったね!」
「…………まあ、…………。」
「後天性とか、先天性とか、正直関係ないと思うけどね。魔法使いは生まれた時から魔法使いだよ。運命なんて決まってるものでしょ?」
そういう風に割り切って生きてきたのか、単純に前向きな思考なのか。オグルはそれが然も当たり前かのように笑った。
「界お兄さんはさ、この街のことどう思う? どこまで知っているかは知らないけど、知っているところまでの印象として」
オグルはそう質問した。
まだこの街の詳細に至っては分からないことの方が多い。しかし、その原点についてはやはり「クルト」という人物が要となっている。界はそう考え込むと、少年の質問に対して簡潔に答えた。
「印象か。不思議な街、だな。総括として。俺は魔法なんていう不可思議な力さえ、ここに来て初めて見たんだ。あの図書館だって、街の人々だって、俺からしてみれば、まさに“異世界”のものだよ」
界の予想外の返答にオグルは腹を抱えて笑った。
「異世界! あっははは!」
「何がそんなにおかしい?」
「本当、極東の島国って平和ボケしてるよね! 戦争ばっかりしてるイメージだったけど、一般市民はそんなことなんかどうだっていいみたいだ!」
「どういう意味だ?」
「ふふっ、そのままの意味さ。目の前の現実だけが全てじゃないんだ。きみの職業でも、きみの父親でも、表裏一体だって誰が言った? 表しか見えていない場合の方が多いんだ。魔法なんてものは
「都合が悪い……それは、学の進歩と関係があるか?」
「あると思うよ。科学、化学、この世の真理とは、宗教とは。魔法なんてものが存在するなら不可思議な現象とかもただ一言“魔法のせいだ”って言っちゃえばそれで事足りるだろ? 都合が悪いと思うのはやっぱり学者とか、国のお偉いさんとか。とはいえ戦争ではよくこき使ったりしてるみたいだけどね」
目の前にいる齢十数歳の見た目の少年は、界よりも多くの見聞をしている。長い時間を過ごし、先生や咲次郎と共に過ごして、さまざまな人と出会い別れを繰り返していた。
何か良からぬ存在なのではないか、そう思っていた界だったが、考えを改めようとした。
刹那、オグルは前のめりになって言った。
「予言するよ。あと数ヶ月ほどで、戦争が起こる。人間と人間の醜い争いだ。でもその中には魔法使いも多く集う。そして、その戦争は宗教戦争とでも言うべきか、“ある組織”が動いてクルトはきっと襲われることだろう。そんな中、先生もきっとここに来るよ。何故なら僕らがいるから。きっと、来てくれる」
グリモワール図書館 oyama @karuma_samune
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