第218話

「それはフェルプス子爵が祈願するための式典の最中に起こったのです。」

「先ほど司祭様はシスターが立ち会ったと仰っておられましたが、何が起こったのですか?」

「祭壇の角で頭を打ってしまったのです。供物を運んでいる時に、自分のスカートの裾を踏んでしまいまして。」

「まあ大変。」

「応急手当をして下さった冒険者の方のお話では、大層酷い怪我だったそうです。命にかかわる様な。」


 そう言うと、カタリナはチラッとこちらを見た。見るなよ、こっち見るなよ。


「実は・・・、私はその辺りの記憶が無いのです。」

「今はお元気そうですが、怪我は大丈夫なのですか?」

「お気遣いありがとうございます。女神アリア様の回復魔法で傷跡も残っていないのですよ。ご覧になりますか?」


 そう言うとカタリナはベールをめくって、額と髪の毛の生え際を見せた。大怪我をしたはずなのに、傷跡はおろかニキビの跡も見られない。流石は回復魔法。


「頭を打った時に、私の心に赤い光が入って来た事だけは覚えています。あの赤い光がアリア様だったのではないかと私は思っております。」

「アリア様があなたに乗り移ったのなら、自分で自分に回復魔法を掛けたのね。」

「それは違います。」


 また俺の方をチラ見するカタリナ。だから見るなってば。


「これは後から聞いた話なのですが・・・。先ほど私に応急手当をして下さった冒険者がいると申し上げました。実はその冒険者が私の手を握って回復魔法を掛けて下さったのです。」

「ええ!それじゃぁ、その冒険者が新しい勇者様なの?」


 おっと、テレーズ姫様の被り物が脱げかかっているぞ。後ろからマルグリットさんにつつかれてるし。


「いえ、そう言う訳でも無いみたいなのですが・・・。」

「なにかハッキリしない話ねぇ。」

「なにぶん私の記憶も曖昧なものでございますので。」


 そう言って、困り顔で俺の方を見るカタリナ。だからカタリナさん、俺の方を見ないでください。お願いします。


 するとテレーズ姫様はカタリナの耳元に口を寄せて、小声で話しかけた。


「さっきからあの冒険者、名前はジローって言うのだけど、そっちばかり見ているわよね。」

「はい。」


 こういう所ばかり目ざといテレーズ姫様。余計な詮索はヤメてー。


「あなたはジローみたいな男の人が好きなの?」

「え?ち、違います。」

「でも駄目よ。隣にいるアンナって言う女冒険者と婚約してるんだから。」

「ご、誤解です。」

「あなたも、アンナも若いのに。年上が好みって人は案外いるのね。」


 テレーズ姫様、大暴投。盛大に明後日の方向に勘違いしてくれた様だ。良かったよぉ。


「確かにジローさんはですから、好意は抱いていますが・・・。私は女神様に仕える身ですし・・・。」


 どうしてここで元に引き戻すかな、カタリナさん。そのまま流して欲しかった。俺は怖くて横を向けません。

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