第192話

 翌日、俺たちはラジアンを発って国境を超えテスラ王国に入った。もう直ぐトマヒヒンだ。


「アンちゃん。トマヒヒンで教会に寄っても良い?」

「あ、ちょうど私も行きたいと思ってたの。」

「俺たちあの奇跡の当事者なのに、何か観光客みたいだな。」


 俺はアリア様に祈りを捧げたいのだけど、アンちゃんは何かお願い事でもあるのかな。前回も熱心に女神像を撫でてたし。やっぱりどこか痛い所でもあるのかも知れない。後で聞いてみよう。今は何はともあれ、トマヒヒン目指してミュエーを走らせる。


「ちょっと来ない間にだいぶ変っちゃったな。」

「巡礼者が大勢押しかけて来てるからじゃない。」


 トマヒヒンの街に入ると、以前とはだいぶ様子が変わっている。聖遺物目当ての巡礼者が沢山来ていて、結構な賑わいだ。あの司教様とフェルプス子爵が上手い事やったみたいだ。あの二人もなかなかやるじゃないか。


「それでこの街が潤うなら、ラジアン侵攻へんな野心はもう無いかな?」


 俺としては戦争なんて起こって欲しくないから。のんびり平和が一番だよ。忙しいとおちおち酒も飲んでいられないしな。


 神殿に行って、お布施を払って、俺は一心に女神様に祈った。『どうか世の中平和であります様に。酒飲んでゴロゴログダグダしていられます様に。仕事は程々で良いです・・・。』お忙しいのか、今回特に女神様からのお言葉は無かった。いや、呆れられているのかも知れない。でも、そのくらいがちょうど良いと思わない?


 俺たちが礼拝を終えて神殿の外へ出ると、ちょうど一人のシスターが通り掛かった。あれ?どこかで会った様な気がするぞ。そうだよ、あの時頭をぶつけたシスターだよ。


「やあ、お久し振りです。お元気ですか?」

「お久し振りです。はい元気ですよ、お陰様で。」


 シスターは立ち止まって、俺たちにお辞儀をしてくれた。


「それで・・・。えーと、どちら様でしたっけ?」


 忘れられちゃってるよ。そう言えば、奇跡を起こした時はどさくさに紛れて逃げ出したから、ちゃんと名乗っていなかったかも。


「俺はジロー、こっちはアンナ。奇跡が起こった時に居合わせた者さ。」

「もしかして、あの時回復魔法を掛けてくれた・・・。」

「あれはね、俺じゃなくて女神様が奇跡を起こされたんだよ。」


 頼むシスター、そう言う事にしておいてくれ。


「そうでしたね。えっと、申し遅れましたが私はカタリナと申します。」


 あの時は未だ見習いシスターだったけど、今は正式にシスターになれたらしい。まあ、ちょっとした有名人だし。女神様アリア様が依り代に選んだ子を粗末には出来ないわな。年若いので、シスター内の序列は未だ一番下らしいけど。


 見習いシスターから正式にシスターになって、自分用の修道服を作って貰えたらしい。以前の様に裾を踏んづけて転ぶ事もなさそうだ。そう何回も奇跡を起こす訳にはいかないからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る